アパートとマンション
お世辞にも立派とはいえない築数十年、木造二階建てのアパートがあり、その隣に三十階建ての高層タワーマンションが建った。
タワーマンションは耐震強度に優れ、防犯や生活面においても最新の技術が施されており、暮らすには申し分なかった。
ある日、アパートの住人の男が部屋を出た所で、アパートの持ち主である管理人を見かけ声を掛けた。
「こんにちは管理人さん、今日は良い天気ですね」
「やあ、どうもこんにちは。本当に今日は良い天気だ。どこかへお出かけですか?」
管理人の初老の男性は落ち葉を掃くほうきの手を休め、住人の男に微笑み尋ねた。
「ええ、駅の方まで買い物に」
「そうですか、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
住人の男は歩き出すと、何か思う所があったらしく、突然管理人に向き直り聞いた。
「あの、管理人さん、ちょっとよろしいですか?」
「はいはい、何でしょう」
「隣のタワーマンションも管理人さんの物件と聞きました。何故、アパートの隣にこんな立派なマンションを建てたのかなと思いまして…」
管理人は笑いながら言う。
「ああ、いつかアパートを取り壊して、その後にマンションを建てるのではと心配しているのですね」
「いえ、そんな事は」
ずばり自身の心配を言い当てられた男は慌てて否定する。
「心配しなくても、そんなつもりはないので大丈夫ですよ」
管理人の言葉に男は安堵するが、それにしてもオンボロアパートの隣に立派な高層マンションを建てるなど、やはり理解出来ない。納得のいっていない表情の男に、管理人が聞いた。
「あなたは高層マンションを見てどう感じますか?」
「…どうって。あんな立派な所に僕も住みたいなあ、とか…」
「それですよ。だから私は高層マンションを建てたのです」
「…どういう事ですか?」
「人間は生きる上で向上心が活力となる。近場に高層マンションを建てる事で、僕もいつかあんな所で暮らしてみたいと思い、それが生きる力となり、ハングリー精神が養われるのです」
管理人の言葉はもっともらしかったが、そういうものだろうか。男が考えていると、管理人は屈託のない笑顔になり言った。
「…というのは冗談で、これはあなたにだけお話するのですが、実はあのマンションに人は住んでいないんですよ。私の飼っている犬用の住居でして」