民の逃走
「グルル……」
茶色の肌に白目をむいたアンデットたちが町をうろついている。彼らは人間を食べたりせず、また動き遅いが、厄介なのは全身から瘴気を発散していることだった。
。その瘴気をすった人間もまたアンデットと化してしまうので、まともに戦うことすらできない。
町はあっという間にアンデットに占拠されていった。
「怖い……誰か助けてくれ!」
「領主は何をしているんだ!」
人々はアンデットに恐れをなして城に逃げ込もうとするが、エルウィンは自分の子飼いである兵士や王都から来た民以外は城にいれようとしなかった。
絶望した民は、町の外に逃げるために城壁門に殺到する。
しかし、城壁門も固く閉ざされていた。
「もうバーミンガムを捨てて脱出するしかない!」
「早く城壁門を開けろ!このままじゃお前たちも危ないんだぞ」
殺気立った民衆に詰め寄られ、門を守る兵士は押し切られてしまう。
「わ、わかった」
兵士たちが城壁門を開けたとたん、避難民たちはバーミンガムから逃げ出していった。
「……これで助かった……」
アンデットたちが追ってこないことを確認してほっとした避難民たちに、ジョンたち元ビクトリア家の騎士たちがやってきて、水と食料を配りながら告げる。
「フード領の領主、ロビン様はお前たちを受け入れてくださる。このまま山蛇の道に行くがいい」
それを聞いた民たちは、感謝の声を上げながらフード領に向かった。
そのころ、バーミンガム領主代行エルウィンは、城の門を固く閉じて奥の部屋に隠れていた。
「誰か、なんとかしろ!」
兵士たちにアンデットを排除するように命令するが、討伐にいった兵士たちは瘴気を吹き込まれてアンデットになってしまうので手の打ちようがなかった。
そうしている間に、城の外を監視していた兵士から報告が入る。
「城壁門が開いたそうです。民たちはみんな逃げだしています」
「何?」
仰天して城のテラスに出たエルウィンが見たものは、逃げていく避難民の群れだった。
「も、門を閉めるように伝えろ!伝令兵をだせ!やつらを逃がすな!税金が取れなくなる!」
「不可能です!城はアンデットたちに囲まれていて、城門を開けると同時になだれ込んできます!」
兵士の言うとおり、いつの間にかアンデットたちは民を追うのをやめて城を取り囲んでいた。
「ぐぬぬ……なぜだ!なんでこんなことに!」
城内にエルウィンの悲鳴が響き渡るのだった。
ほとんどの民が逃げ出して、がらんとした町に一人の鎌を掲げた少年が現れる。ロビンである。
「うまくいったな。『腐り鎌』には呪われた生物を操る力もある。さすがは魔王の鎌だ。これでしばらくは奴らは城から出てこれないだろう」
ロビンは自分の命令に従って城を取り囲んだアンデットたちを満足そうに見た。
「さて……どうしようか?このまま一気に攻め立てて、バーミンガムを占領しようか」
一瞬そんな欲に取り付かれそうになったが、首を振って考えなおす。
「いや。バーミンガムまで奪還されたら、王国は面子にかけてでも取り返そうと大軍を派遣するだろう。そうしたら敵も味方も多くの人間が死ぬ」
以前の戦いは、狭くて地の利がある領地を生かしてゲリラ戦を行ったから王国軍を撃退できたのである。今のロビンたちの戦力ではバーミンガムを奪取しても維持できなかった。
「今回の所はこれでひきあげるか。でもこのまま帰るのは惜しいなな……そうだ!」
嫌がらせ兼実利になりそうなことを思いつく。
それから数日間、夜の間にひそかに実行するのだった。
フード領 フンボルトの町
バーミンガムの町を追い出された避難民たちは、騎士に誘導されて無事にたどり着いていた。
しかし、ほとんどの民は着の身着のままで逃げ出していたので、これからの生活について不安を抱えている。
「俺たちはこれからどうなるんだ?」
「フード領は食べ物は豊富だと聞くが、所詮辺境の田舎町。俺たちが住む家とか服とか、ちゃんと用意してくれるんだろうか?」
住民たちは互いにヒソヒソとささやき交わす。そんな彼らの前に、も銀色の髪をした美少女が立った。
「バーミンガムの民たちよ。ようこそこられました。フード家はあなた方を歓迎いたします」
彼らを宥めた銀髪の少女は、元ビクトリア家の長女マリアンヌだった。
「おお、お嬢様!」
『そういえば、お嬢様はフード家に嫁がれたと聞いた。これで安心じゃ」
不安に駆られたいた彼らは、元の主人の令嬢を見てほっとした顔を浮かべた。
「我が夫、ロビン様は現在アンデットと化した同胞を救うため手を尽くされています。きっとあなた方の家族とも再会できるでしょう。それまで、所属ギルドごとに私たちが用意した避難場所で生活してください」
バーミンガムの避難民たちは、マリアンヌの指揮にしたがって、『商業』『木工』『鍛冶』『繊維』『建設』の各ギルドの長を中心とする集団にわかれて、フンボルトから亜人国方面に流れるシャーウッド川沿いの空き地にテントを張るのだった。