フード領
フード領はブルージュ国の国境近くにある山に囲まれた狭い盆地である。
交通は不便だが、中心のシャーウッド湖は豊かな水量を誇り。あたり一帯には豊かな穀倉地帯が広がっていた。
「お帰りなさい、お坊ちゃま」
にっこりと笑って彼を迎えたのは、メイドのアコリルである。青色の髪をした美少女で、両親を無くして孤児になったところを、ロビンに救われてフード家に雇われることになった経歴を持つ。
「ただいま。疲れたよ」
ロビンは婚約破棄を報告するために、実家に帰っていた。
「はっはっは。とんだ災難だったな」
報告を聞いたロビンの父、カルディア・フードは大きな口をあけて大笑いしている。
その前で、ロビンは憮然としていた。
「笑い事じゃないですよ。いくら王子と親しくなったからって、俺を捨てて婚約破棄だなんて」
プンスカと怒るロビンに向かって、カルディアはまあまあと宥めた。
「仕方あるまい。若い娘にとっては、この田舎は退屈なのであろう」
カルディアは表情を改め、息子に説教をした。
「勇者が魔王を倒して100年。世界は平和そのものだ。だから、うちみたいな農業主体の家は蔑ろにされる。それはある意味豊かになった証拠として、いい時代が続いているということでもあるのだが……」
カルディアは一度言葉を切って、王都の方向を見つめる。
「いつまでもそんな時代が続くとは限らない。魔王が復活したり、竜王が暴れたりしたら、たちまち食料難となる。というわけで、我々は畑仕事に精を出すぞ」
カルディアはロビンにそう言い聞かせ、領内を見回る仕事に連れ出した。
カルディアとロビンは、連れ立って領都フンボルトから少し離れた農村地帯に赴く。その後をアコリルが忠実についてきていた。
「殿様!若様!ご機嫌うるわしゅう!」
「取れたてのフタマタダイコンがありますぞ!食べていかれては?」
領民たちからはそんな声があがる。
カルディアは機嫌よくかれらに挨拶しているが、ロビンはあることに気がついた。
「父上、領民の中に、やけにご老人が多くなったと思いますが」
「うむ。それがな……最近景気がいいので、若者の中に土地を捨てて王都エジンバラに行く者が増えているのだ」
カルディアは心持ち寂しそうな顔をしていった。
「そんな!」
「仕方あるまい。我がフード領はまぎれもなく田舎だ。食うに困らぬとはいえ、刺激がない生活はつまらないのだろう」
その言葉には、時代の流れとして諦める気持ちが表れていた。
「最近は肥料のおかげで少ない土地でも多くの収穫が見込めるようになったからな。田舎の土地を捨て、王都の周辺に移住する農家が増えておる。」
「なら、肥料を売る価格をあげてはいかかでしょう。そうすれば貧窮している我が家も持ち直します」
ロビンはおそるおそる提案する。肥料とは田や畑に巻く薬のことで、フード領でしか生産できないものだった。
フード家が民の為に他領にも安く売り続けた結果、食料過剰が続き、農業が主体のフード家が貧窮するという事態に陥っている。
ロビンは自分の家のことを思って進言しているが、カルディアは首を縦に振らなかった。
「お前は貧窮しているというが、食べるものには困らぬ。この田舎では見栄を張って着飾る必要もない。なぜに必死になって金を稼がねばならぬのだ?無用な贅沢は慎むがよい」
そういってロビンを嗜めてくる。フード家は代々超がつくお人よしの家系で、自分の家より国全体、そして民が豊かになることを優先して、決して私利を追求しなかった。
もっとも、そのせいで王都や各地の商人に食い物にされ、貴族たちからも田舎者と馬鹿にされているのだが。