味方殺し
「帰りたい……」
「俺たちを見捨てないでくれ……」
動けなくなっている兵士たちはかなりの割合にのぼり、元気な兵士たちも感染を恐れて近寄らない。
王国軍が壊滅の危機にあるのに、総大将であるブリストル王子はテントに引きこもって何も手を打てずにいた。
「あともう少しで、ウィルヘムが解毒ポーションを持ってくる。そうれば……」
そこまで考えて愕然とする。
「ポーションが届いて、兵士たちが元気になっても、これからどうすればいいんだ。兵士たちは二度とシャーウッドの森に入ろうとしないだろう。僕だって入りたくないし」
そう考えたら、王子は一刻も早くこの土地から去りたくなった。
「もともとフード領という最辺境の土地なんて、どうでもいいんだ。ビクトリア領さえ抑えておけば、奴らが王都に攻めてくることはないし。ウィルヘムが戻ってきたら、さっさと帰ろう」
そう思っていると、報告が入った。
「大将軍代行ウィルヘム閣下が戻られました」
「帰ってきたか!」
ほっとしてテントを出た王子が見たものは、あちこちに火傷を負ってボロボロになったウィルヘムたちだった。
「申し訳ありません。道の途中でフード軍に襲われ、解毒ポーションを破壊されてしまいました」
王子の前で膝をついて謝罪するウィルヘムに対して、王子は激昂して剣を抜く。
「この役立たずめ!たかがロビンのごとき田舎者にしてやられるとは!全部お前のせいだ!」
怒りのあまり斬り捨てようとする王子を、エルウィンが慌ててとめる。
「今ウィルヘムを殺したら、軍の統制ができなくなります。どうか怒りを収めてください」
「ふんっ!」
王子は剣を鞘にしまうと、思い切りウィルヘムを蹴り上げる。
「とにかく、王都に帰るぞ。こんな所にいるのはもう嫌だ」
駄々っ子のように帰る帰るとわめきだしたので、エルウィンは必死に宥める。
「帰るとおっしゃられましても、病気の兵士たちが大勢います。彼らをつれて王都に戻るとなると……」
「足手まといの病人どもは殺せ!一時間以内に出発するぞ」
王子はそう命令すると、自分のテントに戻っていく。
「どうする?」
「王子の命令ならいたし方あるまい。それに、確かに足手まといになる。放置したとしても、フード軍の手に落ちて寝返りでもされると将来の禍根になりかねない。ここは思い切って切り捨てよう」
二人の命令により、元気な兵士たちは戦友を殺していく。
「や、やめろ……!」
「すまない。命令なんだ。遺族には勇敢に戦って死んでいったと伝えておく」
フンボルトは味方に殺される兵士たちの怨嗟の声で溢れた。
それらが済むと、軍隊が再編される。
「将軍代理、戦利品はいかがいたしましょうか?」
ビクトリア領で手に入れた金銀財宝は、王国軍と共にフード領まで持ち込まれていた。その量は馬車数台分に上る。
しかし、ウィルヘムは首を振ってあきらめた。
「やむをえぬ。今から敵が待ち構えている細い山道を下ることになる。どうせ持っていっても襲撃の的になるだけだ。かえって混乱の元になる」
前回の苦い経験から、今は財宝より命だと割り切る。
「残った兵士は全員馬に乗れ。途中で攻撃を受けても相手にせず、ただひたすらバーミンガムを目指して走り抜けるのだ」
「おう!」
王国軍の兵士は決死の覚悟を決めて、「山蛇の道」を下るのだった。