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星色の涙

          ♪♪♪


「ああ、それと。遅くなってすまないが、さっきの感想を言わせてくれ」

「さっきの感想?」

「歌のだ」


 二回分、でその話は終わったのではなかったのか?


「そこまで傲慢不遜なことは言わないさ、私でも」

「あー、別に良いって。他人からの批評は聞き慣れてるから。批判だって賞賛だって散々聞いてきたし、いい加減聞き飽きた」

「そうか。じゃあ私が言いたいだけだから、適当に聞き流せ」


 とは言っても、勿体ぶられると気になるのが人の性。当然、何を言われても気にしない自信はあるが、この生意気な口からどんな褒め言葉が、あるいは辛口コメントが出てくるか。出来れば褒められたいが、望みはしない。七三で辛口と予想。


「こうやってまともに聞いて分かったけど、お前、下手くそだな」


 予想が当たり、辛辣な感想が胸に飛んできた。


「な、何ですってー! 褒めるんじゃないのー!」


 とまあ、オーバーリアクション出来るくらいにノーダメージ。明らかに下手になってたのは歌ってる間にも自覚出来てた。それを見抜いたルミナを評価したい。


「だけど、こういうのも不思議な気分だが、」


 ルミナが言葉を終わらせずに反転の言葉を告げた。

 ああ、そういうパターンね、と冷めた私が遠くで見つめる。


 一度扱き下ろしてから、良い方の評価を告げる。良い話風に人を褒める定型パターンだ。流星の如く現れたルーキーだった私らにも、たっぷりと使われた。当時は純粋に喜んでしまってたが、『御偉いさん』の彼らの本音がむしろ悪い評価の方にあるのだと気付いたのは、引退を決めてちょっと経ってからだった。


 そのせいか分からないけど、あれからはどんなことを言われても素直に喜べなくなってしまった。その言葉の裏に有るであろう本音を、無かったとしても勝手に予想して、自分を喜ばせない。自分に自信を持たせない。期待しない。もう二度と。


 損な私に、もとい、そんな私にルミナは何を言うつもりなのかな?


 自称魔道士の少女は、ちょっと躊躇うように言った。


「お前、最高に格好良いな」

「――――」


 ほら、私の心は動かなかった。


 動かない。ピクリともソワリともウンともスンとも、ちっとも一ミリも動かない。そのはずだ。だって私は、そういう表面だけの褒め言葉を大勢の人に嫌ってほど聞いてきたのだから。こんな頭のおかしい少女に言われようが、何にも。何とも。


「っえ、あれ?」


 熱い、波。胸に火傷しそうなほどの熱い液体が、ゴボゴボと流れてきた。


 何とも? 本当にそう?


 誰かの声が胸の、ずっと奥で囁かれる。誰かなんて、たった一人しかいない。

 そこにいるのは、たった独りの私。


 どうして、嘘をつくの? 自分に嘘をついて、どうするの?

 やめろ。やめて。そっちは怖い。暗闇も崖も怖い。頂上はもう、見ない。


 いいえ。いいえ、あなたが見てたのは、頂上だけじゃなかったでしょ? 

 だって、それ以外に何が……! 何があるっていうの。


 あったはず。もっと先に。もっともっと上に。あなたが昇ろうとしたのは、手を伸ばしていたのは。そして、今もそれを見るのは止めていない。


 空色の夢を。


 違う。違うの! 私はもう……!

 楓は否定するように、ただ、思い出を捨てるように頭を振った。

 水滴が飛んだ。その時にやっと、自分が涙してることに気付いた。


「……ちょ、やだ。何、これ。待て、待って。っくぁ、そんな、はずじゃ、」


 腕で覆って、泣き顔を見られてないか、ルミナの反応を見た。

 ルミナの目が潤って、鼻頭が赤くなっていた。


「って、何であんたも泣いてるのよっ……」


 いや、と洟をすすりながら、彼女は言った。


「これは、ズゥ、アレルギー反応だ。私は、ズズゥ、極度の男性アレルギーで、ズウッ、肌で触れたりすると、スン、こうなってしまう」

「…………男性、アレルギーって……えぇ?」

「こっちの男性だったらあるいは、ンフッ、と思ったけど、やっぱ無理なもんは無理みたいだ。自分の体質によるものと知れて、ズッズ、良かった」


 ローブの裾で垂れてた洟を拭くルミナ。さっきから汚いなこいつ。エリートお嬢様風に見えて、案外大衆的というか、野性味溢れてるというか。効率主義?


「……あはは、何よそれー……、あははは、ホント、おかしい奴。はは、あははは……、あは、あ、うぁ、何よ、もう、うあ、うあああぅ、ああ、ああっ」

「貴様こそ、どうしたカエデ。――涙は、星に与えるものだぞ?」

「……だから、わけ分かんないって、……ああぁ、わああ、あああっ、ああああああああああっ、ああぅっ、ああっ、ああっ……、ぅああああああ、ひぃ、わぁぁああああああああああっ、ッひぅ、ああっう、あうぁ、うわああああああああああああぁぁ、っあああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 十三年、ぶりくらいだろうか? きっとその間に溜めていた全部の熱を放出するみたいに、何もかもが思い通りにならない赤子に戻って、私はぐずり続けた。


     ♪♪♪ 

 


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