“おめでたい”魔王のお戯れ
よく辿り着いたな、お前たち。
この場所で待っていればいずれお前たちがやってくると、私には分かっていた。
――ん? 何故かって?
そんなの当然であろう。何故なら私はお前たちより遥かに長い時間を生き、この世界の理を知っている。欲望にまみれたお前たちが私の持つこの力を奪いにやってくると想像することは造作もないのだ。
――“そんなことはどうでもいい”だと?
口の利き方には気を付けろ、小僧。
お前たちの運命は、もうすでに私の手中に握られているのだ。
……って、おい、たっくん、走り回ると危ないだろ! 俺の話を最後まで聞け! そこに座ってろ!
……ふ、ふん。
これだから自らの振る舞いが正義だと勘違いしている、お前らのような小僧が嫌いだ。世界は自分の思う通りになって当然、そういう目をしている。
ただ、ここまで言えばお前たちの小さい脳みそでも理解できると思うが、世界はそのように出来ていない。自らの欲望があるならば、奪い、勝ち取らなければいけない。世界は残酷なのだ。駄犬のように待ち、お手をしていれば餌を与えて貰える、そんな時代は終わったのだ。
――ここまで言っても、まだ目の輝きを失わない、か。
そうだな。かつて私にも、お前たちのような時代があった。目を輝かせ、諦めず眼前の道を歩いていれば、いずれ自分の望む場所へ辿り着く。遠く、懐かしき日の私もそう思っていた。
――“それならどうして”だと?
私は気付いたんだ。そんな障害のない道を歩んでいても、何の意味もないのだと。
……あっ、母さんありがとう。なんか他につまめるものない? 枝豆とか。ちょっと持ってきてよ。……え、今忙しい? ……分かった、後で自分で取るよ。
……えー、ごほん。
だから、私はお前たちに試練を与える。なぁに私といえど、ただの聞き分けのない魔王ではない。私が今から言う要求を一つ受け入れるというならば、お前たちの欲望を成就させることはやぶさかではない。
――はっはっは! そんな不安そうな顔をするな。
難しいことではない。たった一つの、誰にでも叶えられる簡単な要求である。
――私を、楽しませよ。
◇
「おじちゃーん! 肩もんであげよっか!?」
「ねえおじちゃん! 飲み物持ってきてあげるね! なに飲みたい!?」
子どもという生き物は単純だ。少し餌をチラつかせてやれば、普段は小生意気な口しか利けないのに、途端に従順になる。
俺たちの目の前には色とりどりの料理が机に所狭しと並べられている。分厚い辞書を積み上げたような重箱の中には黒豆や数の子、綺麗に切り揃えられたカマボコがぎっちりと詰め込まれている。その色彩豊かなさまは、まさに今の日本のおめでたい祝福ムードを感じさせた。
「おっ、たっくん気が利くじゃん! ちょうど肩凝ってたんだよ~。あとみっちゃんもありがとな! 冷蔵庫からビール持ってきてくれる?」
俺が多少大げさに言うと、二人は「はーい!」と元気よく揃った返事をして駆け出す。快適だ。苦しゅうないぞ。
さて、次はどんなことをさせてやろうかと思慮を巡らしていると、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「次郎! お兄ちゃんたちも帰ってきたみたいだから開けてあげて!」
台所でせっせと汗を流していた母親に呼びかけられ、俺は仕方なく重い腰を上げて玄関へ向かう。何せ今日は年に一回の親戚一同が会する日だ。俺自身も久しぶりに実家に帰ってきたわけで、随分と小さな親孝行だがこれぐらいなら手伝ってやるべきだろう。
玄関のドアを開けると、予想通り俺の兄である一郎とその妻であるサキさんが立っていた。
「おっ、一郎兄ちゃん久しぶり。サキさんも去年は帰って来れなかったから2年ぶりですね! あけまし……って、うぉっ!?」
突然、下腹部に衝撃。急に重さを掛けられたため多少よろめいたが、何とか態勢を整えてその原因を目で追う。
「おっちゃん!」
小さな頭。気づけば少年ががっちりと両手で俺の腰に抱きついている。一時逡巡したがすぐその正体に気付き、優しく頭を撫でた。
「おぉ、ヒロくんも大きくなったなぁ!」
顔を埋めてはいるものの、2人と一緒にいるということは息子のヒロくんだ。それにしても、しばらく会わない間に随分と成長したものだ。以前会った時には俺の膝ぐらいの身長しかなかったはずだ。
声を掛けられたヒロくんが顔を上げる。満面の笑顔。その目は一点の曇りもなく、生まれたばかりの子犬のように輝いていた。
――あっ、言われる。
「おっちゃん、おとしだまちょーだい!」
「……口の利き方には気を付けろ、小僧。俺はおっちゃんじゃない、お兄さんだ。……お年玉が欲しいなら、まずはおばあちゃんが料理運んでるのを手伝いなさい」
子どもは従順だ。俺の言葉を聞いてすぐに台所へ駆け出していく。その姿にいくら捻くれた俺といっても、幾分の可愛さを覚えないわけではない。
ああ、また手痛い出費だな。
それでも、口元が自然と綻ぶのを感じながら、俺は胸ポケットに入っているポチ袋に手を伸ばした。