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イエローキャットの戸惑い

台風とかが来ている日は家に引き篭もって、読書でもしましょーか

今日の四字熟語「晴耕雨読」

        ♪♪♪


 楓は鼓膜を敏感にさせる。感覚と精神をフルオープンにさせる。日々押さえている共感覚を開放し、妄想をフル回転。

 完璧な受け入れ態勢が整ったところで、少女のあどけない声が耳に響く。


 暗闇の中、色が生まれて世界を作っていく。


「天の中にして地の内に有りき、神の中の神、偉大なる真神よ。人の身へ伝えし、声を照らし、異国の民へ。異郷の神へ。異界の地へ。踏みし魔道の司に……、」

「って、ちょいとタンマ。ごめん、止まって」


 止めてから、目を開ける。目蓋の裏には黄色のネコが映っているが、それはルミナの声のものだ。それの飼い主が眉を立てて、唇を尖がらせていた。


「何だ、途中で止めて。折角乗ってたのに」

「ごめんね。でも、昨日の呪文ってそんなだったっけ。何かもっと、もう根本的に違った気がするんだけど。まるでこの世のものじゃないような、」


 とそこまで言って自分で気づいた。ルミナの方も得心が言ったように、ああ、と両手を打ち、自分の頭を指しながら言った。


「私の脳をこっちの世界にチューニングしてしまったから、同じに詠唱したつもりでも違った呪文のように聞こえてしまったのだろう」

「あれが同じに、ねぇ。あの意味不明な呪文はそういった意味だったの。いや分かっても不明だけど。それじゃあ意味が無いんだ。元の言語で話してくれ」

「? とことん不思議なことを言う。まあ頼まれればやるけど」


「うん。悪いね」

「全くだ。いいかよく聞けよ。……天の中にして地の内に、っと、これは違う。こうじゃなくて、元の言葉で、……むむ? むう、はてこれは、……ほお、そうか……」

「どうしたルミナ。腹痛か? 冷房で腹冷やしたか?」

「貴様は私を何だと思ってる。どうやら私は、頭をいじくった影響で元の世界の言語まで忘れてしまったようだ」

「へえ? 元の言語を忘れるって、そんなことがあるの?」

「ううむ、私も初めての事例だけど、あるみたいだ」

「無駄に細かい設定ねぇ。って、それじゃあ何? もうあれは聞けないってこと?」 


 届くと思えた奇跡が指の間からすり抜け落ちていく感触に、心に宿っていた情熱の炎が消沈する。しかしそこにルミナの言葉が助け舟を出した。


「そんな顔するな。もう一度同じ魔法を使って、私の言語野を調整すれば再び喋れるようになる。だけどそのためには、同じだけの魔力が必要となるが……」

「あ~、そういう仕組みね。って、何でそんな暗い顔してんの」

「いや。私の唯一のアイデンティティを奪われてしまって、少し、な」


 ああ……、何となく分かった気がした。魔力は足りないし、呪文は詠唱できない。これでは自分が魔道士である証明ができないというわけだ。


 自分の得意分野が封じられ、自己表現が制限された状態。さらにそれが誰も知り合いがいない世界でのこととなったら、その心細い気持ちは十二分に共感できる。


 急にルミナと近くなれたような気がした。いや、本人はそんなに不安に思ってないかもしれない。この同情はただの思い込みである可能性が高い。勝手に分かったような態度取られてもムカつくだけだ。大体魔法とか異世界とか有り得るわけないし。

 だから楓は、話の流れを無視し、無理やり方向転換させた。


「その暗い顔は、さては、お腹が空いたんだな?」

「はぁ?」


 馬鹿を見るような目をされた。ムカついたがお姉さんの心で我慢我慢。


「減ったよな。いや、減ってるに違いない。道端に行き倒れてたんだもんな。朝食はしっかり食べないと不健康だぞ」


 自分のことは棚に上げる。それが私流。


「だから私を何だと……っ!」


 声を荒げるルミナのお腹で、ある虫が産声を上げた。

 グうううううううう、と。桜色の可愛い蝶がパタパタと昇っていった。

 頑張って大声で鳴った自分の腹を見下ろし、ルミナは冷静に述べる。


「どうやらお腹は空いてるようだ。正解だカエデ」

「あんたの客観的姿勢が素晴らしいよ。腹減ってるんだな?」


 腹を宥めるようにさすり、ルミナは指を折り曲げて数える。


「思えば一昨日から何も食べていない。そろそろ限界が来そうだ」

「じゃ、一食くらいおごってあげる。安っぽくても文句言わないでよ?」

「この店の内装を見て、期待するほど私も愚かではない」

「…………」


 何だこの可愛くない生命体は。


       ♪♪♪ 


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