フンボルト侵攻
亜人国
巨大な穴の中心に、天まで届きそうなほど大きな木が生えている。
神樹ユグドラシルである。
その周りを囲む壁に無数の洞窟が開いており、一番大きな洞窟に小型のドラゴンが降り立ち、人間の姿に戻る。
竜王女アリスである。
「姫様。またフード領になどいかれて……!」
たしなめようとした竜人族の護衛に、アリスは慌ててつげた。
「それどころじゃないの!お爺様はどこ?」
「執務室ですが……」
「すぐに行くわ!」
アリスは洞窟の奥に駆け込んでいく。
ティラノは慌ててやってきたアリスをたしなめた。
「これ。もう少し行儀よくしなさい。お前は竜族の王女だぞ」
「お説教は後にして!お爺ちゃん。ロビンを助けて!」
アリスは必死にフード領が王国軍に攻められようとしていることを訴える。
聞き終えたティラノは、難しい顔をして首を振った。
「気の毒じゃが援軍は出せぬ。フード領は我が配下ではないからの。助ける義理もない」
「でも!」
叫びそうになるアリスを、ティラノは手を上げて制した。
「確かにワシはフード家を許した。じゃが援軍となると話は別じゃ。下手をするとこのことで、再び人間国との争いが始まるかもしれぬ。王としてそのような危険は犯せぬ。そもそもフード家を王国軍が討伐するのは内輪もめじゃ。他国であるわれ等が口を出すことではない」
「うっ……」
当然のことを言われて、アリスは悔しそうに口をつぐんだ。
「あのロビンとかいう小僧。なかなか見所があると思っておったが、たかが一回の貢納程度で援軍をよこしてもらえると思っておったのなら興ざめじゃな。どれどれ」
そういいながらアリスがもってきたロビンの手紙の封を切る。それを読み進める上で、ティラノは苦笑していった。
「ほう……援軍は無用とな。王国軍はフード家だけで撃退すると。それに成功した暁に、改めて身の振り方を考えるので相談にのってほしいとな。なかなか面白いことを言う」
手紙を読んだティラノは考え込む。仮にフード家が王国軍と戦って撃退したとなると、どちらの国にも属さない第三勢力となるわけである。そうなった後なら取り込むことにメリットがあると感じていた。
「なかなかしたたかな小僧だな。降るにしろ戦うにしろ、交渉相手として認められるためには力をしめさねばならぬことをわきまえておるわ。よいよい。やつらが自力で王国軍を撃退したなら、後ろ盾になることも考えよう」
ティラノは監視のためにひそかに隠密部隊をフード領に送るのだった。
フード領の領都フンボルトに侵攻した王国軍が目にしたのは、無人になった町だった。
「おかしい。フード領の跡継ぎロビンと、ビクトリア辺境伯の娘マリアンヌはどこにいったのだ?」
大将軍の疑問に、スイート子爵が答える。
「おそらく、ここから西に行ったシャーロットの森に逃げたのだろう」
「ふん。いくじのない奴らだ」
大将軍は笑って、ブリストル王子とその取り巻きを迎えた。
「奴ら、俺たちにビビって逃げ出したんだろうぜ」
兵士たちは戦闘なしに町に侵入できて緊張を解いた