それでもやはり
彩葉先生が高らかに宣言する。私は視線を下げてパソコンを見下ろした。
ここには先代までの先輩たちが残した部誌のバックナンバーが残っている。一番新しいのでも五年前のものだけど。一緒に残されている「合評会」の音声データは、よくは分からないがどうやら書いた作品を他の人にも読んでもらって、感想や矛盾点などを言い合うことらしい。どの先輩の作品もとても十代が書いたとは思えない、巧みなものばかりだった。
それを、私が引き継ぐだって? 冗談でしょう。そんなの、無理に決まってる。
「無理でしょ。普通に考えて。仮に俺が何か書いたとしても、綾崎さんと合わせて二つ。とても部誌とはいえないお粗末なものしかできない」
宮野君の言い草に、どこか違和感。なんだろう、と考える間もなく、彩葉先生が言い返したので注意がそれてしまった。
「それは大丈夫。文芸部員は他にもいるでしょ。その人たちに協力してもらえばいいじゃない。ていうかもう文芸部員じゃなくてもいいんじゃない? 友達とかに頼んでみたら」
「俺は友達が少ない」
宮野君と先生がそろって私を見る。
「……私も、です」
「まぁ、なんとかなるでしょ。じゃあ、後のことは任せたわよ。アタシは色々忙しいから、そんなにあんたたちに付き合ってあげる暇はないの。アデュー」
彩葉先生がひらりと片手を振って部室を後にした。
え、このなんとも気まずい空気の中に残していくんですか? なんと投げやりな。
「綾崎さん」
「ふぁいっ⁉」
……噛んだ。それはもう盛大に噛んだ。またも頬に熱が集まる。だって宮野君が唐突に話しかけるから……! けれど宮野君はそんな私にお構いなしに言葉を続けた。せめて笑ってほしい。真顔でスルーが実は一番こたえる。
「まずは君自身の意志を確かめないと、と思って」
「……意志?」
「そう。君は、部誌の製作に参加する気はある?」
即答はできなかった。だって私が小説なんて書けるわけない。書いたこともないのに。
宮野君は参加するのだろうか。
「俺は別に文芸部にそこまで執着しているわけでもないし、このまま廃部になったらそれは仕方がないことなのかなぁ、と思うんだけど」
「え……でもさっき、廃部になったら困るって……」
「あぁ、まぁね。ここは存外居心地がいい。なくなるのは少し惜しい」
でもそこまでじゃないんだ、と宮野君は続けた。確かに、宮野君は部室に顔を出しても大抵ソファに横になっていた。私は私で合評会のデータを聴いていたのでお互い干渉せずにいたのだけれど、そういえば宮野君はどうして文芸部になんか入ったんだろう。
ただ部活には興味がなくて、表向き部活に入っているようにみせたかっただけなら、何もわざわざ部室に来なくてもいいのだ。そういった、所謂幽霊部員はたくさんいるのだから。
「それで、綾崎さん。君はどうなの?」
どの答えが正解なのだろう。ここで私が文芸部を存続させたいと言えば、私の我が儘に付き合わせてしまうことになる。それは申し訳なかった。だけど。だけど。
「……私も、別にいいかな。教頭先生の言う通り、何もしてないもんね」
自分で言って心がチクリとする。何もしてない。本当にその通りだった。一貫校に通っていた私が、わざわざ受験してまでここに来たのに。結局何も変わっていないんだ。
「じゃあこのまま廃部を受け入れるということで」
宮野君が帰り支度を始める。私はただ黙ってそれを見ていた。このままでいいはずがない。そう分かっていながらも、動くことができなかった。
室内で独りになると、私は力なくいすに腰掛けた。そのまま鞄から文庫本を取り出し、ページを開く。目を閉じて、リリの姿を思い描いた。なんだか無性に彼女に会いたくなってしまったのだ。けれどその前に、自分以外の気配を感じて私は慌てて目を開けた。
「彩葉……先生?」
「あら、随分古い本ね?」
彩葉先生は私が持っていた文庫本をちらりと見て、一瞬目を丸くする。
「この本、ご存じなんですか」
「まあね。それ、好きなの?」
「はい、とても」
私が答えると、先生はすごく嬉しそうな顔をして笑う。先生もこの本好きなのかな。だったら色々話したいな。そうは思うけれども今その話をするのはとても場違いで、なおかつ私に世間話をするという高度なスキルは持っていない。だから黙ってしまう。
「ところで」
先生が話題を変えるように手をパンと叩いた。
「なぁに、あんた達結局部誌作らないの?」
「あ……ええと、はい……。先生、聞いていたんですか」
「ん。だってアタシが強引に話を進めてもあんた達にその気がなければ意味がないでしょう」
「……すみません、宮野君と話して、決めたんです」
「諦めるって?」
諦める。その言葉をわざと選んだかのように先生は少し強調して言葉を引き継いだ。
「……ごめんなさい……っ」
結局私はかばんを引っ掴むと逃げるように部室を出た。先生は何も言わなかった。だけど物言わぬ視線が背中を突き刺して私を責め立てる。そんな気がして、私は昇降口まで走った。一刻も早く、帰りたかった。リリに、会いたかった。話を聞いてもらいたかった。




