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第二十二話 奥の手

 ラウレスがラグレス達を殺そうとしている時、ユアンは結界の中でヘラと戦っていた。ラウレスが剣を振り下ろした時は少し肝が冷えたが、誰かが助けに来ることはわかっていた。だけどそれが、ペトラだとは思ってもいなかった。


 「あらあら、あっちは随分と賑やかね〜懐かしい人も出てきて...」

 「懐かしい人...?まるであんたが見たことあるような言い方だな」

 「そりゃ見たことあるわよ〜...なんたって、あそこの子供達の前にいる賢者...ペトラ・フィルネスは仮の名前。本当の名前は...シエラ・リーエン歴代最強の賢者にして初代賢者。まぁ...今は貴方がいるから歴代最強とは言えないとは思うけどね」


 なるほど...それなら納得ができる。魔人が襲撃してきた時も、ペトラは傷一つ追う事はなく魔人を二人撃破した。けど、気がかりにあるのは亜種の魔人が出現した時、初代賢者の力があればもっと簡単に勝ててたかもしれないのに...


 「シエラの話はもいいでしょ...こっちはこっちで楽しみましょ!」


 結界の中は煙?のようなもので満たされていて視界は悪い。それに加えてドレーク領での戦闘で深い傷を追ったため、体力はギリギリの状態だった。ヘラから発する毒は女神の加護で守ることができたのが幸いだった。しかし、防げるのは毒だけのため、直接の物理攻撃や魔法は防ぐか交わすことしかできない。


 先ほどまで苦しんでいた幻覚は女神の加護のおかげでなんとか解く事はできた。

 視界が悪いせいで「未来予知」も役に立たない。


 「くそ...っ!」


 刀に魔力を込めて闇雲に斬撃を飛ばす。これで当たってくれれば、いいんだけど...そんな甘い考えは通用しなかった。俺が放った斬撃は結界に当たると、そのまま戻るようにして俺の元へと戻ってきた。すぐに俺は、同じ斬撃を飛ばして相殺させる。


 「!?...これって...」

 「あら、気がついた?これは貴方が開発した反転結界よ。さっきラウレスの中から見ていていいなぁと思って貰っちゃったわ」


 そんな簡単な魔法じゃないんだけどな...俺でもこの反転結界を使うのに魔法陣を描く必要がある。そうしないと複雑な反転結界を構築するのには術式が必要になってくる。術式を使わずに結界を作ればただの結界になる。しかし、ヘラは、魔法陣も描かずに完璧な反転結界を再現した。流石、神というべきか...


 「ったく...厄介な結界だな...」

 

 自分で体感してよくわかる。なんてもんを生み出したんだろうと...

 けれど、ヘラは何か勘違いをしている。反転結界があるおかげなのか、余裕そうな態度を持っているのは明らかだ。戦闘中に話ばかりしているのは、完全に舐めている証拠。ならこの結界を壊せばいい...


 「...はぁ......体に負担がかかるけど、やるしかないよな...」


 結界に閉じ込められていた時点で出る方法は一つだけあった。それは、「透過」を使えば簡単に出られるということだ。しかし、それを使えばヘラも外に出てくるし、何よりヘラの魔力は「毒」だ。周囲に流れ出たら被害が大きくなる。


 ユアンは最大限まで魔力を高める。今ここでしなければならないことは、この毒を無毒化することと、ここから抜け出すと同時にヘラに致命傷を与えること。そうなると、神の魔力一つじゃ足りない...二つほど引き出さないと...


 二つの力を同時に引き出すことはおそらく可能だ。けれど、初めてすることに何が起きるかわからない。けど、今更何が起きても平気な気がする。


 「力をかせ!セレス!しにがーー」


 二つの力を引き出そうとした瞬間、俺の意識は一瞬で真っ白な空間へと引き寄せられた。


 「まったく...君は相変わらず無茶をするね...」


 後ろを振り向くと、三人の神...セレス、雷神、死神が立っていた。その三人の顔はどうやら怒っている雰囲気だった。


 「無茶って...この状況じゃ仕方ないでしょ」

 「それでも無茶だって言ってるんだよ。神の力を同時に使おうだなんて...そんなの神でもする人はいないよ」

 

 いつもはふざけている死神だが、今回だけは真剣な様子だった。


 「ユアン君...二つの力を同時に使ったらその反動は計り知れないの...もし、そうなった場合ユアン君の力が暴走する可能性だってあるの!」


 どうも神達の様子がおかしい。正しいことを言っているようだけど、なぜ俺にそれを言うのかわからない。


 「言わせてもらうけど、あんた達神は今日俺が死ぬことを知っているよね?それなのに俺の体を心配するっておかしくない?」

 「そ、それは...」

 「ヘラやラウレスを倒すにはあんた達神の力が必要不可欠なの。一つの力じゃラウレスやヘラには勝てない。それは身をもって知った」


 今、ヘラと戦っているが、ヘラは俺を殺さないように遊んでいるだけだ。俺を殺そうと思えば簡単に殺せるはずなのに何故そうしないのか。答えは簡単だ、ラウレスの命令にしたがっているだけ。神の力を三つもっている俺でも、勝てないのだから一つずつ使っていたら絶対に勝てない。


 「で、でも、うまく工夫すれば...」

 「相手は神本人だよ。俺は人間だし神の力を使えるって言っても、どれだけ工夫をしても本物には及ばないよ...」

 「わかった...けど、無茶はすんなよ。俺らも全力でサポートはするけど、お前が傷ついているところは正直見たくないんだよ」

 「僕も同じだよ。僕は君を気にっているし好きでもある。だからこそ無茶はしてほしくない」

 「ごめんね、ユアン君。ユアン君の気持ちを考えずに私の感情を押し付けて...」

 「別に気にしてないよ...セレス達が止めるのもわかるけど、俺には守りたいものがあるし、そのためならなんだってやるよ」


 もう覚悟はできている。最後に母さんにも会う事はできたし、アイやケントにも会うことができた。

 充分だ...悔いのない人生ってわけでもないけど、異世界に来てよかったと思えた。あの二人を救えると考えれば俺の命なんて安いものだ。


 「それじゃあ、俺は行くよ。みんなの力期待してるよ」


 ユアンの立っている場所に魔法陣が展開した。いつも通りの光景になっているので驚く必要もなかった。

 そして、ユアンの意識は戻り結界の中で魔力を貯めている状態だった。


 さてと...いっちょやるか!!!


 「力をかせ!セレス!死神!」


 一気に二つの魔力を同時に引き出す。


 「があっ!!」


 心臓はバクバクと鼓動が大きくなって胸が苦しい。息も吸うことができないし体が熱い。


 なるほど...これが反動か...


 たった二つの力を同時に引き出しただけでこの反動。正直、これだけで心が折れそうになるほどの激痛が体中に走る。


 「はぁ...はぁ...」


 心臓の鼓動も落ち着き、体の痛みは徐々に減っていく。おそらく無意識のうちに神の魔力を引き出すのをやめたんだろう。さっきまで流れていた魔力が一切感じられなかった。

 でも、次ならいけると確信はできた。


 「あらあら、どうしたのかしら?苦しんでいたようだけど...?」

 「別に...あんたを倒すための儀式だよ」

 「ふふ...無駄よそんな儀式は。貴方じゃ私を倒せない。それはもうわかっているでしょ?」

 「ああ、そんなこと痛いほどわかってるよ」

 「あら素直じゃない」

 「でも...俺一人だったらね!!」


 さぁ...行こうか!!今度こそ失敗はない!!


 「力をかせ!セレス!死神!」


 想いの強さは成功につながるのだろうか...戦いの中でふと思う。さっきも同じような気持ちだったのに、今回は何故か失敗するとはひとつも思わなかった。それどころか成功しか思えなかった。

 先程の激痛はなく、膨大な魔力が俺の体の中に満ちている。


 「な、何をしたの!?」

 「これが神の力だよ...二人分だけどね!」


 まずは、結界の中を覆っている毒を排除する。


 「浄化!」


 結界全体を光魔法で浄化する。すると覆っていた煙のようなものはだんだんと薄くなっていき、ヘラの姿が現れた。


 「よく、この毒を消せたわね。褒めてあげるわ。けど、この結界はどうかしらね?魔法を跳ね返す結界よ...作った本人でもこれを壊すのはとても無理ーー」

 「バカか...この術を作った本人なら......壊し方も知ってるに決まってんだろうが!!」


 ユアンは結界全体に膨大な魔力を広げる。


 「バカなのかしら?魔力を広げたところで跳ね返されるに決まって...」


 勿論、反転結界は魔力を跳ね返すために作った結界だ。だけど、結界内にずっと魔力を広げていれば、魔力は逃げることもできずに膨らみ続ける。水の入ったペットボトルにドライアイスを入れて蓋を閉めたようにパンパンになるということだ。それに跳ね返った魔力がさらに押し返されて強くなる。


 「う、嘘でしょ...こんなの...」


 次の瞬間、反転結界は跡形もなく粉々に崩れ落ちた。

 神の魔力を二つ同時に引き出したことによる神業だ。


 「さてと、本番と行こうか」


 結界の中から出てきた俺を見て、ラウレスの表情は満面の笑みだった。



 

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