ありふれた婚約破棄
魔法学園
学期末に行われる就業パーティでは、この学園の生徒会長であるブリストル王子が壇上にあがり、ある宣言をしていた。
「ロビン・フード!この第二王子ブリストルの名において、ピーチ・スイート子爵令嬢との婚約破棄を申し渡す!」
金髪で眉目秀麗な少年が、小柄で太めの黒髪の平凡な顔をした少年に向かってえらそうに命令する。
ピンク色をした美しい少女は、その隣で王子の袖をぎゅっと握り締めていた。ほかにも色とりどりの髪をした、美少女や美少年たちが彼を取り巻いている。
一方的に宣言された少年は、訳が分からなくなって聞き返す。
「えっと……なぜ?」
「とぼけるな!ピーチ嬢、いってやれ!」
王子が隣を向くと、怯えた様子のピーチが訳を話し出した。
「うう……ロビン様は、婚約者であることをいいことに、私を奴隷のように働かせようと……王子に助けてもらえなかったら、私は今頃どうなっていたか……」
彼女は涙を流しながら訴えるが、ロビンは首をかしげていた。
「なんのことです?」
「とぼけるな!お前はピーチ嬢を領地の農場で働かせようとしただろう」
調子に乗って攻め立てる王子に、ロビンは反論した。
「働かせようって……これから夏休みになるから、うちでアルバイトしないかって誘っただけですよ。ピーチは昔から芋掘りがうまかったですからね」
のほほんとした答えに、聞いていた貴族令嬢たちは失笑した。
「芋ですって」
「やっぱり田舎娘よねぇ」
ピーチに対して嘲る声が巻き起こり、彼女は真っ赤になって否定する。
「ちがいます!こいつの嘘です!」
「嘘って。昔はうちに来て、よく一緒に食べていたじゃないか。ガス発芋を二人で焼いて。俺は食べ過ぎないようにと忠告したのに、君は美味しいと三本も食べたせいでおならをして……」
過去の恥ずかしい話を暴露されて、表面は高貴な貴族令嬢を気取っていたピーチは怒り狂う。
「なによ!あんたがちゃんととめないからでしょ!」
不用意な一言に周囲が大爆笑する。
ピーチは真っ赤になったが、なんとか気を取り直して王子にすがった。
「彼はいつもこのように、私の幼いころの失敗をバカにして苦しめるのです……」
上目遣いと女の涙のコンボで、王子はたちまち篭絡される。
「なんて卑怯なやつなんだ!まだあるぞ。お前はピーチ嬢に腐った豆を食べさせようとした!」
怒り心頭に発した王子の隣で、ピーチはお腹を抑えて苦しそうな顔をする。
「ロビン様は、いやがる私に無理やり食べるように強制しました。私はどうしても逆らえなく……」
「腐った豆じゃなくて大豆を発酵させた「ナットー」という食べ物だし。君は平気で食べていただろう。3杯もおかわりしていたじゃないか。?」
ロビンの言葉に、ピーチは顔真っ赤にする
「ちがうもん!そんな田舎くさいものいらない!」
駄々っ子のように地団駄を踏むピーチの頭を、王子はよしよしとなでた。
「とにかく、お前みたいな田舎臭い奴のそばにおいて置けない。彼女を解放しろ!」
王子は権力を振りかざして、ロビンに迫った。
その時、清楚な声が響き渡る。
「お待ちください王子。ロビン様とピーチ様との婚約は、我が父ビクトリア辺境伯の仲介の元定められた政略結婚でございます。いかに王子といえども、勝手に解消されるのは理不尽なのでは?」
そういってロビンを擁護したのは、一学年上で生徒会副会長、そしてブリストル王子の婚約者であるマリアンヌ・ビクトリア辺境伯令嬢である。銀髪の清楚な美少女で、一見冷たそうな外見だったが、その心は優しく慈悲にあふれていることをロビンは知っていた。
なぜなら、彼女もロビンとピーチの幼馴染で、幼いころは良く遊んだ間柄だったからである。
いきなり正論を説かれた王子たちは真っ赤になる。
「黙っていろ。お前なんかに関係ない!」
「いいえ。ここはあえて申し上げます。王子は王家の一人として、貴族たちの仲裁を計る立場におられるお方。それがご自分の意思を押し付けるようであれば、貴族たちからの信頼が得られません」
その言葉に追い詰められた王子は、ついに開き直った。
「はっ。俺を舐めるなよ。おい!」
ブリストルが顎をしゃくると、宰相の息子エルウィン、騎士団長の息子ウィルヘムが出てきた。
彼らは何か手紙のようなものを持っている。
「これを読んでみろ!」
投げ渡された手紙を見ると、スイート子爵からのものだった。
「ロビン君、君とピーチの婚約を破棄する。フード男爵家には私から言っておく」
要約するとこんなことが書かれていた。
「なんですのこれは……私は聞いておりませんわ」
「当然だ。お前には関係ないことだからな。辺境伯の娘だからといって思い上がるな。所詮王家の臣下に過ぎないんだ。」
調子に乗った王子は、マリアンヌを冷たい目で見てあざ笑った。
「ははは!どうだ」
「所詮は田舎の農民の分際で、貴族を名乗って魔法学園に通うなんてずうずうしいんだよ!ろくな魔法も使えないくせに」
彼らは口々にロビンを馬鹿にした。
「確かに私は派手な魔法は使えないかもしれません。ですが……それなりに国家に貢献できると自負しております」
屈辱を抑えて抗議するロビンに、決定的な侮蔑の声が王子から発せられる。
「はっ。お前の「発酵魔法」のことか?闇魔法を応用させたと言う物を腐らすだけの穢れた魔法など、誰がいるものか!臭いんだよ!」
「そうだ!」
「そうですよ。貴族には相応しくない、汚れた魔法をこの学園にもちこまないでくださいまし」
取り巻きの生徒たちからそんな声があがる。王子の影に隠れて、ピーチはニヤリと笑っていた。
その様子をみながら、ロビンはふいに虚しくなる。
(視野を広げろと言われて、彼女と共にはるばる王都の魔法学園までやってきたのに。結局、ピーチもこの浮ついた空気に染まってしまい、悪い意味で貴族らしくなってしまったか。王子についていったほうが、王都で贅沢な暮らしができるとでも思ったんだろうな)
彼とピーチは幼馴染で、スイート領とは隣同士になる。共に辺境の地の領主として、これまでは助け合って開拓してきた。
しかし、どうやらスイート子爵は、娘が王子の寵愛を受けることになったのを知り、フード男爵家を切り捨てる気らしい。
「……わかりました。婚約破棄を浮けいれます。」
一礼してロビンは受け入れる。
「これは何かの間違いですわ。私から父に問いただして……」
「いいんですマリアンヌ様。あなたにまで迷惑を掛けてしまいます」
ロビンはむなしく笑って去っていく。
「ははは、ざまあみろ」
「情けない姿ですわ。我がブルージュ王国に相応しくない田舎者。一生領地にこもっていればよかったのですわ」
王子の取り巻きたちがあざ笑う。その中でピーチも笑みを浮かべていた。