真っ赤で薄っぺらな嘘
♪♪♪
知らぬ存ぜぬという風に楽譜本を熟読しているルミナを見て、高堂が不思議そうに呟いた。外国人は一人もいないというほどこの町も田舎ではないが、子供を見かけるのは珍しいかもしれない。これ幸いと、少女を出汁に使うことにした。
「えっと、これは親戚の子で。ほら、ルミナ、挨拶して」
「む? それより今は、この世界の音楽が気になってるのだが……。音の連続性の中に、魔力を生み出す作用があるのではないかと……」
深い思考の中にトリップしそうなルミナの目の前に、エサをぶら下げて釣る。
「あとあと。そういうのは私があとで教えてあげるから。ほら」
「本当か。それなら、楽器のやり方でも良いか?」
「良い良い。指導してあげちゃう」
「そうか。約束だぞ」
ルミナは楽譜を閉じると、間に割り込んできて、高堂に手を伸ばした。
「お前が噂の二枚目花屋か。よろしく頼む」
高堂はルミナの奇抜な格好と金髪をまじまじと見てから、握手を返し、
「はい、よろしく。えっと、姪さんですか?」
至極当然な質問に、しかし用意していなかった楓はしどろもどろになって、
「あ、えっと、この娘の母が、私の姉で?」
「はあ? 何を言ってるカエデ。私の母がいつお前と姉妹の契りを交わした」
「良いから黙ってて……! イギリスの出身で、まだ日本語が不慣れだから、変な言葉遣いだけど、気にしないであげてください」
「へぇー、まだ小さいのに日本語上手ですね。えっと、お名前は?」
バカ正直な魔道士が正直に答える前に、ルミナの口を塞ぎながら言う。
「ルミナ。ルミナ=ベルファートです。っって痛ぁっ!」
手を引っ込める。掌をルミナに噛み付かれたのだ。ジト目で振り返られる。
「さっきから何だ? 挙動不審だな。そんなにイケメンとやらが怖いか」
「いたた、いや、怖いとかそんなんじゃなくて、」
「大体、人の名前を勝手にいじるな。すまない高堂。私はルミナリエス=ゼペルドット=リベルファート=シグマ。ゆえあって、この町に来た。迷惑をかけるかもしれないけど、その際は寛大な心で許してくれ」
ルミナはまだ高堂の手を離さない。彼は困惑しながらも笑みを崩さずに、
「ええっと、本当にお上手ですね。下手すれば僕より上手そうだ。これなら言葉を気を付ける必要もなさそうだね。えっと、こちらにはホームステイとかで?」
変なことを口走らなきゃいいけど、とハラハラとした思いでルミナを見守るのと見張るの意味で目をやる。しかしそんな心配は無要のようだった。
「ま、そんなところだ。帰れるまでの間はカエデの元で世話になる予定だから、用があるようならカエデを伝ってくれ」
そこまで言って、ようやくルミナは手を離した。そしてパイプ椅子を持ってカウンターの後ろに回り、何事もなかったようなそ知らぬ顔で座り直す。
楓と高堂は少女の気まぐれな行動に、ポカンと顔を見合わす。お互いに誤魔化すように笑い合い、そうしてから、楓はさっきの言葉を理解した。
「……って、帰れるまで私のとこに泊まるつもり!?」
「他にどこに行けという、こんな私に」
そう言ってルミナは腕を開いて、何も持ってないことを表す。まずお金は持ってなさそうだ。常識はさらに。じゃあ家帰れと言いたいが、こいつの頑固さはそんなんで動きそうにもない。複雑な家庭を思わせるというか、普通の家庭ではないだろう。
説得や拒否は後でも出来るとして、ここは頷いておく。
「いや、まあ良いけど。うちアパートだから小さいし、予備の布団ないよ」
「構わない。たとえトイレだって、屋根が付いてる分ありがたい」
サバイバル精神が過ぎる発言に、もし断ったとしても無理やり付いてくるであろうことが想像付く。放置しても本当に公衆トイレに泊まりそうだ。
「………………」
チラ、と後ろの高堂を見る。
「?」
キョトンとした顔で応えられる。高堂はこっちの会話を不審に思ってないようだ。
間抜けにも親戚だなんて言ってしまったから、ここで知らんぷりして放り出すとおかしい話になる。いいや、それよりも私の心の問題か。
さっきまでは面倒だから警察にでも突き出そうかと考えていたが、自分の歌を聞かせてから何となく愛着が沸いてきた。変な養護施設に送られたら可哀想だなぁ、と感じるくらいには。
「……余裕が少ないから、いざって時は家計優先するけど。っていうか追い出すけど。それでも良いのなら」
パラパラと机上の楽譜本をめくりつつ、ルミナは頷いた。
「ああ。覚悟の上だ」
「あんたが言うと怖いよ……。犯罪とそうじゃないことの区別あるよね?」
「心配するな。後で調べる」
心配だ……、と不安を抱えつつ、ともあれ片方の問題が解決。残るはこっち。
「お待たせしました、お客様。何かお探しですか?」
♪♪♪




