ネズミ襲来
バーミンガム
城壁の上から監視していた兵士は、異様な風体をした人間たちが近づいてきたのを発見した。
「とまれ!」
警告しても無視される。彼らは何かが入った大きな籠を大量に運んでいた。
「な、なんだあいつらは……?」
「あ、うれはアンデットです!」
視力のいい見張り兵画叫び声をあげると、兵士たちは騒然とする。少し前にアンデットに襲われた姓で、住民たちのほとんどがいなくなったので当然だった。
「門を閉めろ!」
アンデットたちが侵入しないように、城壁門を占めて閉じこもる。
門にたどり着いたアンデットたちは、籠をおろして中身をぶちまけた。
その途端、何百何千もの小さな影が散っていく。その影は城壁の壁や下水などを伝わって、あっという間に進入していった。
「なんだあれは……?」
「ねずみ?」
兵士の一人が小さな影のひとつを捕まえて確認する。茶色いネズミが、フーッと牙をむき出して威嚇してきた。
「なんでこんなものをばら撒いたんだ?」
「大方、さあ。城に入れないからって嫌がらせかもな」
「まさか。アンデットだぞ。そんな知能があるわけない」
兵士たちは口々に言いながら、ネズミを殺して回る。
しかし、あまりにも数が多かったので、ほとんどのネズミをとり逃してしまった。
逃げ散ったネズミは、あっという間に物陰に隠れてみつからなくなってしまう。
「まあ、いいか。たかがネズミだしな」
ネズミを追うことに疲れてしまい、兵士たちは放置する。
しかし、逃げたネズミは一気に町に広がっていった。
とある酒場
「マスター。飯をくれ」
「先に金を払いな!」
バーミンガムの酒場では、日々そんなやり取りが繰り広げられている。
いくら元スラムの住人とはいえ、誰もが働かないわけではない。
住人の中でも目端の利くものは、いち早く酒場などの商店を押さえて勝手に営業していた。
こうしていれば、そのうち落ち着いてまともな市民たちが戻ってきた時に、商店主として何食わぬ顔で堅気に戻れるからである。
そんな比較的真面目に働く店主だったが、いきなり店が騒がしくなって顔をしかめる。
「おい!この店じゃネズミでスープの出汁をとるのか!」
「言いがかりをつけるんじゃねえ。いくらお前らに出すスープだからって……」
抗議する店主だが、怒り狂った客が差し出したスープの器を見て驚く。中にはネズミの死体が入っていた。
「そ、そんなバカな!」
あわてて厨房に戻ってみると、いつの間にか大量の茶色いネズミが走り回っており、勝手に店の食材を食い漁っている。
「くそっ!出て行け!ここは俺の店だ!」
たちまち店主とネズミの戦いが繰り広げられる画、多勢に無勢ですべて食い尽くされてしまった。
厨房を征服したネズミたちは、客席まで押し寄せて客たちが食べているご飯にかじりつく。
「なんだこの店は!」
「こんな所にいられるか!」
怒って店を出た客たちが聞いたものは、他の店から上がった日悲鳴だった。
「ネズミだ!」
「店の食料が食われた!」
悲鳴が上がった店からは、一回り大きくなったネズミたちが大量に這い出してくる。
「何だ!いったい何が起こっているんだ!」
元スラムの住人たちが占拠している商業地は、ネズミの襲来により大パニックになるのだった。
同じことは、城の食料庫でも起こっていた。
「さて、今日のメニューを決めるか」
そうつぶやきながら、食料庫をあけた料理人は、無数の不気味に光る目に睨み付けられる。
いつの間にか大量のネズミが入り込んでいた。
「な、なんだお前ら!しっしっ!」
料理人が包丁を振り回して威嚇するが、茶色いネズミたちは反応せず、ひたすら食料庫にある食べ物にかじりついている。
あっという間に城の食料のほとんどは食い尽くされてしまった。
「ど、どうすればいいんだ……」
料理人が頭を抱えている間に、ネズミたちは逃げていく。
後には呆然とした料理人のみが残されるのだった。
ジーミンガム城
「食料が足りない……だって?」
料理人から聞いた城代エルウィンは、間抜けな顔で聞き返す。
「はい。茶色いネズミが大発生して、城の食糧庫の一部が食い尽くされてしまいました」
料理人は疲れきった顔で報告する
「監督不行き届きだな。お前はクビだ」
エルウィンは冷たく言い捨てると、配下の役人に命令する。
「城の食糧が足りなくなったなら、騎士に命令して町に保管している食料を城に運び入れさせろ」
エルウィンの命令に忠実に従った騎士たちが見たものは、殺気だった元スラムの住人たちだった。
「ちくしょう!食べ物を食われちまった!」
「この!くそネズミめ!」
住人たちは総出でネズミたちを殺して回っているが、食べられた食糧が戻ってくるわけではない。
ネズミたちを殺し飽きた住人たちは、城から出てきた騎士に迫った。
「おい。騎士様。俺たちに飯をくれよ」
「あんたらが王都から俺たちを連れてきたんだろう?なら責任をとってもらわねえとな」
威嚇しながら、要求してくる。
食糧を集めるどころか、逆に要求されて、騎士たちは互いに顔を見合わせた。
「し、城にも余分な食糧はない。むしろ、余った食糧があれば、供出してもらいたい」
「ああん?ふざけるな!そんなのあるわけねえだろうが!」
住民は町の食糧倉庫を開いてみる。その中はネズミの死体や糞だらけで、一粒の麦も残っていなかった。
「そ、そんな、これじゃ……」
困る騎士たちを、住人はさらに責め立てる
「おい!城代のエルウィン様はなんとかしてくれるんだろうな。もし見捨てるなら、俺たちにも考えがあるぜ」
住人たちはネズミの血にまみれた棍棒を振りかざして要求してくる。いくら騎士たちが訓練を受けた戦士だといっても、多勢に無勢である。彼らに対抗できるわけがなかった。
「わ。わかった。エルウィン様に相談しよう」
食糧を取り立てるどころか、逆に残り少ない城の食糧供出を約束されて、騎士たちは城に戻るのだった。
「なんだって?町にももう食糧はないって?」
報告を聞いたエルウィンは真っ青な顔になる。
「はい。逆に食糧を供出してくれと要求されました。さもなければ、暴動が起きるかもしれません」
「くそ!こんなことなら奴らを連れてくるんじゃなかった。景気がいいから移住希望者はあんな奴らしかいなかったとはいえ
……役立たずどもめ!」
エルウィンは口汚く住民を罵るも、現状改善には結びつかない。
「こうなったら、城門を閉ざせ!奴らが何をわめこうが相手にせず、城に篭り続けるんだ!そのうち、アンデットたちはどこかに行くだろう。スラムの住人たちは……どうでもいいな」
エルウィンはアンデットに襲われた時と同じ決断をしてしまう。「敵に取り囲まれた時は慌てずに篭城し、状況の変化を待つ」というマニュアルに従った行動だが、前回とまったく状況が違うことに気づいていなかった。