バーミンガム動乱
民たちの家が完成して、落ち着き始めた頃にロッシュに連絡して、フード領と知り引きしたいという亜人の商人たちを集める。
「お前たちに売りたいのは、この倉庫にある品物だ」
商人たちは人間が作り出した品々を見て、歓声を上げた。
゜このナイフは切れそうだ。ドワーフがつくる品より上質だ」
「斬新なデザインの服ね。尻尾の穴をあければ、猫族や犬族にも売れそう」
そんな彼らを見て、ロビンは告げる。
「新しい町作りが一段落したら、これらの品々の生産を開始する。ただし、我が領と取引をするには、ある条件を呑んでもらう必要がある」
「条件とは?」
トカゲの顔をした亜竜族の商人が首をかしげる。
「我が領の商人ギルドに属している者たちを、使用人として亜人国に連れていき、コネと経験を積ませろ。彼らには亜人国の各地を視察してもらって、何が必要とされるのか見定めてもらいたい」
ロビンの提案を受けた商人たちは苦笑した。
「変わった領主様ですな。普通は下々の者のことなど無視されるのに」
「当然だ。職人や農民は生産者として目に見える物を産み出す。しかし商人は右から左に流して利益を得る者なので、人との縁・コネを紡がないと存在価値がない。今このフード領においては役立たずだ。彼らを甘やかす気はないのでな」
ロビンは悪人面でニヤリと笑う。
翌日、亜人の商人による大規模な使用人の募集が行われ、バーミンガムから避難してきた民の中で手に職の無い者たちが引き取られることになるのだった。
「お父さん。せっかく再会できたのに、行っちゃうの?」
幼い娘が父親にすがり付いて涙を流している。
「ごめんな。俺はきっと商人として再起してみせる。それまで、母さんといい子に待っているんだぞ」
父親は娘を抱き上げて諭していた。
そんな光景があちこちで繰り広げられ、兵士長ジョンは憤慨する。
「ロビン殿は厳しすぎるのではないか?せっかくここで家族一緒に暮らせると思っていた民を引き裂くような真似をして……」
「そんなことはありませんよ」
澄んだ声で話しかける。ジョンが振り向くと、マリアンヌが静かに笑っていた。
「お嬢様……」
「ロビン様はあえて厳しい王になろうとしているのです。将来この国で皆が笑って暮らせるようにするために」
そう聞かされても、ジョンは納得できない。
「ですが、バーミンガムの都市から運んできた物品は、最低限の物を残してすべて亜人の商人たちに売り払われました。その金はすべてロビン殿の懐に入り、民は貧困にあえいでおります。これでは、あのルイージよりも……」
なおも訴えかけようとするジョンに、マリアンヌはある公文書を見せた。
「それは?」
「ロビン様の命令です。亜人の商人から支払われた金は、すべて私が管理して、私の権限において民の為に使うようにと」
財政面を一手に仕切っているマリアンヌは、微笑みながら告げた。
「一年後、彼らが戻ってきたら、慰労金としてそれなりの額を出資する予定です。また、このお金で職人たちが必要としている道具を買い揃えましょう」
マリアンヌは予算案を見せる。それは王国軍から奪った財宝、バーミンガムから持ってきた物品代金など詳細に記入され、支出予定もすべて書き込まれていた。
その中にはロビン個人の懐に入る金など全くない。
「最初からすべて民の為に使う気だったのか。だったらなぜあのような言い方を……」
「本当の彼は優しい人なのです。ただ平穏に田畑を耕し穏やかに暮らしていれば満足だったはず。ですが、公王という多くの人の運命が双肩にかかる立場になってしまいました。だから必死に弱い面をみせまいとなさっています」
幼いころからずっと近くで見ていた姉のようなマリアンヌは、ロビンが無理をしていることをわかっていた。
「彼の父、カルディアおじ様もお優しい方でした。ですが、そのせいで心ない貴族の悪意に気づかず、讒言を受けて忠誠を誓っていたはずの王に処刑されてしまいました。ロビン様は優しいだけでは民を守れないとお父上から学ばれたのです」
マリアンヌは悲しそうな顔になる。彼女の父のビクトリア辺境伯も一緒に殺されたのだから当然だった。
「ジョン、ロビン様に協力して、このフード公国を守ってください」
「わかりました。非才なるこの身ですがすべての忠誠をささげさせていただきます」
ジョンはマリアンヌの前に跪いて誓うのだった。
ビクトリア戦役からしばらく過ぎ、ブルージュ王国は一応の平穏を保っていた。
この間、新たに宰相となったスイート伯爵は、意外なことに王国民からの評判はすこぶる良かった。
「スイート領から発売された『肥薬』は、『肥料』と比べて臭くない」
「作物の出来も上々だし、何より安い!」
魔国から輸入された『肥薬』は、スイート領から比較的安価で販売され、あっという間に人間国中に広がっていく。
スイート伯爵は莫大な富と共に名声も得るのだった。
「よし、この勢いでビクトリア地方の辺境伯の地位を!」
何もかもうまくいっている彼は、ビクトリア地方の新たな辺境伯として認められるように貴族たちの間で根回しをする
しかし、貴族たちを動かすのにはもっと大金がかかる。その為にバーミンガムに不当な重税を掛けて資金を捻出しようしたのだが、ある時期を境に税が王都に届かなくなってきた。
「何が起こっているのだ。説明しろ!」
バーミンガムの代官職をしているエルウィンに対して、激しい調子の詰問状が届く。
それを読んだエルウィンは、頭を抱えて困り果てていた。
「どうすればいいんだ……税金を取り立てて王都に送ろうにも、そもそも税をしはらう民がいない」
ほとんどの民が逃げ出すかアンデットになって出て行ったので、バーミンガムは人がほとんどいない廃墟も同然だった。
困り果てたエルウィンは、配下の役人に相談する。
「スイート宰相閣下から命令された税を徴収するには、どうすればいいだろうか」
「そうですな……残っている民は王都民とはいえ元はスラムの住人。彼らから税を徴収しようにも、もともと何の技術も持たず生産活動をしていない役立たずですからな」
彼ら王都のスラムの住人を引き入れたのは、もともとは潜在的に彼らの支配に不満をもつバーミンガムの市民たちを押さえ込んで支配するためだった。
しかし、その市民がいなくなった今となっては役立たずである。むしろ政府が彼らの生活の面倒を見ないと、暴動を起こす可能性もあった。
「都市から税が取れない以上は、ビクトリア領内の各村から金銭を絞り上げるしかありませんが、王国の兵士にやらせると、一気に不信感を持たれて統治できなくなります」
「うむむ……」
八方塞の状況に、エルウィンは困り果てる
その時、一人の役人が手を上げた。
「なら、役立たずのスラム民たちにさせればよろしいかと」
その提案を聞いたエルウィンは、さすがに渋い顔になった。
「だが、うまく彼らを従わせられるだろうか?」
「心配いりません。王都のスラム街はすでに大分取り壊されていて、奴らの居場所はバーミンガムにしかありません。まあ、村人との戦いで相当数が犠牲になるでしょうが」
その役人はそういった後に、狡猾な笑みを浮かべた。
「もともと我々は、このビクトリア地方に愛着があるわけでもございません。重税を課せと命令したのはスイート宰相様。われらは忠実にそれに従うまででございます。後は陛下に宰相の失政を訴えて、王都に戻りましょう」
それを聞いてエルウィンは決断する。
「よし。王都からやってきたスラムの者どもを追い出せ。バーミンガムに住みたいなら金を持ってきてもらおう」
こうしてバーミンガムに居座っていた元のスラム民が追い出されるのだった。
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