厳しい領主
避難民たちが川沿いの空き地に移ったあと、ロビンと彼に操られるアンデット集団がフンボルトの町に到着する。アンデットたちは全員大荷物を抱えていた。
「ご苦労。バーミンガムの町からもってきた荷物は全部領主の館の倉庫にいれろ。それから呪いが解けて人間に戻るまで、館の中で待機」
「グルル……」
アンデットたちはロビンの命令に忠実にしたがい、抱えていた家具や日用品から貴重品にいたるまで丁寧に倉庫に収納していった。
「ロビン殿、うまくいきましたな。最初聞いたときはどうなるかと思っておりましたが、結果的に民は誰も傷つくことなく、また財産を失うこともなく脱出できました」
倉庫に積み上げられた品々を見て、ジョンは喜ぶ。
「後はこれらの財産を民に返して……」
「これらの財産はフード家が没収して、亜人国の商人に引き渡す」
その言葉に驚いて振り返ったジョンが見たものは、悪そうな笑みを浮かべたロビンだった。
「い、今なんとおっしゃられた?民の財産を没収ですと?」
「そうさ。ここにある品々は一度は捨てて逃げ出したものだ。なくなったも同然だろう?亜人国にとっては珍しい品々だから、高く売れるだろう」
欲深そうな顔でいうロビンに対して、ジョンは怒りを募らせた。
「それが目的だったのか!恥知らずめ!」
「恥など知るか。それでは聞くが、避難民をどうやって食わせる気だ?我がフード領は豊かな地とはいえ、バーミンガムから来た避難民を養えるほどの食べ物はないぞ。奴らを食わせるには、亜人国から食料を輸入しなければならない。当然その代金がいる。お前たちにそれが払えるのか?」
「……それは……」
世知辛い現実をつきつけられ、ジョンは言葉に詰まる。
しかし、別な角度からロビンを責めてきた。
「……だ、だが、ほとんどの財産を没収されてしまったバーミンガムの民は、どうやって生きていけばいいのですか!」
「働けばいいだけさ。お前たちには思うところもあるだろうが、避難民たちを客人扱いするつもりはない。彼らには死ぬほど働いて、自分の力で生活を再建してもらおう」
それを聞いてジョンはため息をつく。
「なんということだ……こんなことなら、たとえ重税を課せられようともバーミンガムにいた方がよかったのではないか?」
「それはどうかな?ジワジワと税金を絞り上げられ、身動きが取れなくなるよりは、何もかも捨てて新天地で一からやり直した方がいいこともある」
ロビンは自信を持って宣言する。
「まあ、任せておけ。民が不満を持つ暇もないくらい働かせてやるから」
ロビンはそういって笑った。
数日後
避難民たちのテントに、大勢の人間がやってくる。
「お父さんが帰ってきた!」
「息子!無事だったのか!よかった!」
アンデッドになって一度は諦めた家族たちが戻ってきて、避難民たちは歓声を上げる。
そんな彼らの前で、ロビンは声を張り上げた。
「アンデッドとなった者たちは元に戻った。しかし、バーミンガム町の領主代行ルイージは城壁門を閉ざして立てこもっているので入れない。だからつれてきたのだ」
言葉を切って、人々を見渡す。
家族と再会して喜んでいる人々だったが、家に帰れないと聞いて暗い顔になる。
「お前たちには選択肢がある。ここに留まって新たな町作りに協力するか、ここを出て王都なりスイーツ領なり行くかだ。どちらでも好きな道を選ぶがいい」
顔を見合わせて困惑する民たちに、ロビンはさらに告げた。
「ここに留まる者の衣食住は保障しよう。大したものは提供できないがな。これが私のできる精一杯だ。だが、土地は無料で分配する。どんな貧民でも奴隷でも、ここに残れば一市民としての権利を認めよう」
奴隷や貧民たちからは歓声が上がった。
「俺たちはここに残ります!」
「どうせ王都に言ってもホームレスだ。馬鹿にされて迫害されるだだ。でもここならみんな同じだ。いや、土地を持てる分だけ以前よりましかも」
それを見て、ロビンは続いて元富裕層に呼びかける。
「ギルドの職人や商人も、すべての資産をなくしただろう。だが、お前たちにはまだ職人の腕や商人の才覚が残っている。ここに新しい町を作るので、仕事は山ほどあるぞ。再び再起すると言う意味では、既得勢力がはこびる王都やほかの土地よりやりやすいだろうな」
それを聞いて、ギルドマスターたちも覚悟をきめた。
「わかりました。私たちもあなたに忠誠を誓い、街づくりに協力します」
それを聞いて、ロビンは会心の笑みを浮かべた。
川沿いに作られた「シャーウッドの町」の建設は順調に進んでいった。
最初は地面にロープを張って各家庭ごとに区分けをしてテントを張るという所からはじめたが、人間とは逆境にこそ強い生物である。
ただ不満を漏らしていても生活は改善されないとわかると、精力的に働き始める。
各家庭で協力して森の木を切り倒し、皆で同じような丸太小屋をつくり、自分たちができることに取り組む。
食べ物は領主から供出されるが、それらもいつまで続くか分からない。彼らは働いて自分たちの生活を確立しなければならなかった。
自分が住む小屋ができると、職人たちはそれぞれの分野で物を生産し始める。それらはロビンが一括して買い取っていた。
「ありがとうございます。ご領主さま」
「恩に思うなら、早く生産設備を整えろ。今年の租税は免除だが、来年になったらちゃんと税を納めてもらうぞ」
感謝してくる民に対して、厳しい顔でハッパをかけるロビンだった。
最初は懐疑的だったジョンも、民たちが不満も持たずに精力的に働き始めたのを見て感心する
「民たちがこんなに働き者だとは思いませんでした。低賃金でも文句も言わずに働くとは」
「バーミンガムが税金が高いからって、民がなかなか逃げ出そうとしなかったのは、今までためた「財産」があったからさ。今回それをすべて奪われたわけだから、民は死に物狂いで働くようになるだろう」
ロビンの言うとおり、人々は生活を立て直すために必死に生産活動に取り組んでいた。
しかし、中には何もできない自分たちを不甲斐なく思っている者たちもいる。
避難民の中で商人ギルドに属している者たちから相談を受けた。
「来年から税とおっしゃられても、我々はどうすればよいのでしょうか?商人は商行為で金を稼ぎ、税を払う者。元手が無ければ何もできません。また、今更王都やスイート領に商売に行くわけにもまいりませんし、フード領でも商売規模が小さすぎて、実質自給自足のようなものですし」
たしかに今の段階では、彼らの言うことももっともである。
フード領の経済圏は、老人が多いフンボルトの町と建設途中のシャーウッドの町のみ。シャーウッドの町に関しては、現段階においては効率を重視して諸品の売買はすべてロビンを通してやっていた。
痩せた商人ギルドの長は、延々と元商人の窮状を訴える。
商人は職人や農民ではないので、ある程度社会が成熟して商行為が活発にならないと仕事が生まれない。このままだと何の技術も持たない貧民に落ちるしかなかった。
「わかった。なんとかしよう」
ロビンは将来のことを考えて次の手を打つのだった。