第三十話 魔人の大群
ユアンと魔王がドレーク領で一戦を交えている時、王都では魔人が結界を壊すために魔法を撃っていた。
「キイロ様!ようやく結界にヒビが入りました!」
「よし!全員その部分を集中して攻撃しろ!!」
「「「「「「「はい!!」」」」」」」
魔人たちはヒビが入った部分を集中して魔法で攻撃する。ちょうど王都の入り口付近の結界にヒビを入れた。
それを見ているバーンとアークは、いつ壊されてもいいように戦闘体制に入っている。
「なぁ...この量は流石にきついよな...」
「そうだね...ユアン君一人だったら大丈夫なんだけどね...」
「あんな化け物がいるんだったら俺らここにいねーよ」
「はっはは!確かにそうだね...でも、あんなに本気のユアン君見たことある?」
「ねーな...あいつの中で今回のことは自分の失態だって思ってるんだろうな...」
「バーンはユアン君の失態でヴァントが死んだって思ってる?」
「思ってるわけねーだろ...ヴァントが一人で魔人と戦いに行く時、ユアンは「他には?」ってもう一人いかせようとしてたのに俺は「いらない」って断ったんだぜ。もう一人賢者がいればヴァントは死なずに済んだかもなって...」
バーンの表情は悲しく見えた。それもそうだ。仲間を失って悲しくない奴なんていない。僕もヴァントの遺体を見たときに、なぜ自分はここにいなかったんだろうと自分を責めた。
「バーン、君もそこまで落ち込むことはないよ...ユアン君の責任?それとも君の責任?違うよね?僕たちは賢者だ、君たちの責任は僕たち賢者の責任でもある。だから一人で抱え込むなよ...バーン」
「アーク...」
「本当なら、ユアン君が行く前にこのことを伝えるべきだったかもしれないけど...ユアン君が無事に帰ってきたらちゃんと伝えてあげようよ。それが僕たち大人のやるべきことだろ?」
「あぁ...そうだな...」
「とりあえず今は、目の前の敵に集中だ。ユアン君の未来通りならこの戦いで死者は出ないはずだからね!」
「そうだな...いっちょ派手にやるか!!」
そろそろ結界が壊されるだろうと思ってた時、城の方から僕たちの名前を呼ぶ声がした。
「アーク、バーン!」
声のした方を見て見ると、レインやペトラ、アイが王都の入り口付近まで走ってきた。
住民達は賢者が来たことによって安堵の声をあげる。住民達は、賢者と一緒にいるアイの姿を見て「あの少女は?」と少し不安そうな声も聞こえる。
僕とバーンはアイの姿を見て少しほっとした。
「きてくれたんだな」
「当たり前でしょ!この騒ぎで行かなかったらただのバカか腰抜けよ!」
バーンの言葉にレインが強く言い返す。まぁお互い信頼できる仲間であるからこそできる返しだ。
「で?ケントは?」
放ったバーンの一言でレインとアイの顔は曇った。
「ケント君は...ユアン君に言われた言葉で放心状態になっているの...多分ユアン君に対してあんなことを言った自分自身を責めているんだと思う...」
「ったく...どいつこいつも...」
「でも、アイちゃんが来てくれただけでも大きいよ。魔人に対して恐怖心は大丈夫かい?」
「いえ、まだ怖いですけど...ユアンが戦っているなら私も戦わないとって思って...」
私の中でまだ、魔人に対して恐怖心はとれたわけじゃなかった。けど、今日のユアンの悲しそうな顔を見ていたら、私よりもユアンの方が辛かったはずなのに、私はどうやって声をかけていいのかわからなかった。私の時は、わんわん泣き喚いてユアンに沢山思っていたことをぶつけることができたのに、逆の立場になると私は何もできなかった。ユアンの存在がとても遠くに感じた。だから私は、前に向かって進まなきゃいけないと思った。
結界に穴が空き、大量の魔人が押し寄せてくる。私たちは力を出し惜しみせず、全力で魔人たちに向かっていった。
「「「「精霊召喚」」」」
「化身せよ、セレス!」
バーン達四人は精霊を呼び出し、そのまま精霊化を始めた。アイも数が数なのでいきなり神化から始めた。
精霊化をしている賢者が四人、神化をしている少女が一人。この戦力は国一つの戦力と言っても過言ではないほどの圧倒的な戦闘力を放っている。
「ん、まずは私がやる」
精霊化したペトラの姿は、黒い魔力に全身が包まれており、頭には小さな冠がついていた。
「精霊魔法、暗黒の帳」
結界に穴を開けて入ってきた魔人達に四角く黒い箱に五、六人ほどの魔人を閉じ込めた。そしてそのまま、ペトラが手のひらを握ると、黒い四角い箱は一瞬で小さくなり跡形もなく消えていた。
「相変わらずお前の魔法は怖いな...」
ペトラの魔法を見たバーンが小さく呟いた。
「ん、別に怖くない...ただ、あの魔人たちはこの世のどこでもない空間にぐちゃぐちゃになって漂っているだけだから」
「いや、十分怖えーよ!何その物騒な魔法!」
「ん、闇の精霊は気まぐれ。精霊の気分でどの魔法が発動するかわからないから今の魔法もよくわかんない...」
「あっそう...」
もう一生ペトラを怒らせないようにしようと思ったバーンだった。
ペトラは賢者という仕事の他に魔道具の開発をしているグループのトップだ。普段は表に出ることはないが、緊急時や自分の気分がいい時は表に出るようにしている。それ以外は研究しているか寝ているかのどちらかだ。
「ん、まだ...たくさん...」
結界の穴からまだまだ魔人は入ってくる。結界に穴が空いただけであって結界自体は壊されていないので、侵入してくる場所は一つだけだ。そこを中心に攻めればいつかは撃退できるだろうと思っていた矢先、新たに入り口付近にもう一つ結界に穴が空いた。
その穴を開けたのは、ミドリ...いや、元勇者のラウルス・ブライだった。
「ったく...こいつらはこんな結界に苦労してたのかよ...おっ!そこにいるのはアイじゃねーか!また、一緒に鬼ごっこでもしようぜ」
「ッ!?」
私はミドリの姿を見て、足がすくむ。前までは神化をしていればどんな敵も倒せると思っていたが、ミドリが元勇者と聞き、本当に私が倒せるのか不安になる。
「どうした?せっかく神化をしたのにそんなんじゃ、また一方的ないじめになっちゃうぞ」
ミドリは一直線に私に突っ込んでくる。持っていた剣を思いっきり私めがけて振りかざす。私は怖くて咄嗟に目を瞑ってしまった。
キィンと何かが弾かれる音が聞こえる。
私は恐る恐る目を開けてみると、私の前には精霊化したアークさんの姿があった。アークさんは光剣で剣を作り出し、ミドリの剣を弾き返していた。
「へぇ...なかなかやるな。俺の剣を弾くなんて、刀を持っているユアンぐらいしかできないと思ってたけど...」
そのままミドリはアークに詰め寄りものすごい速さの剣術で精霊化しているアークを圧倒している。
「くっ...」
「そんなものか?賢者アーク。もっと俺を楽しませろ!」
さらに剣のスピードが速くなっていく。アークはそれを受け流すだけで精一杯だった。
すると、横から水槍がミドリを襲うが、片手で振り払う。
「チッ!」
「こんなもので攻撃出るとでも思ったか?もうちょっとマシな攻撃しろよ。せっかく精霊化してるのにもったいないね〜」
精霊化をしているレインさんの攻撃を片手で振り払ったミドリは特にダメージを受けている様子はない。精霊化をした魔導士なら通常の初級魔法だって上級以上の威力になるにも関わらず、精霊化した状態で中級魔法の水槍を片手でなんて...他の幹部達なら多少なりともダメージは確実に入るはず...
「まぁ...二対一なら少しは楽しめるかな...」
王都入口付近で、ミドリとアーク達の激しい戦いが始まった。もう一つ穴が空いた付近では、ペトラとバーンが魔人を対処している。こちらは幹部の姿は見えないが、少しずつ数に押され始めている。
「どうした賢者!!二人だけじゃ俺らを抑えることなんて無理かぁ!?」
それを聞いたバーンはキレ気味に魔法を発動する。
「うるせぇぇぇ!!」
バーンは穴が空いている結界に向けて火爆燃尽を放つ。
精霊化したバーンのオリジナル魔法は通常よりも数倍の威力で放出された。
「「「「ぎゃあああああああ」」」」
空いた穴から入ってきた魔人達はバーンのオリジナル魔法に焼かれていく。普通の魔人なら賢者が倒すのに苦労はしない。だが流石に大群となると話は違ってくる。戦争は数が多い方が有利だ。魔人はどれも魔力が高いし戦闘能力が高い。それが大群となって襲ってくるなら、こっちも本気で戦わないと死んでしまう。
まぁ...ユアンだったらこの数でも平気なんだろうけど...
そんなことを思っているうちに俺の魔法を食い止めている魔人の姿が見える。
「ふん、なかなか強力な魔法だな...こいつらの体を使わなければ俺も危険だったぞ」
現れたのは以前アークが倒したと思っていたキイロという名前の魔人だ。
「それで死んでくれた方が嬉しかったんだけどな...」
「ふっ...これで死んだら末代までの恥だぞ」
「魔人に末代まであんのかよ...」
キイロは上空に向けて光の雨を撃ち放つ。上空には巨大な魔法陣が描かれ、その魔法陣からレーザー光線のようなものが王都に住んでいる全ての人間にめがけてキイロは魔法を撃った。
「てめぇ!!」
上空の魔法陣を見たバーンは焦って、キイロに火爆燃尽を放つが、簡単に交わされてしまう。
「俺を殺したってあの魔法は解除されないぞ、賢者バーン」
余裕の笑みを見せているキイロにバーンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
まだ幸いなことに巨大な魔法陣のため、術が発動することに時間がかかるということ。だが、それも時間の問題だった。次第に魔法陣は構築され、次の瞬間一斉に魔法陣から光の光線が平民、貴族関係なしに降り注いだ。
「きゃあああああああ」「うわぁぁぁぁ」
叫び声をあげる市民が後を絶たない。しかし、その光の光線は市民達に届くことはなかった。
「くっ......」
魔法陣のすぐ下に巨大な魔力障壁で攻撃を受けきっている一人の少女を市民は目撃する。
アイは王都全体に広がっている魔法陣と同じ大きさの魔力障壁で攻撃を受けている。神化をしているとはいえ、この大きさを維持しながら攻撃を受けるのは流石にしんどい。
「だ、誰か早く...」
「ん、もう平気...」
上空にある魔法陣に向かってペトラは高くジャンプをする。ジャンプしたペトラは魔力障壁でガードしながら巨大な魔法陣に触れる。すると、魔法陣は形を保てなくなり少しづつ消滅していく。
「なんだと!?」
魔法陣が消えたキイロは驚きを隠せない様子だった。
「ん、あんな巨大な魔法陣は構築するだけで一苦労。だから少し魔力を流して邪魔をすれば魔法陣は勝手に消える。魔法陣がでかい分効果はでかいけど、その分脆くなる...」
「流石ペトラ!賢者随一の頭脳!」
「ん、当然。バーン...褒めるんだったらお金ちょうだい...」
「なんでみんな金ばっか欲しがるんだよ!」
「ん、研究費用...」
バーンとペトラの会話を聞いて目の前にいるキイロはプルプルと震えている。
「ごちゃごちゃうるさいぞ!人間がぁ!」
キイロは巨大な光の光線をバーンとペトラに放つが、その攻撃は横から入ってきたアイによって防がれる。
「何!?」
「はぁ...間に合いました...」
たった一枚の魔力障壁に防御されたキイロは信じられないという様子だった。
「ばかな...あの攻撃を障壁一枚で...」
「なんかショック受けてるぞ...あの魔人」
「ん、滑稽」
「なんだよ、キイロ。あれまだ使っていないのか?」
私たちはすぐに声がした方を振り向くと、頬に返り血のようなものがついているミドリの姿があった。その後ろには横たわっているアークさんとレインさんの姿があった。
「アーク!レイン!」
咄嗟にバーンが二人の名前を呼ぶ。
「安心しろ、まだ殺しちゃいない。俺を少し楽しませてくれた礼だ。それよりキイロ。魔王様の魔力が小さくなってきている。俺とアオはそっちに加勢しにいくからこっちは任せたぞ」
「わ、わかった」
「俺とアオがここを去ってから十五分後かな。一斉にアレを使え。そうすれば魔王様の目的が達成する」
「ああ、了解した。十五分後だな?」
「それで十分だ。もしキツくなったら早めに使ってもいいからな」
そういってミドリは結界から出て行った。はじめから結界の外にいたアオを連れてドレーク領の場所まで二人で行ってしまった。
「バーンさん、私も後を...」
「だめだ!アークとレインが戦闘不能になった今は俺とペトラ、それにアイ、お前が必要だ。ユアンなら大丈夫!あいつは強いよ。魔王と戦っているにも関わらず、あいつの魔力は減っちゃいない」
確かにバーンさんのいう通りだった。今はここに残って魔人達を倒した方が賢明のようだった。
お願い...ユアン。無事でいて...
私はユアンの無事を祈ることしかできなかった。
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