宵色の悪夢
♪♪♪
どうして? と問われた。
夢、なのかも知れない。
暗い空間の中で女とも男とも分からない誰かと会話する。近くにいるのに相手の顔も分からないまま、お互いに言葉を重ねる。
夢は夢でも、これは悪夢の類だ。自覚出来てても何にもならない。
どうして? と宵闇のヴェールを越えて誰かの声が聞こえる。
どうして嘘をつくの? 自分に嘘をついて、どうするの?
私はやめろ、と叫ぶ。きっとこれは弱い私。耳を塞いで蹲るしかできない。
やめろ。やめて。私を間違わせないで。そっちは怖い。暗闇と崖しかないの。
誰かが問い返す。
崖だけ? 暗闇しかなかった? もっと色々嬉しいことがあったでしょ?
私はいやだいやだぁ、と否定する。
そんなの、ただあるだけ。山は登れても頂上には届かない。届いても、また別の高い山が見えるだけ。そんなことの繰り返しは、もう嫌なの。逃げたい。
いいえ、頂上だけじゃなかったでしょ? もっともっと、あったはず。
それ以外に、あそこに何があるっていうの……! 私はもう、決めたの。
私は、帳の向こうの相手に背を向けて、遠くに逃げていった。
♪♪♪
パチリと、目を開いたら薄闇が落ちてきた。
「……変な、夢を見たなぁー、と…………」
暗い部屋の中に、沼の底に酷似した自分の声が響いた。
楓は、ベッドの中で重い溜め息を吐いた。起きていの一番に目に入ってきたのは、布団の上に散らばる落書きのような『雨のヨル』のジャケットのラフだった。
八つ当たりするように描き散らして、そのまま寝てしまったようだ。自分への言いも知れぬ情けなさが生まれる。五枚くらい描いたようだが、どれも児戯レベル。子供が描いたのだったら微笑ましく思えるが、大人が描いたと知ったら、心の病を疑ってしまう感じ。
おかしいな、そんなに疲れてたかな? 首の後ろを擦りながらラフを集める。目覚まし時計の時刻は六時を指している。この時間帯を逃すと暑くなって走るのがダルくなる。ボケた頭をリセットするためにも、ひとっ走りしておきたい。
「……でもめんど~い。今日くらい休んでも良いよね~、私」
堕落を好む私がそう説得してくるので、しょうがないなぁ、と提案に乗り、二度寝の旅路に出ることにした。バタンキューと布団にダイブする。
今度は夢を見なかった、と思う。
楓がもう一度目覚めた時には、時計の針は七時ちょっと過ぎ。そろそろ出る準備をしなければ。朝ごはんを食べて、シャワーを浴びて、着替えて、道具揃えて。
半起きの頭で順にこなして行く。ノロノロと。うだうだと。
頭が痛い。この脳みそに血が通っていく痛みは何なんだろう、ホント苛立たしい。
うなぁ~、と垂れた声を引きずって、楓は八時にアパートを出た。
♪♪♪
 




