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茜色の遭遇

     ♪♪♪ 


 その少女が生き倒れたにはいくつかの理由があった。


 一つは人に優しくない日差しと気温の中を、全力疾走していたからであり、別の一つが空腹のためであり、またの一つが精神の限界が来たからであり、


「ま、まさか呪紋どころか、魔因子が一粒も無いなんて……、過疎地が過ぎる!」


 そして、肝心なもう一つが魔力の枯渇であった。


 黒く、希代な衣装に身を包んだ少女である。

 黒のとんがり帽子。爪先まで隠す真っ黒なローブ。両肩にかかった闇色のショール。加えてそれらの所々に縫い付けられた円型の紋章。それだって黒だ。


 視線は集まるし、日光は集めるし、熱は篭るし、動きにくい。


 だが、これこそが様式正しい魔道士の格好。極秘任務のため皇国の紋章は入っていないが、宮廷魔導師の証ともいえるペガサス工房の魔法杖だって持っている。


 しかし、そんなものを揃えていようがこのピンチは改善できない。

 こっちの世界に渡る際に時空魔法で魔力の九割を消費したのまでは予定通りだったが、こっちの世界が魔因子が全く存在しない過疎地だとは思ってなかった。


 お陰で魔力の自然回復が望めない上に、生活様式調整の魔法を使用しただけで、これだけの生体エネルギーを消費してしまう。嬉しすぎて二つ返事で引き受けてしまったが、伝説の救世主を見つけて連れ帰るという任務を達成する前に、のたれ死んでしまわないだろうか。

 いや、このままでは死ぬ。


 浮かれてたのは否めないが、こんな魔術的過疎地での任務だと分かっていれば、もっと入念な準備をしてきたのに。エーテル石を岩石のレベルで持ってきていた。そのエーテル石も生命力回復でかなり使ってしまった。

 などと恨み言を吐こうが体は動かない。意識が遠のいていく。


「~~~~~♪」


 と、その時少女は、一つの魔法の呪文を耳にした。

 眠りかけていた意識を叩き起こし、目を向けた。響きの聞こえてくる方向に、血走った目を。


     ♪♪♪ 


 店の玄関前を掃除していた楓は、道の隅っこで影が蠢くのを見て、口を止めた。

 ゴミ袋か何かだと思っていた黒い塊は、よく見ると人だった。周囲に人がいないと思ってつい歌ってしまってたが、まさか聞かれていただろうか。


 頬が赤くなるが、おおまか平静を気取れてるはずだ。


 大体、道端に寝ているような輩は十中八九ホームレスである。それか酔っ払い。そんなのに聞かれていようが何ら恥じることはない。向こうの方が恥ずかしいじゃない。


 そう思い直して黒い影を睨むと、影は微妙に這い寄ってきていた。その形に違和感を得る。何だろう、この違和感。酔っ払いやホームレスではない? 


 そう、こっちに近づいてくるシルエットはそんなイメージとかけ離れた格好をしてる。いや格好ではない。決め手はそれじゃない。その大きさだ。成人の身長ではない。帽子の端から見える髪の色と長さ。あれは少女だ。


 そうと分かった瞬間、楓は少女に駆け寄った。


 少女が道に倒れてるなんて、醜い想像しか思いつかない。よくて家出。悪くて殺人。間の最悪がレイプだ。そのどれだとしてもロクでもないことは確定だ。


 少女を抱き起こす。奇妙な服装は乱れてない。血はどこにも付いてない。目は眠そうに開いている。どうやら最悪の二つではなかったようだ。


 その頭から大き目の帽子が落ちる。少女と目があった。


「……コゲトェウ、グサリンティユル、センポジュッュバ……!」


 少女が発した聞き覚えない言語に、楓は眉を潜めた。

 楓の目の前に広がったのは、見たこともない色調の風景。黄と青を混ぜたのに緑になってない色、と表現すればいいのか。気味の悪いことには変わらない。酔っ払って呂律が回らなくなっている可能性を疑うが、それだってもっと分かりやすい色を喋る。脳内を検索するが、やはり知ってるどの外国語とも一致しない。


「何だいあんた、この世界の人間じゃないのか?」


 少女と目があった。彼女も会話の不備に困窮しているようだ。

 近距離で見ると少女の顔立ちは白人のそれに近い。真っ白な肌に茜色の瞳、髪は地毛だろう金髪だ。とりあえず日本人の血じゃない。旅行者だろうか。


 少女の目がグルグルと目まぐるしく回り、やがて楓の顔で止まる。その視線の意味は驚きを越えた、驚愕。救いの神でも見たかのような恭しいもの。

 急に少女が腕のうちで暴れだした。


「リ、ゲンボ! ローレルゲンボ、ザラノフェイルータ!」

「ええい静かにしろ」


 頭突きを食らわした。少女の首が仰け反り、そのまま動かなくなった。


「あ……。やっちゃった」


 つい癇癪を働かせて気絶させてしまった少女を腕に、楓は選択を迫られる。彼女をどうするかを。事件性はなさそうなのでここに捨て置くか、道に倒れるなんて尋常じゃないので警察に連絡するか、あるいは、とどめを刺した責任を取る、か。


 少女の最後の剣幕を思い出し、ふと、その理由が気になった。お互いの顔をしっかりと合わせたこともあり、これも何かの縁かと考え直し、楓は少女を抱えるとタナカシンフォニーの中に戻っていった。


           ♪♪♪ 


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