とある事実その1
時を少しさかのぼる。
宮野君からなかなかの衝撃発言が飛び出した後、私が何か言う前に予鈴が鳴ってしまって、仕方なく私たちはそれぞれの教室に戻った。だけどさっきの宮野君の発言の意味を図りかねて、もやもやと考えてしまう。そして、ずっと感じていた違和にようやく気付くのだった。
――仮に俺が何か書いたとしても、綾崎さんと合わせて二つ。
初めから彼には執筆するという選択肢がなかったのだ。
どうして? 書きたくない理由でもあるのだろうか。
私がそれを聞いたら、宮野君は教えてくれるだろうか。
何とはなしに、窓の外に目を向ける。朝は晴れていた空は黒と灰色が混じったような雲に覆われ、今にも降りそうだった。
「あーやさきさん」
「せ、先生……」
いつの間にか授業が終わっていたらしい。彩葉先生が私に声をかけてきた。
実のところ、先生とはちらちらと目が合っていた。その度に私は慌てて姿勢をピンと正して授業に集中しようとするのだが、どうにも気もそぞろで一時間を過ごしてしまった。
そのことで怒られるのかと思わず身構える。ところが、先生の口からは意外なセリフが飛び出した。
「つづるんから聞いたよ~。部誌、作ることにしたのね!」
「……つづるん?」
「あぁ、宮野綴。言ってなかったかしら? あの子はアタシの可愛い可愛い弟よ」
「え……えぇっ⁉」
一体ここ数日でどれくらい心臓は飛び跳ねたのだろうか。きっと私の心臓は今まで穏やかに脈を打っていた分余計に驚き、そして疲弊したに違いない。驚きの供給過多だ。
だけど、確かに。言われてみれば、二人は似ていなくもないかもしれない。
二人とももほんのりと青みがかった黒髪の、端正な顔立ちをしている。完璧な幅の二重瞼に女子の誰よりも負けない長さの睫毛が生えそろっている。瞬きをするたびに風が起こりそうだ。鼻筋はすっと通り、薄い唇が弧を描くたびに男女問わずハートを射抜いてしまいそうな、モデル顔負けの文句なしの美形。
宮野君はあんまり表情が顔に出ることはないのだけれど、先生は正反対にくるくるとよく顔が変わる。
もっとも、宮野君なんてほとんど話したことがないのだから、知らないことの方が多いのだけれど。
そっかぁ……この二人、姉弟だったんだ。それならば先日の宮野君の先生に対する気軽な態度にも納得がいく。
「つづるんもね、本当はただ指をくわえて廃部を見ているのは嫌だったと思うわ」
「宮野君が……ですか?」
「全く……いつまでも受け身でいるんだから。ねぇ、綾崎さん。君にちょっとお願いがあるんだ」
「お願い……」
「あなたに文芸部を存続させる意志があるのなら、あの子を説得してほしい。あの子に筆を持たせてほしい。そして、いつか……」
先生は最後まで言わなかった。私はその続きを想像することはできなかったが、今聞き返すべきではないことは容易に想像がついた。
「でも……私にできるでしょうか」
「もっと自分を信じなさい。あ、それでね。あの子からの伝言よ」
「伝言?」
「放課後、早速部員集めをするから、部室に集合ですって」
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