パステルカラーの期待
♪♪♪
「腹が満ちたことで本来の目的を思い出せた。お前が『救世の魔導師』でないというのならそれでも構わない。最早、事は一刻を争う。カエデ。こっちの世界に来て、憎き魔王を倒してくれないだろうか」
魔王ってワードを出しながら、真面目に語られても。
笑ってはいけない雰囲気と分かっていながら、失笑を禁じえない。
「さっきも言ってたけど。私の世界を救ってくれって言われても、ねえ。私あんたが異世界から来たって話、一つも信じてないからね?」
「何? その疑惑はすでにクリアできてたと思ってたのだが」
「全然。適当に話合わせてただけ」
ルミナは仕方なさそうに吐息し、頭の尖がり帽子から杖を出して、
「だったら証明してみせよう。私が天才魔道士で良かったな、感謝しろ。もちろん、カエデにも手伝ってもらう」
「私に? 何をしろって。魔法使いでもない私に」
「分かってる。こっちの世界には魔法使いが存在しないのだろ? 衝撃の事実だったが一度説明されれば十分だ。だけどカエデ、お前は魔法を使ってみせた」
「私が魔法を?」
身に覚えがない。急にそんなこと言われても困る。のに、心が跳ねた。
「店の前で見せてくれたあの呪文。あれはいわば活力の歌。他者の魔力を回復させる魔法だ。そしてお前の描いたあの紋章」
杖の先でこちらの胸を指すルミナ。あのデザインのことを言ってるのか。
「あれは呪紋といって、術式回路を組み込んだものだ。詠唱を省略し、また術者の魔力消費を抑える装置。その二つがあれば、この世界でも魔法を使える」
もっとも、天才の私だからこそ見抜けたことだけど、と聞いてもない注釈を付け加える魔道士少女。それさえなければ可愛い子で終わるのに。
だが、思いもよらぬ角度からの事実に楓は興味を惹かれ、詰め寄った。
「どういうこと。あの歌が、偶然魔法の呪文と同じだったってこと?」
頭突きの勢いで顔を近づけられ、ルミナは苦しそうに仰け反る。
「い、韻律が、重なってる。元々歌は構成要素が呪文と似ているのだけど、あそこまで一致した例は初めてだ。曲の律動と旋律と呪文が、見事に調和している。恐らくこの世界の言語と音楽だからこそ、実現できる、この世界ならではの魔法」
「御託はどうでもいい。つまり私があの歌を歌えば良いのね」
「いや、そこまでしなくても。私にあの歌を教えてくれれば、」
ズズイ、と音がするほど詰め寄り、額をぶつけ、
「私が、あの歌を、歌えば、良いのね?」
「いや、だから、教えて、」
ズズイズズズイズズズイズズッズズズイ、と詰め寄り、
「私が。歌わ。ないと。ダメなの。ね?」
「……是非とも、お願いしよう」
根負けさせられた少女は、顎を引いて首肯した。
こうして私は、他人のためにもう一度歌うことになった。
♪♪♪
 




