エルフ来訪
代官となったエルウィンは、もちろん領主としての経験もない未熟な少年である。
なので、彼には王国から海千山千の経験を積んだ下級官僚たちが補佐として派遣されていたが、彼らにとってみれば王都から左遷されたも同然である。
「仕方ない。バカなお坊ちゃんを神輿として飾っておいて、実際の政務はすべて我々が取り扱い、私腹を肥やそう」
そんな彼らにとっては、スイートから来た増税の命令はまさにチャンスだった。
「ここは少し前まで反逆者の支配地だった町。市民たちが反抗しないように、厳しく統治する必要がある」
官僚たちの命令で詳細な人口調査が行われ、人頭税として一人頭一万マリスの税金が課せられることになった。
「お前の家族は祖父。祖母、世帯主、妻、子供三人の七人だから、毎月七万マリスを払ってもらうぞ」
「そんな!働けるものはワシだけです。ただでさえ生活するのにギリギリなのに、どうやって食べていけば……」
中年男が必死に訴えるも、兵士は冷たく笑う。
「払えなければ子供を売ればいいだろうが」
「てめえ!」
怒ってつかみかかる男を、兵士たちは突き飛ばす。
「暴行罪だな。10万マリスを払ってもらおう。払えなければ家も家具も差し押さえだ!」
非情な兵士により、家族ごと住居を追い出されて路頭に迷うものが続出する。
このような例だけではなく、入城税・人頭税・食品購入税・通行税・水利税・居住税など、ありとあらゆる名目で税金が取られる。
この増税は特に社会を下支えしていた貧民層から中間層を直撃し、数数え切れないものが財産を奪われ奴隷に落とされた。
そして空いた家には、王都から移住してきた貧民が入り込む。
「へっへっへ。ただでこんな家をもらっていいんですかい?」
「ああ。しばらくは税も払わなくてよい。その代わり、ビクトリア領の支配に協力しろ」
「がってんでい」
王都でまともな生活をしてなかったスラムのゴロツキやチンピラたちがバーミンガムに入り込み、重税にあえぐ市民たちをさらに苦しめる。
「俺たちは王都の民だ。お前たちのご主人様だ。逆らうものは奴隷に落とすぞ」
彼らは代金も払わず店で飲み食いをし、勝手に品物を持っていく。そのせいでどんどん治安が悪化していった。
しかし、苦しむ民の声は領主代行エルウィンには届かない。彼は領主代行として贅沢な生活を送ることに溺れ、官僚たちの行いには無関心だった。
「ふふふ。やはり民とは絞れば絞るほど金を出すものだ」
絞りあげた税金と、奴隷として売り飛ばした子供の代金で役人たちは私服を肥やしていく。
彼は着実に墓穴を掘っていることに気づいていなかった。
フード公国
王国軍を撃退し、領民もフンボルトの町に戻って日常生活を始めた。
静かな生活が始まるはずだったが、すぐにその平穏は破られる。
「ロビン!おじい様から言われた人をつれてきたよ!」
金色の小型ドラゴンのアリスがやってくる。彼女の背にはいろいろな種族の亜人の若者たちが乗っていた。
その中からロビンと同じ年頃の美少年が進み出る。
「エルフ族の長の孫、ロッシュだ」
「フード公国の公王ロビンだ。よろしく」
ロビンは手を差し出すが、ロッシュはその手を払いのける。
「勘違いするな。俺たちはお前たち人間を監視するために来たんだ。馴れ合うつもりはない」
「ロッシュ。なんでそんなことを言うのよ。お爺様には協力しろっていわれているでしょ!」
「フンッ」
ロッシュはふてくされてそっぽを向く。
「何で俺がこんな所にこないといけないんだ。人間に協力しろだなんて」
「別に帰ってもいいよ」
そういって冷たい眼をするアリスに、ロッシュは慌てる。
「ま、待てよ。別に帰るとはいってないだろ」
「はいはい。喧嘩はそこまで」
ロビンはパンパンと手を叩いて、ロッシュに告げる。
「別に人間を好きになれっていうわけじゃないさ。異種族の相互理解には時間がかかる。とりあえず、協力してほしい」
「……わかったよ」
ロッシュはしぶしぶと頷くのだった。