ゴールデンタイム
♪♪♪
「そんなのどこから持ってきた……」
タナカシンフォニーに戻ってから楓は、倉庫から一つのスピーカを引っ張り出した。
ルミナが呆れた声音と半目で手元にマイクを見てくる。それを受けて楓はそのゴテゴテした金ぴかマイクを頭の高さに自慢げに掲げる。
「これぞ、『どこでもカラオケ君ミリオンZ』だ! 『歌う心を忘れた日本人に、届け昭和のソウルフル』というフレーズで十二年前に発売されて活躍を期待されたが、すぐに後発機『いつでもカラオケプリンセス』が発売されて、二ヶ月しか店頭に並べられなかった幻のカラオケマシン。曲選もビブラートも他機器との接続も『プリンセス』に勝つことはない、『プリンセス』と比較されるために生まれてきた、まさに残念マシン」
「で、では、どうしてそんなものを高らかに掲げる?」
問うか。ならば答えてしんぜよう。楓は胸を張って答える。
「それは、気分!」
そ、そうか、とハイテンションに押され気味のルミナ。
楓はカウンターの後ろの箱や明細表を軽く片付け、足場を確保する。
こんなにテンション上げたの久々だ。自分のことながら、歌えることがそんなに嬉しいのだろう。正確には歌を他人に聞いてもらうのが、だ。
ゆえにこの緊張も久々。観客はたった一人だというのに、これまでになく体が強張っているし喉も縮こまっている。ボイトレもやらなくなってしばらく経った。腹筋も大分衰え、試しに出した声もすっかり素人のように濁ってしまっていた。
それでもこの気合は当時と同じ、本物だ。
手は抜かない。諦めない。いじけない。
あの頃、心に留めていた三原則。三つとも破って今ここにいるが、今さら歌うことの恥も罪悪感も感慨も、今は忘れてマイクを持つ手に力を込める。掌に汗が滲む。
「では頼む」
デザインのプリントを胸の高さに構えたルミナがそう言って、楓は待ち構えてたかのように、実際待ち構えていたのだが、意気揚々に声を張った。
「任せて。さあ、ショータイムよ!」
ああ、と納得のような、息吹のような声が、喉の奥から込み上げてきた。
手の機械からサウンドが流れ出す。前奏はローテンポ。音は連なりメロディとなる。リズムは重なり曲となる。シンセサイザーのハーモニーが鼓膜に染み入る。
それを全身で感覚するために、楓は目を閉じ、歌を始める。
唱え始める。
再生と奮起の歌を。
「声を出せ、動き出せ――」
ああ、と頷き、それ以上を堪える。何かが漏れてしまいそうで。
魔法使いだった頃の私が、蘇る。
♪♪♪




