和解の宴
「うむ。これは美味い。なんという酒じゃ?」
「はっ。ニッポン酒ともうします。我が領内でとれる「コメ」という作物の種を発酵したものでございます」
かいがいしくお酌しながらロビンが答える。
「ふむ。わが国には葡萄から作った酒しかないからのう。それもなかなか生産が安定せずに、樽に放置しておいた実で腐りきらずに偶然に酒になったものしかないのじや。人間もなかなかやるのう」
顔を真っ赤にしたティラノは上機嫌になって褒めた。
それを聞いたロビンはさっそく商売になりそうなネタをつかむ。
(葡萄を腐らせたら酒ができるのか……よし。我が領でも研究してみよう。『発酵魔法』で腐り加減をコントロールできるからな)
そんなロビンの内心も知らず、亜人国一行は宴を楽しんでいる。
「これ、美味しい。なんていう果物なの!」
「それはツッパリメロンという果物だよ。何世代も掛けて食べられるように品種改良したんだ」
ロビンは今度はアリスの元にいって、長いヘタとサングラスみたいな目がついている丸い玉のような果物を切り分ける。アリスは甘い果物にメロメロだった。
「旨い」
「なんだろ。手が止まらない。見た目はこんなに不気味なモンスターなのに」
彼らを護衛している黒服オークたちも、クモのようなモンスターをゆでた料理を夢中になってつついている。
「それは陸上カニというモンスターをゆでたものです。足も美味しいですが、胴体のミソを酒と一緒に飲むと、昇天するほどのおいしさですよ」
ロビンが説明すると、オークたちは実際に試してみる。誰もがとろける様な笑顔を浮かべた。
(よしよし、うまくいっているぞ。相手の心をつかむには、まず胃袋からだからな)
接待しながら、ロビンはひそかにほくそ笑む。なにせ相手は今まで領地を接していながら交流がなかった国家の王である。貿易できるようになれば最高の太客になることは間違いない。
「ティラノ陛下、我が領土の物産を気に入っていただけて、ありがとうございます。そうだ。これから定期的に献上させていただきましょう」
ロビンがそういうと、ティラノは不思議そうな顔をした。
「なぜじゃ?ワシらはお前たちの主君ではないが?」
「陛下が治める亜人国が安定しているからこそ、国境にある我が領も心安らかにすごしておられます。遅ればせながら、そのお礼をしたいと思います」
ロビンは畏まってそう告げた後、ティラノの耳元でささやいた。
「……それに、万一人間国と亜人国が戦うような時代が来た後、真っ先に蹂躙されるのは我がフード領でございます。なにとぞその際にはお目こぼしを……」
「ふっ」
それを聞いたティラノは、思わず吹き出した。
「気に入ったぞ。ロビンとかいったな。中々身の程をわきまえておるではないか。愚かな人間にしては謙虚じゃな。よいよい。結局はそれが貴様の身を守るじゃろう。よかろう。貢納を認めよう」
「それでは……?」
ティラノはニヤリと笑って告げる。
「ああ。貴様たちの先祖の罪を許し、「竜王のしるし」を授けよう」
ティラノはポケットから金色のウロコの首飾りを取り出し、何か文字を掘り込むとロビンに渡す。
(やった!)
ロビンは心の中でガッツポーズをとる。亜人国の王に貢納を続ければ、いずれ返礼の品として彼らが持つ貴重な品々を下賜されるだろう。
つまり、貢納と返礼という形で密貿易ができるのだった。
「さすがは竜王陛下。今後ともよろしくおねがいいたします」
こうしてロビンは、竜王とのコネをつくる。
しかし、その姿を薄笑いを浮かべながらみつめているメイドがいたことに気がついていなかった。
次の日、中庭に山のような品物が積み上げられる。
「取り急ぎ、食材を中心に揃えました。当方で馬車を用意して、亜人国までお運びいたします」
「必要ない。ワシが持って帰る」
ティラノはそういうと、姿を変えていく。
あっという間に金色の鱗をした巨大なドラゴンが現れた。
「ひっ!ひえっ!」
見ていた父のカルディアが腰が抜けたようにへたり込む。ロビンもびびってちびりそうになっていたが、なんとか我慢して立っていた。
「それじゃあねー。おいしかったよ。また遊びにくるからね。これはお礼」
アリスはロビンに近づき、そっとホッペにキスした。
「姫さま、人間などに『竜の祝福』を授けるとは」
「いいじゃない。もう私たちは友達なんだし」
そういいながら、アリスはティラノの背中に乗る。
オークたちが献上物をドラゴンの背中に積み込んだ。
「それではの。貴様らに免じて、先祖の罪は許してやろう」
ティラノは一声咆哮を上げると、空に飛び去っていく。
ようやく彼らがいなくなると、カルディアは安心してほっと息を吐いた。
「やれやれ、どうなるものかと生きた心地がしなかったぞ」
「私もですよ」
態度には表さなかったが、ロビンの膝も震えていた。
ドラゴンになったティラノの魔力は圧倒的だった。逆らえばこの領ごと吹き飛ばされるのは間違いない。
「だが、いいのだろうか。これから亜人国に貢納することになってしまったが……王家が何かいってくるかもしれん」
不安がるカルディアだったが、ロビンはそっちの方は心配してなかった。
「大丈夫ですよ。ここは辺境の地。こんなところまで王家がせめてくることはないでしょう。そのうち国に交渉して、陸路での亜人国との交易が開始できるようにしましょう」
ロビンは安心させるように言う。
「それじゃアコリル。この「竜王のしるし」を宝物室に保管しておいてくれ」
「かしこまりました。お坊ちゃま」
アコリルはすました顔でしるしを受け取る。
亜人国との交渉を成功させて浮かれている彼は、より身近に敵意を持つものが存在することに気づいていなかった。