スローライフ
王都 魔法学園
ピーチの部屋では、欲深そうな中年男が高笑いしていた。マリアンヌとピーチの婚約を破棄させたスイート子爵である。
「がははは。これでビクトリアの小娘を排除してやった。上出来だぞ。ピーチよ」
『どういたしまして。ふふ、私の美貌にかかれば王子など簡単に手なずけられますわ」
ピーチは金髪を煌かせて優雅に微笑んだ。
「後は私が王子の婚約者になり、その後ろ盾をえる。そして国軍を動かして……」
「ビクトリア辺境伯を滅ぼし、フード領を奪い取って肥料の供給をこの手に握る。これで私たちがブルージュ国を牛耳れる」
親子は黒い笑みを浮かべる。辺境の子爵家という身分に我慢できなくなった彼は、ブリストル王子が娘ピーチに想いを寄せていることを知り、一世一代の勝負に出たのである。
フード領を奪い取ることは、ビクトリア地方の秩序を支配しているビクトリア辺境伯が許さない。そこで娘を使っていじめをでっちあげ、マリアンヌとブリストル王子の婚約を破棄させた。
「あともう一歩ですわ。お父様」
「ああ。お前は王妃に。そしてワシはスイート辺境伯となり、栄華を極めるのだ」
野望にあふれた親子によって、人間国は戦乱の時代を迎えようとしていた。
フード領
領主の屋敷に、一人の少女がやってくる。
「……というわけで、お世話になりますわ。カルディアおじ様。ロビン様」
優雅に一礼してにっこりと笑うのは、銀髪の上品な美少女、マリアンヌ・ビクトリア。
「何がどういう訳なのかさっぱりわかりません」
困惑するロビンに、マリアンヌは訳を話した。
「マリアンヌ様まで婚約破棄って……」
「あ、私は傷ついてないので大丈夫です。むしろ、この自然豊かなフード領に来ることができてワクワクしています。というわけで……」
マリアンヌはいたずらっぽく笑う。
「もうそんな改まった口調はしなくていいわよ。ロビン」
「マリアンヌ姉さんにはかなわないなぁ」
ロビンは笑って頭をかいた。
二人は幼馴染で、幼いころはマリアンヌはよくこのフード領に遊びに来ていた。そのころは活発なお転婆で、ロビンを弟扱いしていた覚えがある。
「学園で見たときは、あの野生児が立派な淑女になっていたと思ってたけど、本性は変わらかったか」
「当然。どれだけ躾けられても、私の自由は奪えないわ!」
マリアンヌは明るい顔で笑うのだった。
「これで面倒くさい貴族社会とは半分縁が切れたようなものだし、何を育てようかな?ねえ、私の撲殺スイカ畑は残っている?」
「ちゃんと面倒を見ているよ」
ロビンの返事に、マリアンヌは満足そうに頷く。
「その周辺の畑を私に任せて。撲殺スイカだけじゃなくて、いろいろ作ってみたいから!」
「でた。フルーツマニア!」
ロビンはマリアンヌの貴族令嬢らしからぬ趣味に苦笑する。彼女はおいしいフルーツを作り育てることに心血を注いでおり、その知識はロビンやカルディアをも圧倒していた。
「よーし。頑張るぞ」
水を得た魚のように生き生きとしているマリアンヌを見て、ロビンは苦笑するのだった。
マリアンヌが来て以来、ロビンたちは平穏な暮らしをしていた。
ロビンはピーチから婚約破棄されて負った心の傷も癒され、毎日マリアと農作業に精を出している。
「成長!」
マリアンヌの手から出た白い光に照らされると、栽培されている木から蛇のような蔓が垂れ下がってくる。ちょうと頭の部分に、牙が生えた赤い身がなっていた。
「みごとな蛇イチゴ。さすが、タゴサクの正当な力を引き継ぐ本家」
ロビンはマリアンヌのもつ「生育」の魔法に感心する。
「当然よ。私はタゴサクの正当後継者だもん」
マリアンヌは胸を張る。タゴサクは『反転』の呪いを受ける前に、地方貴族であるビクトリア家の令嬢と結婚して一女をもうけていた。その後呪を受けたため、タゴサクはフード領に押し込められ、そこで平民の娘と結ばれてロビンの先祖を作った。
一方、本来の「再生士」力を受け継ぐ娘はビクトリア辺境伯家に大切に育てられ、やがて跡継ぎを生み力を伝えた。
その後、二つの家は和解し、現在まで協力関係は続いている。
つまり、マリアンヌとロビンは本家と分家の関係なのだった。
「……どうせ俺は分家の子孫ですよ。しかも呪われているし」
拗ねるロビンを、マリアンヌは優しく慰める。
「あはは。今となってはその闇の力も有用に利用されているじゃない。『発酵』の力でいろいろおいしい食べ物を作り出したりして」
「確かに」
ロビンは気を取り残す。ナットーや味噌などここでしか作れない特産物は、「生育魔法」が反転した「発酵魔法」がないと作れない。
「さあ、もうひとがんばりしましょう」
マリアンヌとロビンは畑仕事に精をだす。
このとき、二人は確かに幸せだった。