波紋を広げる
『いらっしゃい。シオリ、最近よく来てくれて嬉しい』
「うん。リリの顔みてると元気が出るから」
『……顔色、悪いわね。ちゃんと眠れてる?』
「ありがとう。大丈夫だよ」
『そう? 無理に話さなくてもいいけど、何かあったらいつでも聞くわ』
「……それじゃあ、聞いてくれる?」
『勿論。さぁ、シオリの好きなミルクティーをどうぞ』
「……美味しい。あのね――」
『――ふうん。なるほどね。事情はなんとなく分かったわ』
「だから私、どうしようかと思って……」
『あら、そんなのもう決まっているでしょう?』
「え?」
『もう分かってるはずよ。自分がどうしたいか。ならやることは決まっているでしょう?』
「でも……私なんかに」
『またそうやって。いつもそうね。シオリ、あなたの悪いところよ。どうしてやる前から諦めるの? どうしてできないって決めつけるの?』
――体を強く揺さぶられて、現実に引き戻された。まだリリの声が頭の中でガンガンと木霊する。ぼんやりとした頭で周りを見渡すと、怪訝な顔で私の様子をうかがう宮野君がいた。距離の近さに思わずのけぞる。
「綾崎さん、大丈夫?」
「え……?」
「なんか、気を失っているように見えたんだけど……」
「あ、えっと……うん。ちょっと眠ってたみたい」
「ならいいんだけど」
言うなら今しかないと思った。今ここで言わなければ、きっとこれからも私は逃げたままだ。
「あの……、宮野君」
「ん?」
「私……私、本当は……」
「え?」
うまく言葉がでてこない。喉のあたりで引っかかって、それを取ろうとしてイガイガとする変な感じ。宮野君にじっと見つめられて焦りで言葉は余計に喉の奥に方へ行ってしまう。
宮野君は何も言わずに待ってくれていた。
私は人に意見したり自分の考えを誰かに伝えることが極端に苦手だ。すぐに黙ってしまう。頭の中では色々と考えて、心の中ではおしゃべりなくせに、それを言葉にするとなると途端に機能しなくなる。
その中でも、どうにか居場所と呼べそうな場所が文芸部だったのだ。静かに、誰にも干渉されることなく自由な時間を大好きな本を読んで過ごすことができるあの場所が。
人が少ないのはかえって好都合だった。そのかわり何も成長はしていないけれど、私はその現状に甘んじていた。誰だって嫌なことに真正面から立ち向かうのは多少なりとも勇気がいるはずだ。
それでも。このままじゃいけない。リリにも言われたじゃないか。
つっかえながらも、どうにか言葉にしようと私は口を開く。
「……私、文芸部を……、なくしたくない」
独白のような私の声に、宮野君がわずかに表情を変化させる。
「……じゃあ、本気で部誌を作ろうってか」
「できるかわからないけど……。やりたい。ううん、やらなきゃって思うの」
波紋が。水面にひとしずくの水滴が波紋を広げる。ほんの、小さな一滴だけれど。ゆるやかに、ひそやかに。
「……」
宮野君は黙ったまま、何かを考えこんでいるようだった。
やがて、観念したように吐息を漏らす。
「……わかった。いいよ、手伝ってもいい」
「え……本当?」
宮野君が頷く。良かった。彼がいればツテもあるだろうし、心強い。
そう思ったのもつかの間、目の前の人物は衝撃的な言葉を発する。
「だけど、俺は小説、書かないから」
「――――……え?」
それは多分、ここ最近聞いた中では教頭の次くらいにはランクインするなかなかの爆弾発言であった。
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