新たな謎と予告状
あれから1週間。僕らはまだ何も手がかりが掴めていない。
今までこの謎に何人もの生徒が挑んだのだろうか?あちこちに付箋が貼られ、線の引かれた跡が残っている。
「いろんな人が解こうとしていたんだなぁ。」
ペンを回しながら晶はつぶやいた。
「前もね、解こうと思ったんだけど、途中でやめちゃったんだ。忙しくって。」
「え?そうなの?」
僕は頷いて本を開く。
「恐らくなんだけど……」
とあるページ(探せ! 夢の花―雅's note 『夢の花と少年』参照)の2箇所の傍線の部分を示す。
「『彼は、夜空の中、星が集まる光の中に、花の種を垣間見た。』ってところと『美しい花の楽園に、かつて少年が花の種を垣間見た場所に。』ってところ、全文章の中でここだけ引かれているってことは、ここが謎の鍵なんだろうけど……。」
ペンの回転が止まる。
「絵の中に入ってんじゃね?」
「え?」
晶は自慢げに立ち上がる。
「一文目は誰もが分かるように、あの絵を示している。じゃあ、二文目は?」
くるりと体を回転させる。
「二文目が示すのは、花の詳しい在りか。少年が花の種を垣間見た場所––––つまり、あの絵の少年の足元、そこに花はある!」
ビシッと僕に指を突きつける。とてもかっこよく決まった台詞とポーズ。
だが。
「……ごめん、多分、違うと思うよ。」
「へ?」
かわいそうだが否定させてもらう。
「キャンバスの厚さって数センチでしょ?そんな厚さのところに、彫刻が入っていると思う?よっぽど小さいなら話は別だけど、そんなことってまず無いよね?」
「……」
「それに、絵は頑丈に作られているでしょ?だから、めくったり穴を開けてものを取り出すのは……無理じゃないかな?」
静かに手を下ろす。
「……間違いを恐れていたら、探偵は務まらないよ。」
椅子に戻ってきた。
「そういや、その『夢の花』ってどんな形してんの?」
「えーっとね……薔薇みたいな感じ……だと思う。うーん、僕、絵は下手だからなぁ……一回、見た方が早いかも。」
「え?まだ見つかってないんじゃねぇのか?」
「前に設計図が残っているって話をしたでしょ?その設計図を使って3Dプリンターで作ったレプリカなら、近くの『宮島天河博物館』に展示されているよ。週末にでも、見に行くかい?」
「行く行く!……って、雅、大丈夫なのか?塾とか。」
「うん、行ってないからね。それに、家の中で缶詰めになってても疲れるから、息抜き代わりに。」
こうして僕らは、土曜日の午後に博物館へ行くことになった。
『宮島天河博物館』は市役所の裏にぽつんとある、小さな平屋の建物でほとんど目立たない。来館者も僕ら二人だけだった。
展示されているのは彼の作品の中で残っているもの数品、仕事道具、宝石画数作、日記等……そして、『夢の花』のレプリカと本物の本。
「……たしかにこれは、絵の中に入っているわけないわな。」
これは、レプリカを見た晶の感想。
僕は近くに自分のメモ帳を置いてスマホで写真を撮る。
「なんでメモ帳を置いたんだ?」
僕の様子を不思議そうな顔で見ている。
「大きさを把握するためだよ。写真ってただ対象だけを写すと、大きさがよく分からないんだ。だから、こうやって比較対象も一緒に写すんだよ。」
「なるほど。」
妙に感心したような顔になる晶。
さらに奥に進むと、日記や本の展示スペースになっている。そこには机とイスも置いてあり、日記や本のいくらかは実際に読むことができる。幸いなことに、『夢の花』も読むことができる。
手に取ってパラパラとめくってみるが、特にこれといったものは見つけられない。
「……特に何もなかったな……。」
晶がそう呟いて本を元に戻そうとしたとき、
「あ!待って!」
僕は思わず大きな声で呼び止めた。
「裏表紙!」
そこには一枚の地図が描かれていた。(詳しくは「雅's note 2ページ目」をご覧ください。)
「ん?ただの地図だが––––––」
「学校の本には、その地図はない。」
意外に裏表紙は気にしない。だから僕も、この時まで気づかなかった。
「もしかして––––––」
もう一か所、何か大事なことを書いて隠すのにうってつけな部分を知っている。
裏表紙を一枚めくる。
奥の方に、パラパラとめくっただけではまず気づかないようなところに、新たな詩。(詳しくは「雅's note3ページ目」をご覧ください。)
「まじか!こんなところに––––––」
「あぁ、いかにも暗号って感じだね。」
もう一度、慎重に全ページを見るが、他にはもうなかった。
「写真撮るのは……やっぱマズいかな?」
「最近は著作権がどうのこうのって面倒だからなぁ。」
「……がんばって書き写すよ。」
メモ帳を開き、シャーペンを握った、その時だった。
「お二人さん、『夢の花』を探しているのかい?」
博物館のスタッフのおばさんが声をかけてきた。
「よければ、これを持っていくといい。」
そう言われて渡されたのは一枚の紙。片面には地図、もう片面には暗号がそのままの大きさで載っていた。
「……いいんですか?」
「もちろん。謎解き、頑張ってね。」
その言い方はまるで、「スタンプラリー、頑張ってね。」というような軽さがあった。
––––––まさか、この人……答えを知っているんじゃ……
「雅、次のコーナーに行こうよぉ。」
––––––なわけないか……。
頭を振って、それから晶を追いかけた。
中を一通り回り、30分ほど頭を悩ませた後の僕らを待っていたのは、大騒ぎだった。
「何だ?事件でもあったのか?」
どうやらテレビカメラまで来ているらしい。
目立たないようこっそりと近づく。出入り口付近でリポーターの女性が何かを言っている。
「――こちらが、怪盗団ドリームサーカスが盗むと予告した『夢の花』の製作者、宮島天河氏の――」
––––––怪盗団ドリームサーカス……!
僕は心の中で叫ぶ。
『怪盗団ドリームサーカス』――それは、神出鬼没の怪盗団。
犯行前には予告状
幾重にもなる厳重警備をものともせずに
輝く獲物に華麗に近づき
そして満月の輝く夜空のどこかへ消えていく
まさに「夢」と呼ぶに相応しい犯行をなす怪盗団
––––––まさか……こんなにも近くに来るなんて……!
「なぁ、まさか、『怪盗団ドリームサーカス』って……もう、謎が解けたのか……?」
僕はスマホで詳しく調べる。
「……いや、まだ解いていないよ。」
見つけた記事を見せる。
「盗むと言っているけど、詳しい日時が書かれていない。つまり、『夢の花』が存在する証拠はつかんだけれど、謎はまだ解けていないはず。解いてから、もう一度予告状をだすつもりなんだよ。」
と、自分で言っておきながら、不思議に思う。
怪盗団は、何を根拠に『夢の花』が存在すると断定したんだろう?
博物館?––––––いや、違う。確証を得るものなど置いてなかった。
学校の絵?––––––これも違う。本?––––––これでもない。
自分の持っている紙を見る。
これは、証拠になりうるかもしれない。スタッフの人がはじめから準備していてくれた、つまり、これが答えに繋がると教えてくれた時点で、『夢の花』が存在すると言っても過言ではない。ただ、これを知っているのは僕と晶、あとスタッフの人だけ。奥の部屋だから、誰にも見られていない。窓だって思いっきりカーテンが閉まっていて、外から見ることもできない。
じゃあ、一体証拠はどこに––––
「––ここで、来館しているお二人にインタビューしてみましょう!」
–––––え?
思考が一旦停止。
リポーターの人がマイクを向けてきた。
「二人は『怪盗団ドリームサーカス』が予告状を出したことは知っていますか?」
急でびっくりしている僕の横で、晶が元気よく答える。
「ついさっき、友達が調べてくれたんですよ。」
そう言って僕の肩をぽんぽんと叩く。
「ほんと、すごい偶然ですよね。たまたま謎の手がかりを探しに来たら、予告状を出されるなんて。まるで、オレらと勝負してくれるみたいですよね!」
「と言うと?」
「詳しくは、館長さんに聞いた方が早いと思いますよ。」
軽いウィンクを1つ。
「じゃあ、オレたちは謎解き頑張るんで、この辺で!」
僕は晶に引っ張られるようにして博物館から出た。
「なんだか、わくわくするな。」
晶は僕の隣でご機嫌だ。
「で、どうだ?解けそうか?」
「うーん、どうだろうね……?もう少し、詳しく見てみないとなぁ……」
「そっか。じゃあ、それは雅が持っててよ。」
僕が持っている紙を指し示す。
「雅の方が、オレよりもずっと、頭のキレがいいと思うからさ。」
晶の腕時計が鳴る。
「あ、もうこんな時間か。また月曜日、何か分かったら教えてくれ。」
晶は雪道を走り去っていった。
またまた地図と暗号の描写はあまりに多いのでカットさせていただきました。
詳しくは「雅's note」をご覧ください。