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らぶらぶデート?

「貢、由宇、それに孔子ちゃんも、ご飯よー」


 一階から母が僕たちを呼んだ。どうやら、母が孔子ちゃんの分も昼飯を作ったらしい。僕が下に降りると、ほどなく由宇と孔子ちゃんも降りてきた。


「簡単なものだけど、よかったら食べて行ってね」


「おお、これはかたじけない。いただきます」


 孔子ちゃんが丁寧に頭を下げて、出されたチャーハンを美味しそうに食べ始めた。確かに、母の作るチャーハンは自家製チャーシューを利用しておりなかなか美味しいけど、こうまで嬉しそうに食べてくれると、こちらまで嬉しくなる。


「おかわり!」


 由宇が早々に平らげておかわりを要求した。


「孔子ちゃんもおかわり要る?」


 念のためだろう、母が尋ねた。由宇の大食いが女子中学生の標準だとは僕にも信じられない。ちなみに、僕のチャーハンは由宇たちよりも多目だったのでおかわりは必要なかった。


「いや、吾はこれで十分じゃ。美味しかったです。ご馳走さまでした」


 孔子ちゃんは再び深く頭を下げて礼を言った。


「そろそろお暇するとしよう。昼食までご馳走になってしまい、かたじけない。由宇殿、今日は楽しかった。また相手してくれ」


 二杯目のチャーハンを頬張る由宇にも軽く会釈を残して、孔子ちゃんが部屋を出た。僕は慌てて孔子ちゃんを追いかけた。

 

「ちょっと待ってよ、孔子ちゃん。まだ時間も早いし、良かったら僕と少し出掛けない?」


 これはどう見てもデートのお誘いだ。先日の、孔子ちゃんのお父さんとのやり取りからすれば、我ながら、なかなか勇気のある行為だ。


「むむ、どこに出掛けるのじゃ?」


 孔子ちゃんは、僕の葛藤に気付いた様子もなく問い返した。お父さんから、名指しで僕との外出を禁止されている可能性もあったけど、孔子ちゃんの反応からはそこまでの事態にはなっていないようだ。


「べつにどこでもいいんだけど、あんまり家にこもってたら、弘美さんも心配するしさ!」


 僕はなんとか孔子ちゃんをその気にさせようと弘美さんの名前を出してみた。孔子ちゃんが可愛い顔を少ししかめる。


「ふむ、それもそうじゃな。されば、付き合おう」


「そうこなくちゃ!」


 嬉しい反面、孔子ちゃんの弱味につけこんだという罪悪感は否めない。僕はなるべく考えないようにして、孔子ちゃんを伴って外に出た。


「とりあえず、駅前に行こうか」


「うむ、よかろう」


 僕たちの家から駅までは徒歩で20分ほどだ。普段は自転車を使うけど、散歩には悪くない。僕は引っ付きすぎず、離れすぎない距離感に苦労しながら、孔子ちゃんの横を歩いた。


「ふむ、こんなところに公園があったのじゃな」


「知らなかったんだ? 確かに目立たない公園だけどさ」


 僕たちの家から歩いて数分の所にあるこのこじんまりとした公園は、アパートの陰になっていて道路からは見えにくいけど、ブランコ、鉄棒、ジャングルジム、砂場と、最低限の遊具があり、僕も小さい頃はよくここで遊んだものだ。今でも近所の友達と『公園で』と言えばここを指すくらい身近な場所だ。


「うむ。越してきてすぐに引きこもりを始めたからな。知るわけもなかろう」


 孔子ちゃんが控え目な胸を反らしてどこか誇らしげに明言する。


「そんな誇らしげに言われても」


「うむ、まさに、『知らざるを知らずとなせ』、じゃろ」


「いや、僕が言いたかったのはこの公園を知らなかったことじゃなくて、引きこもりという原因の方なんだけどね……」


 孔子ちゃんは、涼しい顔で聞き流し、再び歩き始めた。僕と一緒に歩いていることについて、特に何も考えていないようで、時折、電柱やすれ違う人を避けようとして、僕とぶつかる。


「あ、すまぬ……」


 そう言って謝ってくれるものの別に悪いと思っているわけではなく、単なる反射のようだ。そう思うと、僕は自分だけどぎまぎしてしまっているのに腹が立ってきた。


「こうして歩いていると、デートみたいだね、孔子ちゃん」


 異性と歩いていることを意識させようと言ってみる。


「で、で、で、でぇとじゃと!?」


 今までどちらかと言えばクールだった孔子ちゃんが目に見えて狼狽した。効果はてき面だったようだ。


「そんなに照れなくてもいいよ。ただのラブラブデートなんだから」


 そんな孔子ちゃんが可愛くて、僕は調子にのって更に恥ずかしい言葉を使ってみた。


「な、な、な、なんと卑猥な! 吾は若いうちから不純異性交遊に耽るようなことはせぬ!賢を賢として色に代えるのじゃ!」


 この間話に出た、『君子に三戒あり』、もそうだったけど、当然というべきか、孔子の教えは色恋に厳しいのかも知れない。孔子ちゃんは露骨に僕から距離を置いて歩くようになってしまった。意識させるつもりが、とんだ逆効果だ。久しぶりに会って舞い上がってしまったようだ。


 そうこうするうちに、僕たちは駅前に着いた。僕たちの住むS県富貴市は、数年前の市町村統合の結果、市に組み込まれはしたものの、まぁ言ってみればひなびた田舎町だ。繁華街と呼ばれる駅前には一応、ファーストフード店やスーパーマーケット、カラオケやゲームセンターといった各種施設があるものの、規模は小さい。それでも、町中の人間が何かあるとここに来るわけだから、いつもそれなりには賑わっている。


「ここへ来るのも久方ぶりじゃな」


 たかが駅前なのに、どこか感慨深く孔子ちゃんが言う。


「そう言えば孔子ちゃんは、一月以上も家にこもって退屈しなかったの?」


「むむ? 今日日、街へ出ずとも欲しいものは何でもネットで買える。読むべき本もすべきゲームも数多くあると言うのに、どこに退屈する暇があると言うのじゃ? 暇潰し、などと簡単に言う輩もおるが、それを潰すなんてトンでもない、と言いたいわ」


「それはそうかも知れないけど、やっぱりほら、社会的動物としてだね、他の人との交流とか……」


「それすらも今や、SNS上での交流が主流になっておるじゃろう。すぐ側にいながらアプリを使って会話するものも珍しくないしな」


 孔子ちゃんの言葉からは、そうしたヴァーチャルなコミュニケーションへの否定的な感情は見られない。


「そういうのって、不自然じゃない?」


「むむ、貢殿は電話もメールも否定する派か?」


「少なくとも、すぐ近くにいるなら使わないかな」


「ある動画を、側にいる友人と共有したいときなど、メールを送るなりSNSを使う方が簡便でないか?」


「それは、必要性があるから普通だと思うけど」


「そう、それ。必要性があるなら、側にいる人間とSNSでコミュニケーションをとってなんら不自然ではない。逆に言えば、声を出して会話することが許され、且つそれが最も簡便な状況なら、わざわざ文字でのコミュニケーションを選ぶ人間はまれじゃろう。単純に面倒くさいからな。人は、基本的にわざわざ面倒な方法はとらぬものじゃ。その基本に則っているのであれば、状況と必要に応じて適宜コミュニケーションツールを使い分けても不自然だとは感じぬ」


 SNSについて、孔子ちゃんはなかなか柔軟な考えのようだ。言っていることはごくまっとうなことだけど、僕はつい反論したくなった。


「でも、そんな機械に頼ったようなコミュニケーションで本当の友情が育めるのかな?」


「別に、無理に友情を育む必要はないじゃろう。『子曰く、己に如かざる者を友とする勿れ』、じゃ」


 孔子ちゃんの言葉に、僕はぎょっとした。『百聞は一見に如かず』、から分かるように、『如かず』は劣っている、という程度の意味だ。


「何それ、孔子ってそんなこと言ってるの? 自分より劣る者を友とするな、なんて、いくら孔子でも傲慢に過ぎるんじゃない?」


「そうか? 孔子に限らず、友達はよく選べ、と言うのは割りとよく言われることじゃと思うが」


「それはそうかも知れないけど、自分より劣るかどうかを基準とするなんて……。でも、ちょっと待ってよ。なんかおかしくないかい?」


「何がじゃ?」


「自分に劣る者を友としてはいけないなら、自分より優れた人は自分を友にしちゃいけないじゃないか。同じくらいの人しか友達にできないよ」


「むむ、中には劣った者を友にしたがる優れた人もいるのではないか?」


 孔子ちゃんの言葉で頭に浮かんだのは、ぞろぞろ取り巻きを引き連れたお山の大将だった。


「そういう人を優れた人と言うのもなんか抵抗あるけど。じゃあ、同じくらいの人と友達になって、自分がレベルアップしたり、相手が落ちぶれたらどうするのさ?」


「その時はすっぱりと切るしかないな」


「なんて酷い……それが友達のすることか!?」


「うむ。生き馬の目を抜くようなこの現代社会、自分のためにならぬなら、かつての友と言えど容赦なく斬らねばならぬのじゃ」


「なんか殺伐としてるなぁ。ほんとに孔子がそんなこと言ってるの? みんなで仲良くしなくていいの?」


 孔子ちゃんの記憶力を疑っているわけではないけど、言葉は正確に覚えていても、しれっと解釈で我田引水するのが孔子ちゃんクオリティーだ。


「仲良くするのと友になるのは違うじゃろう。もっと言えば、仲良くするのと安易に同調してしまうのも違う。『子曰く、きみ子は和して同ぜず。小人は同じて和せず』」


 なかなか難しい。つまり、孔子の考えでは、人付き合いには三つの種類があるということか。友情、調和、迎合といったところだろう。孔子ちゃんの記憶が正しければ、要するに、君子は誰とでも調和できるけど迎合はせず、友達も選ぶ、ということだ。


「じゃ、じゃあさ……孔子ちゃんにとって僕は、なんなの?」


 僕はおそるおそる聞いてみた。友、という答えを、僕は期待しているのだろうか……。


「貢殿か? そうじゃな……『汝は器なり』」


 うつわ……入れ物のことだろうか、それとも、人物が大きい、という意味の器 だろうか?


「器? どんな器なのさ 」


「うむ。『瑚璉なり』」


「これん?」


「立派な器らしいぞ。吾も見たことはないが」


 良かった、悪くは思われていないようだ。まぁ、友達だとか、気になる異性だとか、好きな人だとか、ただのお隣さんとか、元家庭教師だとかそういうことが聞きたかった僕としては、肩すかしではあるんだけど。


「誉めてくれてありがと」


「いや、別に誉めてはおらぬぞ?」


 孔子ちゃんが淡々と言う。その表情に、照れ隠しの色はない。


「ど、どうして? 立派なんでしょ?」


「それはそうじゃが……。『子曰く、きみ子は器ならず』、じゃ」


 基本的な三段論法だ。君子は器じゃない。僕は器だ。つまり僕は君子じゃない。当たり前だ。僕が君子のはずがない。当然のことを指摘されただけなのに、僕は心臓を鷲掴みにされてしまったかのようなショックを受けた。まるで、孔子ちゃんに自分の全てを否定されてしまったかのようだった。


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