撤退
「ロビン様。奴らの本体が撤退してきました」
道を監視していたジョンから報告が入る。
「どんな様子だ?」
「奴らは着の身着のままで、疲れた様子で馬に乗っています。死に物狂いでフード領から逃げだそうとしています。追撃しましょう」
それを聞いて、ロビンは考えこむ。
「……いいだろう。だけど、絶対に前に立ちふさがってはいけない。やつらは死の物狂いで反撃してくるからね。むしろ、後ろから襲い掛かってやろう」
ロビンの指揮により、フード領から逃げてきた王国軍の本体が通り過ぎるのを待って、その最後尾に攻撃を仕掛ける。
「攻撃だぁ!」
「奴らがきたぞ!」
後ろから毒の矢が飛んできたので、兵士たちは我先にと逃げ出す。
「どけ!」
「何をする!うわぁぁ!」
後ろから大勢の馬にのった兵士がやってきたので、当然前が詰まって大混乱になり、多くの兵士が馬ごと崖に落ちていく。
「な、何をするか!秩序を保て!」
恐慌に駆られた兵士たちがどんどん押し寄せてくるので、中央にいた王子とその取り巻きのいる部隊も立ち往生してしまった。
「早く行け!後ろから来た敵に追いつかれてしまう」
白馬に乗ったブリストル王子は、震えながら命令した。
「で、ですがここは細い山道。先行部隊が道をふさいでいますので……」
隣にいたエルウィンが必死になだめるも、王子は耳を傾けなかった。
「……放て」
「えっ?」
「矢を放って前の部隊を追い散らせ!」
ブリストルは血走った目で命令する。
「……ですが、彼らは味方です」
「味方なら、なぜ私の進路をふさぐんだ!いいから矢を放て!奴らをどかさないと、僕たちが死んでしまう」
どんどん迫ってくる敵の脅威に、ついにウィルヘムも決断する。
「やむを得ぬ。やれ!」
前を走っていた部隊は、いきなり味方から矢を射掛けられて驚愕した。
「何をする!俺たちは味方だぞ!」
「王子のご命令だ!道を譲れ!」
「ふざけんな!」
道を譲れといわれても、一方は山肌でもう一方は深い崖である。
「いいからどけ!」
先行部隊は、ウィルヘム率いる精鋭部隊によって打ちとられたり、崖に突き落とされて壊滅する。
同時に後方部隊もロビンたちに一方的に壊滅させられ、かろうじて道を切り開いた中央部隊のみかバーミンガムに帰還を果たす。
こうして、フード領侵攻作戦は失敗したのだった。
ビクトリア領バーミンガム
ボロボロになった王国軍が戻ってくる。領主代行をしていたスイート子爵は、卑屈な笑みを浮かべて王子を迎えた。
「このたびの戦勝、まことにおめでたく……」
「それは皮肉か。この有様を見て、よく言えたもんだな!」
ブリストル王子は不機嫌そうにスイート子爵をにらむ。
「まあまあ、お父様に悪気があったわけではありませんわ。実際、王子はフード領を征服してフード家を追い払われたのでしょう。ではたら勝利されたということですわ」
スイート子爵の隣にいた娘のピーチがそういって慰めた。そしてその侍女をしているアコリルが甲斐甲斐しく王子の世話をする。
「お食事とお風呂の準備ができております。まずは戦場の泥を落とされてから、お嬢様とごゆっくりお休みになられてはいかかでしょう」
そういわれて、王子も機嫌を直す。
「ピーチ、君も一緒にお風呂に入ろう」
「嫌ですわ王子様。父の前で……キャッ。はずかしい」
そういいながらピーチは王子の手をとって出て行く。
それを見送ったスイート子爵は、王子の傍に控えていたエルウィンとウィルヘムに聞く。
「宰相様と大将軍様は?」
「……名誉の戦死を遂げられた」
二人は悔しそうな顔で事実を告げた。
それを聞いてスイート子爵は胸の中で笑う。
(くくく……邪魔な二人が死んだのか。めでたい。これで王子を操る大人はワシ一人になった)
そう思った子爵は、悲しそうな顔を作って二人に告げる。
「陛下には私からお伝えしよう。彼らは国のために殉じた忠義の士であったと。君たちのこと決して無碍には扱わないようにお願いする」
それを聞いて、ウィルヘムとエルウィンはほっとする。王国軍の大半が戦死するという大損害を出した責任を取らされるのではないかと不安だったのである。
「スイート子爵にお願いします」
そういって頭を下げる二人に、子爵はさらに問いかけた。
「それで、反逆者ロビンとマリアンヌの二人は?フンボルトの町は占領できたのか?」
「……取り逃がしました。そしてフンボルトの町はのろわれた土地です。多くの兵士が病気となったので放棄しました」
それを聞いてスイート子爵は失望する。
「ならば、肥料の技術は手に入らなかったということか」
スイート子爵がフード領を手に入れようとしたのは、ブルージュ王国を豊かにしている肥料の技術を手に入れ、王国内の経済を支配することだった。その目的が失敗したと聞いて、ため息をつく。
「わかった。君たちは休め」
スイート子爵はそういって、自分の館に向かった。