バーミンガムの災難
「知ってのとおり、100年前に行われた勇者召喚で、人間の生息域は大きく広げられた」
ティラノは忌々しそうな顔になる。
「勇者とその仲間が死んだ後にも、彼らが伝えた知識は残り、人間たちを発展させておる」
その言葉にロビンもうなずく。肥料をはじめとする異世界から伝わった知識は、人間国の文明を大きく向上させた。
勇者亡き後も人間国が魔国や亜人国に対して優位をたもっているのも、その文明の恩恵が大きい。
「ワシ等亜人国も、人間の文明の優位を受け入れて学ばなければならぬと思っておる。その任をフード公国に任せる」
ティラノはニヤリと笑って、「竜王のしるし」を渡す。そこには「人間国からの略奪を認める」と書かれていた。
「これは私掠許可証じゃ。人間国から必要な物資、技術、人員なんでも奪うがいい。少々の不都合は我らが後ろ盾になろう」
「謹んでお受けいたします」
「手始めに、まずフード公国に一から亜人と人間が共存できる町を作れ。資金は援助してやる。そこで人間の文明を学んで、亜人国に広めようと思う」
ロビンはうやうやしく「竜王のしるし」を受け取るのだった。
後世、「ビクトリア戦役」と呼ばれることになった戦いの後。
スイート伯爵は満足そうに宰相の執務室に座っていた。
「ふふふ……結局は私が一番利益を得たな。解毒ポーション代は痛かったが。思惑通り娘を王子の正式な婚約者にすることができたし、宰相の地位も得た」
スイート伯爵は満足の息をもらす。
潜在的な政敵になりかねなかった元宰相と大将軍は戦死。その息子たちは生き残っているが、王子の取り巻きとはいえ所詮は子供。彼らがブリストル王子と共に政治の中枢にかかわるには、あと20年はかかるだろう。その間にスイートは自分の影響力を増すつもりだった。
「ワシの娘は王子の婚約者だ。将来の王の義理の父として、ブルージュ国の実権を握ってやる」
スイートは自らの野望をかなえるため、さっそく政策を打ち出す。
「今年度から占領地の税は無条件に三割増すように」
この無茶な政策に、王都の官僚たちは慌てて反対した。
「閣下、ただでさえ占領の際に兵士に略奪を許したことで、バーミンガムの市民たちからは憎まれております。ここは逆に税を軽くして、民たちを懐柔すべきでは?」
官僚たちの提案は最もだったが、スイートは首を振る。
「解毒ポーションを買い占めたことで、かなりの財貨を使ってしまった。いまさら王子に請求はできぬ。その金を補填する必要があるのだ」
「で、ですが税金三割増しとなると、払えなくなる者が続出するでしょう」
官僚たちの言葉に、子爵は冷たく笑う。
「そのような者は、犯罪者として奴隷に落とせ。売り飛ばせばいくらかの金になるであろう」
「ですが……」
なおも反対する官僚たちに、スイートは怒鳴り上げる。
「これは反乱防止の意味もあるのだ。反逆者ビクトリアの支配下にいた者たちは、いつ我らに牙を剝くかわからぬ。徹底的に絞り上げるのだ」
「そんなことをしたら、バーミンガムから民がいなくなってしまいます」
その懸念に、スイートは笑って答えた。
「ならば、王都のスラムから民を移住させればよい。彼らも新しい土地を手に入れることができて喜ぶだろう。この命令を徹底させるように、新しくバーミンガムの代官となったエルウィンに伝えよ」
徹底的にエゴイストに振舞うスイートの命令は、バーミンガムに派遣された官僚たちに伝えられるのだった。
(くくく……もし住民が反乱を起こしても、その責任をエルウィンの小僧に押し付けることができる。金をしぼりあげ、潜在的な敵を芽が出る前につぶす。ワシの策略にぬかりはない)
自画自賛するスイートにより、ビクトリア領都バーミンガムは更なる災難に襲われてしまうのだった。