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使者

王都

ここしばらく戦乱が続いていたので、ビクトリア地方との交易は絶えていた。

そのせいでビクトリア領からの食料も行き渡らなくなったが、国民が飢えることはなかった。

なぜなら、ピーチ領から供給されている「肥薬」のおかげで、王都周辺や他の地方の農作物生産が大幅に上がったからである。

「ビクトリア地方にいけなくても、何とかなるもんだな」

「これを機会に、食料の仕入先を変えるか」

商人たちは比較的王都に近い地域から食料を仕入れ、王都に今までと代わらない値段で卸し、輸送料を安く上げる。

周辺地域の貴族たちは自分たちが作る農作物が売れて潤い、自領に安い値段で「肥薬」を売ってくれるスイート宰相に感謝し彼に忠誠を誓う。

必然的にブリストル王子とその婚約者ピーチの評判も上がっていき、王国は表面上は平穏に治まっていた。

「ビクトリア領なんて田舎、もう必要ないんじゃないか?」

「そうだな。戦争だの何だので騒がしいし。噂じゃビクトリア領のビーミンガムにアンデットが出て、住民たちがいなくなったそうだぞ」

「本当か?なら、ビクトリア領に行っても意味ないな」

こうして商人たちもビクトリア地方に足を踏み入れなくなる。王国は経済的にもビクトリア領を切り捨てたような状態になっていた。

しかし、だからといって行政的には切り捨てていいものではない。

廷臣を集めた会議で、ブリリアント王はビクトリア地方の現状を問いかけた。

「代官エルウィン殿は前宰相様のご子息にふさわしく、立派にビクトリア地方を治めていらっしゃいます。徴税も滞りなく納められてております」

宰相スイート伯爵は平然と答えるが、王は疑いをもっていた。

「そうかな?もともとワシは年若いエルウィンに代官という重責を任せるのは望ましくなかった」

王は憮然と答える。スイートはビクトリア領討伐の褒章としてビクトリア地方の領有を望んだのだったが、スイートの領地が増大することを嫌った王が頑なに反対したのである。次善の策として、父親を失ったエルウィンをスイートの傀儡としてバーミンガムに送り込んだのだったが、元々無理な人事だったのだ。

「父上、エルウィンは頭がよく、性格もいい自慢の友人です。彼なら立派にバーミンガムの代官職を務めてくれるでしょう」

ブリストル王子が能天気なことを言うが、ブリリアント王に叱られる。

「黙れ!貴様には聞いておらぬ」

内心で国事に私的な感情を優先させるブリストル王子に失望しながら、王は続ける。

「じゃから、エルウィンを補佐する役人たちに、毎月直接ワシ宛に報告書を提出するように命じておったのじゃが、今月分が届いておらん」

「そ、それは、少し遅れているのかもしれません」

そんなことは初めて聞いたスイートが、何とかごまかそうとするが、王は首を振って勅令を下す。

「ウィルヘム儀仗兵団長!卿に命じる。兵団を率いて、バーミンガムを勅使と共に視察せよ」

「……御意」

勅使の護衛は儀仗兵団の仕事である。きらびやかに飾った兵士たちが勅使を護衛することで、王の権威を示すのだ。

そんな役目は不本意だったが、少しでも手柄を上げて出世コースにもどるため、ウィルヘムはしぶしぶこの任務を受け入れた。


王都

白馬にのった煌びやかな騎士たちがパレードしている。

「儀仗兵団、出陣!」

兵団長のウィルヘムが命令すると、騎士たちは整然と行進した。

「きれい……」

「我が国の誇る儀仗兵団だよ。上級貴族の子息しか入れないんだ」

あっとりと見つめる幼い娘に、父親が優しく説明している。儀仗兵団はその見栄えの良さから、王国内で絶大な人気を誇っていた。

しかし、整然と行進していたのも王都を出るまでである。王都を出て民衆の視線がなくなると、たちまち緊張を解き始めた。

「面倒くせえなぁ。地方の巡察かよ」

「この平和な時代に何の危険があるっていうんだよ。使者だけではだめなのか?」

互いに雑談を交わし、隊列を崩して中の良いもの同士で固まる。彼らは騎士とはいえ貴族のお坊ちゃんなので、本格的な軍事訓練などは受けたことがなく、ひたすら王国軍の見栄えを飾る役目を果たしていた。

「貴様たち!たるんでいるぞ!しゃんとしろ!」

兵団長のウィルヘムが怒鳴りつけるが、彼らは恐れ入らない。

「へっ。下賎な団長様がなんかいっているぜ!」

「前の大将軍が生きていたころなら、あんたにも権威はあったんだろうけど、今じゃただの一軍人に過ぎないってことをわきまえていろよ」

「お前なんか父上に言えば、すぐに首にできるんだからな」

このように反抗してきて、まともに統制が取れない。ウィルヘムが今まで部下にしてきた、暴力と地位を笠に来て従わせることができない彼らに、ほとほと手を焼いていた。

それでもウィルヘムたちは勅使を守って、バーミンガムまでたどり着く。

しかし、バーミンガムの城壁門はぴったりと閉じられていて、一歩も中に入れなかった。

「開門せよ。我々はブルージュ王国の勅使である!」

正使を負かされている中年の伯爵が声を張りあげると、しばらくしてから門が開かれる。

中から出てきたのは、堂々とした体躯の騎士だった。

「バーミンガム城代のジョン将軍だ。ブルージュ王国の使者か?」

ジョンと名乗った男は、憎悪をこめた目で使者を睨んだ。

「無礼者!我は勅使である。我が前に跪け!」

正使の伯爵がしかりつけるも、ジョンは恐れ入らなかった。

「ふん。何を勘違いしておるのだ。ここはフード公国所属のビクトリア地方領都、バーミンガムだ。たかがブルージュ国の使い走りなどに下げる頭は持たぬ」

ジョンは使者の口上を一蹴した。

「な、なんだと!」

「どけ!」

動揺する正使を押しのけて、ウィルヘムが前に出てくる。

ジョンとウィルヘムは、互いに睨みあった。

「貴様は……たしかビクトリア家の将軍だったな」

「そういう貴様は、フリードリヒ様を殺した仇敵」

お互いに憎悪のこもった声を掛け合う。

「売国奴の下郎よ。なぜ貴様が城代に?エルウィンはどうした?」

「あの小僧なら、犯した罪業にふさわしい最後を遂げたわ。投獄され、飢えのあまりネズミの死体まで貪って死ぬほどにな」

ジョンがあざ笑うと、ウィルヘムの顔が憤怒に染まった。

「我が友の仇!この手で成敗してくれる」

激昂して『凶剣ウルフファング』を抜こうとするが、いつの間にか大勢の兵士たちに取り囲まれていた。

周りを見渡したウィルヘムは、その中に耳の尖った人間が混じっているのに気づく。

彼らは今にも魔法を放とうとするかのように杖を掲げていた。

「き、貴様たちは?」

「我々エルフ族は、我が亜人国から、フード国への友好の証として、しばらくバーミンガムに滞在しているのだ」

取り囲んでいる兵士が二手に分かれると、城のほうから耳の尖った美青年がやってきた。

「ブルージュ国の使者とやら。よくぞこのバーミンガムにこられた。私は亜人国ティラノ陛下の使者、ロッシュ。エルフ族の長の孫である」

美青年はウィルヘムに向かって堂々と宣言した。

「あ、亜人国の使者だと。貴様たちはやはり、寝返っていたのだな」

「笑止!先に我がビクトリア領を追放し、攻めたてたのは王国。いまさら反逆者呼ばわりとは片腹痛いわ」

ウィルヘムとジョンは互いに一歩も引かない。しかし、正使と儀仗兵たちは亜人国の使者と聞いて真っ青な顔をしていた。

「ここで争ったら、人間国と亜人国の戦争になる……」

「お、俺たちは敵に囲まれている。どうしたらいいんだ……」

味方が意気消沈するのを感じ取り、ウィルヘムは舌打ちする。

「この惰弱者めが……」

「さて。挨拶はもうよろしいか?話し合いをしないつもりなら、尻尾を巻いて帰ってもらおう。それとも皆殺しがお望みかな?」

ロッシュが手を振りかざすと、エルフたちは一斉に杖を掲げて魔法の発射態勢をとった。

「ま、待ってくれ。何がどうなっているのかわからぬ。とりあえず陛下にご報告して指示を仰ごうと思う。話し合いがしたい」

正使が慌てて訴えかけてくるので、ロッシュも譲歩した。

「いいだろう。使者殿の入城を拒否する。そこの血の気の多い男と着飾った兵隊たちは、バーミンガムから出て外で待機せよ」

ロッシュの命令により、ウィルヘムと儀仗兵たちは追い出された。


バーミンガム城内

豪華な応接室で、ロッシュと正使が向かい合う。

「改めて名乗ろう。ロッシュだ。亜人国のエルフ族の長で、ティラノ陛下の忠実なる臣下。そしてこのフード公国の王、ロビンの友である」

「ブルージュ国勅使、エドワード宮中伯でございます」

互いに名乗りあい、話し合いが始まる。

「バーミンガムの城代はジョンという者であるはず。なぜ亜人国の使者であるあなたが口をだすのですかな?」

エドワードが切り込むと、ロッシュは口元を吊り上げた。

「それがわからぬほど、勅使殿は愚かではあるまい。建前と実際は違うということだ」

「……亜人国は人間国への侵攻を考えておるということか」

エドワードはうなり声を上げる。

「勘違いするな。あくまで貴国と敵対しているのはフード公国だ。それも貴国の愚かな王が濡れ衣を着せてフード領とビスマルク領を陥れたからだ」

「……では……」

エドワードのつぶやきに、ロッシュはうなずく。

「フード公王ロビンは、たしかにティラノ陛下に貢納はした。しかし、それは礼を尽くしただけであり、亜人国に寝返りなど考えてもいなかった。それを責め立て、愚かにも追放したのは貴国だ。ならば亜人国が王国から独立したフード公国と友誼を結び、その後ろ盾を努めても非難される筋合いはなかろう」

ロッシュは更に、バーミンガム代官エルウィンが元スラムの住人を使って周辺の村を襲わせたせいで、住民から反逆されたという調査報告書をエドワードに渡した。

「これをブリリアント王に報告するがよい。貴国はビクトリア領を統治する能力も正当性もない。よって亜人国の庇護を受けているフード公国が治めるとな」

「なんとか、ビクトリア領とフード領を返還していただくようにティラノ陛下におとりなしをしてはいただけませんでしょうか?」

「断る。それを決めるのはフード公王、ロビンだ」

ロッシュはそういって、使者の願いを却下した。

エドワードはしばらく考えた末、言葉を紡ぎだす。

「亜人国が、そのフード公国とやらの庇護をやめていただければ、現在高い関税を掛けている亜人国との海上貿易についても、多少の譲歩をするように王に進言しますが」

エドワードの譲歩案を、ロッシュは鼻で笑った。

「何をいうかと思えば。われ等が必要なのは主に食料だ。ブルージュ国の食料庫ともいわれるビクトリア地方を手に入れたフード公国と良好な関係を築ければ、無理に高い関税を掛けられている人間国と貿易をする必要もなくなってくる。海上貿易はこれから少しずつ廃れていくであろうな」

「なんですと!」

相手から指摘され、エドワードはそのことに気づいて驚愕した。

(これはまずいぞ。単にフード領とビクトリア領を失うだけではおさまわず、亜人国との貿易まで縮小するとなれば、わが王国は大打撃をうけるだろう)

人間国は亜人国との貿易で、莫大な利益を得ている。それがなくなれば、一気に国内の反感を買うだろう。

「……わ、わかりました。これはわれ等が手に余ります。陛下に事情を説明して。指示を仰がないと……」

「そうするがよい。次にフード公王ロビン陛下がバーミンガムに来られるのは一ヵ月後だ。勅使殿が望むなら、我ら亜人国は仲介の労をとろう」

ロッシュはニヤリと笑って恩を着せてくるのだった。


城壁門を出たエドワードは、護衛である儀仗兵団長のウェルヘムに申し渡す。

「卿はバーミンガム城壁外で待機せよ。私は最低限の護衛だけを伴って、早馬で王都に戻る」

「しかし……」

不満そうなウェルニアを、エドワードは一喝して黙らせる。

「卿は言われたことにしたがっておればよいのだ!これは国事に関することである。未熟な小僧ごときが勝手に動けば、状況が悪くなるだけじゃ。我が国は魔人国と亜人国に囲まれておる。フード領のみならず亜人国まで参戦してくるとなれば、最悪魔人国まで敵に回るかもしれぬ」

エドワードはそういい捨てると、馬に乗って王都に戻っていく。

未熟な小僧といわれたウィルヘムは、屈辱に震えていた。

(今にみておれ。口先だけの宮廷雀め。俺が手柄を立てれは、奴らのような文官を掣肘できる。こうなったら儀仗兵だけで、バーミンガムを落としてやる)

ウィルヘムは暗い目で、自分が持つ伝説の武器「狂剣ウルフファング」を見つめた。


バーミンガム

城代ジョンとロッシュは、これからのことを協議していた。

「さて……王国はどう出る?ビクトリア領を放棄して、フード公国と和解……とはいかないのだろうな」

「当然です。ビクトリア家をだまし討ちにした王国に鉄槌を下さねば」

ロッシュの言葉に、ジョンはそう気勢を上げた。

「だが、また王国軍を動かすのはさすがに無理であろう。先の戦いで王国軍は大将軍と宰相を死なせた上に大損害をこうむった。その上われわれ亜人国が後ろ盾を努めるフード公国と再戦ということになれば、下手をすると王国の命脈を掛けた大戦争になる」

ロッシュの冷静な判断にジョンは首肯するが、同時に別に意見を言った。

「王はそう判断するかもしれません。ですが、臣下がそれに従うとは限りません」

「どういうことだ?」

その疑問に、ジョンは自分の予想を語った。

「もともと、この戦いの原因は、ブリストル王子とその一派が私利私欲でフード家とビクトリア家に濡れ衣を着せたことにあります。そのせいで王国はビクトリア領とフード領を失ってしまいました。今更その濡れ衣を晴らして和解しようとすれば、何人かの首が飛んでしまうでしょう。王子ブリストルはともかく、その婚約者ピーチ、現宰相スイート伯爵、ウィルヘム儀仗兵団長あたりは処分を免れません。ですから、全力で和解を阻止しようとするでしょう」

「ふむ……では、どうなる?」

ロッシュの問いに、ジョンは自分の考えを述べた。

「自分たちの行った悪業を隠すためには、さらなる手柄をあげるしかありません。このバーミンガムを、自分たちの手で奪還しようとするでしょう」

「だが、城壁外にいる儀仗兵団はもともと儀礼を扱う団。その構成員は貴族の師弟で、実際の戦闘力は乏しい」

「どんな弱兵でも大幅にパワーアップさせることができる伝説の武器があります。ウィルヘムが持っている「狂剣ウルフファングです」

ジョンはブルージュ王国に伝わる、勇者に従った戦士が使っていた伝説の剣の能力について語る。

それを聞いたロッシュの顔に不安が浮かんだ。

「それでは、この城も危ないのではないか?」

「ご心配なく。わが主ロビン様の命令により、その対策は万全でございます。この町には周辺の村を再建するためにフード公国から持ってきた、アレが大量にストックされています。城壁内にてやつらを待ち伏せにしましょう。フリードリヒ様の仇は、絶対に私が取らせていただきます」

ジョンの顔には、旧主君を殺したウィルヘムへの憎悪が表れていた。



新作 照明師兄妹の成り上がり~光魔法は役立たずと言われて追放されましたが、逃げ出した先で前世の記憶を持つ天才公女と出会い、二代目勇者とよばれるようになりました。。今更かえってこいと言われても無理です








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今後とも活動を続けて生きたいので、応援お願いします








あらすじ








北の国グローリーの宮廷魔術師ライトは、勇者が残した『光のオーブ』の管理者だったが、役立たずの高給取りとして追放されてしまう。南の国セントバーナードに逃げた彼は、そこで日本の前世記憶を持つ少女と出会い、彼女と協力して国を豊かにしていく。そのころ、北の国では、ライトを追放したことで滅亡の危機に瀕していた。

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[一言] 男主人公の話を探していてたどり着きました。 争うのが嫌い、でも色々と考えて戦って勝利を少しでも勝ち取ろうとすする主人公。 続きが気になり、あっという間に最後まで読んでしまいました。
[気になる点] 誤字報告です。 今までと代わらない値段 → …変わらない… 亜人国が後ろ盾を努める → …務める
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