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透明色の妄言

          ♪♪♪


「――覚えは、ない」


 有無を言わせぬ返答に、魔道士の少女はやるせない表情で助けを求めるように顔を右往左往させ、右でピタッと止める。


「そ、そうよ! これっ」


 ささささ、と畳上を這い這いで移動し、少女は部屋の隅にあった楓のカバンからクリアファイルを出して、その表の一枚を指差した。それは、丁度昨晩に仕上げたジャケットイラストをプリントアウトしてみたものだ。


「これっ! この呪紋が動かぬ証拠だ! これほど濃密かつ繊細な魔法式を封じ込めた呪紋を描ける者は、私の世界にいなかった。天才的だ!」

「え。そう?」


 天才と言われてつい声が浮いてしまう。


「ってか人のカバン勝手に漁ってんな」


 ゴチンと頭に鉄拳制裁。あいた! と涙目になる魔道少女。

 その手からカバンとファイルを取り戻してから、ふうんと一息。


「ま、今のとこ嘘は言ってないみたいだね」

「おお、分かってくれたか!」

「ああ、お陰でハッキリした」


 人は嘘をつくとその言葉の色にくすみが入る。そして希代なことを口にすれば、人は恥ずかしがり赤みが増す。少女の声にはその二つは現れてなかった。

 ゆえに出た結論は、と楓は自分のこめかみを指差して、クルクルと、


「あんた、頭おかしいんじゃね?」

「何でだぁー!」


 いやだって、と憤って立ち上がろうとする少女の頭を押さえながら、


「平然と妄想を口にできる奴って、相当よ? 嘘をついてるとも思ってないし、自分の発言を全く恥じてない。これは頭の病気か、生来の詐欺師ね」

「ぶ、無礼千万! 流石の救世主といえども、侮辱は許さないぞ!」

「へえー。許さないと何が起きるんだ? お嬢ちゃん」


 そう来るとは思ってなかったのか、えっ、と言葉に詰まる少女。


「それは、その、死に至る呪いを、かける、とか?」

「救世主を殺してどうするんだい。でまかせの多い娘だなぁ」

「そ、そんなつもりじゃ、」

「はいはい。分かってる分かってる」


 両手を叩いて場を締める。


「あんたが痛い子ってのはよーく分かったから、さっさと帰りな。お母さんを悲しませちゃいけないよ」

「な、何だぁその可哀想な子を見るような目は! 私を疑うのか? 私の魔法位は超級のシグマなんだぞ。王国のエリートなんだぞ?」

「あんたが何者かなんて興味はないよって。おねーさんは仕事があるから、あんたの相手してる暇はないんだ。帰った帰った」

「仕事って、外のアレを売るのか? 客一人も来てないけど」


 お黙り。世間知らずの振りして目ざとい奴だな。


「客が来なくても、しなきゃいけない仕事は沢山あるんだって」

「それは、一つの世界を救うよりも大事なことなのか?」

「うん。だってあんたの世界なんて知らないもん」


 雷が落ちたようにショックを受ける少女。いちいちオーバーだなあ。


「な、何という冷酷非道! 冷血漢! 見損なったぞ『救世の魔導師』!」


 憤慨して少女は立ち上がり、部屋を出ていく。


「私は楓だよ。柚木楓。『救世の魔導師』なんかじゃなくてね」


 ブーツを履いていた少女はバッと振り返り、先の折れた杖を突きつけ、


「お前は確かに英雄じゃなさそうだ。カエデ、その名覚えたぞ! 絶対呪ってやる!」


 そう啖呵を切って、靴を足にはめる作業に戻る。手間取って中々履けないでいる。それを片肘ついて眺めていたら、少女の横顔が次第に羞恥に染まっていき、


「ええいこの安靴め!」


 結んでる途中だったブーツを脱ぎ、両手に持って裸足のまま走っていく。

 ガラス戸を半分開けて、もう一回振り返り、


「覚えてろ!」


 どこかに走っていった。あの場合逃走したといった方が正しいか。

 楓は後頭部を掻き、少女の最後の捨てゼリフを思ってポツリと、


「いや、だからあんたの名前、長すぎて覚えてないって……」


 その十分後。

 魔道士の少女は静々と戻ってきて、タナカシンフォニーのガラスの扉を押し開けると、申し訳なさそうに言ってきた。


「そういえば行く宛てがなかった。しばし私を置いてくれ」

「異世界に帰れ!」


 楓は明後日の方向を指差して叫んだ。


        ♪♪♪ 


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