第七話 新生破壊神の一日、その二。
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さて、冒険者ギルドから報酬を受け渡され、そのままゲリックのおっさんに飯をたかった俺は、おっさんとそのパーティーのメンバーと別れて、この田舎町に唯一建てられている教会へと赴いた。
教会の中に入ると、今まさに教会の祭壇の上には黒の神官服に身を包んだ一人の若い神官が立っており、祭壇の上に据え置かれた教壇の上に置いた教典のページを、右手で一枚づつめくりながら、静かに淡々と読み上げると、最後に祈りの言葉を捧げて、両手を組んで神の道とやらに対して祈りを捧げた。
彼の名は、ウィリアム・アイゼンローズ。
この世界における『勇者』の最大の発生地である西方大陸最大の宗教、『三聖教』に所属する教会の神官であり、司祭の階級を持つ聖職者。
そうして、一連の祈祷と説法が終ると、いままでどこか厳粛な空気を漂わせていた、ウィリアム司祭は、教典を閉じて教壇の上に置くと、
「んじゃー、まあ、これで今日の集会は終りっすわー。
御布施は適当で良いんで、入り口前の箱に入れてってください。
ついでに、酒とかあれば置いてってください。酒を置いた人は、
天国より上の超天国に行けます」
こんな超適当な事を言って、首筋を掻きながら大あくびをかまして見せた。
もちろん、聖職者のこんな適当過ぎる姿を見て、教会に集まっていた敬虔な信徒たちが黙っていられる筈も無い。
「ふざけんじゃねえぞ、この生臭坊主!テメエは、カネと酒の事し言えねえのか!」
「そうだそうだ!」
「どうせ真面目に仕事する気ねえんだから、一度くらい最後までしゃっきりしとけよ!」
「そうだそうだ」
ウィリアム司祭の最後の言葉を聞いて、教会に集まっていた町人たちが全員その場で立ち上がると、口を揃えて適当野郎の神官を責めたてはじめる。
「ウッセェ!ウッセ、ウッセ!坊主だからってタダ働きで生活できるわけねえだろ!
地獄落ちろ!地獄落ちろ!テメエら全員、地獄落ちろ!
つーか、そうだそうだしか言わねえ奴、それしか言えねえのかよ!バーカ!」
しかし、敵も然るもの引っ掻く者。ウィリアム司祭は、一斉にブー垂れる町人どもに対して、実年齢を疑うくらいに子供じみたアカんべーをすると、自分に文句を言った奴を片っ端から指差しながら、ガキかと思う様な事を言って、地獄を連呼する。
こりゃあ、あれだな。神官というより珍官だな。ありていに言えば、タダのバカだな。
そうやって暫くの間、教壇の上に立つ見るからにダメ男臭ぷんぷんのバカ神官と一緒になって、罵詈雑言の数々を並び立ていた教会に集まっていた数十人の町人たちは、思いつく言葉が無くなって漸く気が済んだのか、皆、何処かすっきりした顔をして、思い思いに教会の外へと出て行った。
そうして、教会から出ていく際に、教会の入り口に置いた箱に銅貨や銀貨を放りこんで行くところを見ると、何やかんやでこいつは町の奴らに愛されているのだろう。無論、酒は置かれなかったが。
そうして、何のかんのと言いつつも、笑顔を浮かべながら教会から出ていく町人たちの後ろ姿を見送った俺は、その瞬間に、教会の長椅子をソファ代わりにして行儀悪く寝そべった。
すると、俺のそんな姿を見かけて、今まで祭壇の上に立ち、面倒臭そうに教典だの祭具だのの後片付けをしていたウィリアム司祭は、その手を止めて俺の姿を見つめると、一本の酒瓶を取り出して俺の方へと歩み寄ってきた。
見た目は、鷹を思わせる鋭い眼光を宿した翡翠色の瞳に、少し癖のある亜麻色の髪をした痩身の美男子なのだが、二、三日はほったらかして伸ばしっぱなしにした無精ひげに、禄に洗濯もしてねえ、よれよれの神官服を身にまとった姿は、田舎の神官っつーよりも、貧乏なマフィアっぽい。
おまけに、こいつは神職に就いてる癖して、暇なときは大抵、酒場で酒瓶傾けているか、葉巻を吹かしながら博奕で大負けしているかくらいの事しかしてない為、神官服から髪の先まで場末の酒場臭を纏いつかせており、初対面の人間はまず、鼻を押さえて眉根をしかめる。
そんな残念なイケメンぶりを発揮する田舎の神官様は、行儀の悪い俺の姿を眺めると、今までの憮然とした表情をにやりとした薄笑いに変えて、俺に向かって口を開いた。
「神様に向かって言う事じゃないんですが、ここ一応、神の御前ですよ?
そういう、無作法で不躾な真似は辞めた方が良いんじゃないでしょうか?」
さっきまでの口調と態度がまるで嘘の様である。
罵詈雑言と傲岸不遜な言葉が混じっていた言葉は、敬語に代わり、猫背気味で千鳥足の混じっていた姿勢は、背筋の伸びたしっかりとしたものになっていた。
俺の前でだけ、こんな風に畏まった態度をとるんじゃなくて、毎度毎度こんな姿で祭壇の上に立って説法の一つでもすれば、多少ボロイ服や悪い見てくれしていても、神聖な空気を感じてもらえると思うんだが、一体何故それをしないのか。
まあ、そんなことはどうでもいいか。重要なのは、そこじゃないしな。
俺は、俺の事を破壊神と呼んだこのウィリアム司祭に対して、長椅子の上に寝そべったまま、だらだらと口を開いた。。
「そいつはマジで破壊神に言う事じゃねえな。そもそも、破壊神でなくても、
この教会で祀られている神に俺がひれ伏すいわれはねえけどな。
つーか、お前マジで似合わねーな、その恰好。
前々から思ってたんだけど、何でそんな仕事してんだよ、ウノ」
これが俺が教会に入り浸る最大の理由である。
ウィリアム・アイゼンローズ司祭。
その正体は、俺の百八人の部下たちの一人にして、月面国家の邪神の一柱。
ウノ・カセッティである。
「別に好きでやってるわけじゃないんですよ、これ。こっちの時代の
俺の家族がたまたま聖職者の家系ってだけで、別に俺自身はこの仕事
いつ辞めてもいいんですけどね。親が、孫の顔を見せるまでは辞めるな。
ってうるさくてね。ま、『コレキタ計画』にとっても都合もいいですし、
仕方なし。って感じですかね」
すると、俺の言葉を聞いていたウィリアム司祭は、長椅子に横たわる俺の頭の隣に座ると、祭壇の下に隠していた葡萄汁のコルクを抜いて俺に渡し、自分は懐から取り出した葉巻を咥えて火を点けると、ゆっくりと肺の中に溜まっていた煙を吐き出して、教会の天井を見上げた。
俺とウノとの再会、もしくは、サンダルとウィリアム司祭の出会いは、そもそも俺が生まれた時にまで遡る。
この世界では、そもそも赤ん坊が無事に生まれることも、それが無事に育つことも難しい。
理由は様々あるが、やはり、医療施設と医療機関の絶対的な不足が最大の理由ではある。
その為、この世界では、妊娠の発覚した女性や夫婦というのは、まず、教会へ行き、そこで出産の無事を祈り、神官から祝福を授けられることになる。
その後、無事に赤ん坊を出産した場合、この子供が無事に生きることのできる目安となるのが、一か月後となる。
これに明確な理由は無い。しいて言えば、生まれたばかりよりもそれなりに頑丈になり、病気の心配もそこそこに解消される時期だからだろう。
まあ、ともかく。生後一か月経った場合は教会に出向いて、この後も無事に成長できます様に。と、祈りと祝福を与えるのが、この世界の常識、というか、習慣である。
その為、生まれて一か月経った頃、俺が教会に出向く一週間前に赴任してきたばかりのウィリアム司祭の所にヨハンナは出向き、そこで俺は生まれて初めての部下との再会を経験したわけだ。
まあ、元々、俺が生まれた場所の近くに、転生した誰かがいる事は計画に組み込まれていたことだったんだが、生まれた場所の近く、つっても、隣国までは『近く』の誤差の範囲だったから、まさか、生まれたその町に居るとは予想外だった。
何しろ、月から地上を目掛けて、魂だけでダイビングするのだ、五十メートル百メートルどころか、一キロ、二キロの距離は誤差にも入らん。ましてや、世界全体に、均等にいきわたる様に数をそろえて降臨したのだ。
当初の予測でも、最初の邪神に合流するのにかかる時間だけでも、最低でも成人するまでの十五年はかかるとみていた。
だからだろう。まさか、転生一か月で出会うだ等とは、俺とウノは二人して共に思わず、あまりにも予想外の再会ぶりに、きっかり五秒間見つめ合って固まった挙句に、ロボットダンスみたいな変な動きをしてしまい、一緒に教会に来ていたヨハンナに奇妙な顔をされたものだ。
以来、俺は一人で行動できるようになってからは、週五日で此処に立ちよっては、ウノを相手に、酒とか飯とかを景品にして、チェスとかトランプとかサイコロ遊びとかルーレットとかのギャンブルして暇をつぶし、ついでにウノ経由で教会の裏にある情報とか、冒険者の話とかを聞いている。
意外かもしれないが、実は冒険者には信心深い人間が多い。
考えてみれば当然のことで、冒険者とは常に生死の境で仕事を行う危険と隣り合わせの職業だ。
今朝まで一緒にバカ話していた仲間が、昼過ぎには死体になっている事なんてざらにある。
そうでなくても、一度依頼を引き受ければ、薄暗く空気の澱んだ洞窟の中で目当ての魔物を狩る為に一週間過ごすとか、一度入れば出て来れない死の森に一か月間潜入するとか、とっくに使われなくなった廃墟に住み始めた魔物を倒す為に半年間暮らすとか、そんな風に、好むと好まざるとに関わらず、文明社会から隔離されてしまう。
人間的な生活が失われている中で、生死の境をさまよいながら、依頼人の依頼を最高の形で達成する。
高い報酬と浪漫が満ち満ちているとは言え、そんな生活だけを行っていれば心が折れる。
だからこそ、冒険者は神に祈る。
時に、明日も知れぬ自分自身の幸運を。
時に、危険な依頼に赴く友人たちの無事を。
そして、志半ばで逝ってしまった仲間への冥福を。
そうすることで、冒険者の多くは精神の均衡を保ち、自分自身の弱さや、過去の失敗に対する踏ん切りをつけて、また、新しく苛酷な冒険へと歩み出すのだ。
無論、神に祈ることなく、己の力だけを信じて依頼を引き受ける人間もいないわけでは無い。
だが、そう言う奴らの中で実力と実績のある人間は、少なくとも今世の俺が知る限りでは存在していない。
理由はいくつか考えられるが、大きな部分で言えば心の弱さにあるのだろう。
冒険者の中に置いて、神に祈らない人間というのは、往々にして、安全を完全に確保された依頼のみを好んで引き受けるタイプの、よく言えば慎重な、悪く言えば臆病な人間が多い。
それだけならば、引き受けた依頼を確実に達成する。という良い面を持った、一種のプロ意識の塊にも思えるし、そう言う人間もいないことは無いのだが、こういう人間の多くは、場末のチンピラ紛いに、大した実力も無いくせに、自分より力の無い人間に威張り散らしては、無意味に暴力を振り回す。
何故そんなことをするかと言えば、彼らは、悪い意味で今日だけを生きている。
いつ死ぬか判らないからこそ、死ぬこと苦しいこと、恐怖や痛みに極度に怯え、自分が少しでもそれ等の実害から身を守ろうと、自分を強く見せる。
そして、自分を強く見せるために、自分より弱い人間を相手に力を見せつけ、自分の我儘をぶちまけることで、さも、自分が力によって我儘を押し通すことのできる人間であるかのように振る舞う。
彼らは、そうすることで、誰もが自分に危害を加えない。と、そう思い込んでいる。否、実際には、そう思い込もうとしているのかもしれない。
なぜなら、そう言う人間程、窮地に追いやられると、すぐさま命乞いに走る、心の弱い人間だから。
心の弱い人間とは、何にも頼らない人間ではない。心の支えを持たない人間だ。
そして人は、自分の中に絶対に折れない心の支えを持てるほど強い生き物じゃない。
中には、今まで己が積み重ねて来た努力や、生まれながらの才能、歳とともに得た経験、実戦や修行とともに培ってきた技術、それ等に裏打ちされた自負や自信、誇りや矜持と言った物に心の支えを持つ、真の意味で強い人間もいる。
だが、その数は、命知らずの冒険者の中にあってさえ、砂漠の中に有る一粒の砂金ほどに貴重だ。
その為、冒険者の多くは、その心の支えに「神」という物を求めるのだ。
無論、神に祈ったからって強くなれるわけじゃなければ、物理的に助けを繰れる訳でも無い。ましてや、絶体絶命のピンチの時に現れて、『あ、あれは神様だ』。なんて真似できるわけない。
大体、俺は月に住む破壊神である。
助けを求められても、「はい、わかりました」何て、しないし、出来ない。
ただ、
それでも、
仲間の無事を、友人の生還を、家族の平和を感謝する人々の姿を見ていると、『神』って奴も悪くはねえ。って、思える。
それはさておき、今回俺が教会に顔を出したのは別にいつもの暇つぶしの為じゃない。
「さて、ウノよ。俺も冒険者ギルドの一員として働き始めて既に三か月。
手のかかる妹どもも多少は成長し始め、俺の身辺もそれなりに落ち着きを見せ始めたから、
いよいよ、俺も『コレキタ計画』に参画し始めようと思っているのだが、
お前は今現在、どの程度の仲間達と合流している?
できれば、合流している仲間の名前も併せて教えてくれ」
そう。これが俺の今日の目的。
俺の当面の目標も立ち、そろそろ、本格的に計画を始動させるべき頃合いである。
と言っても、やることは今までとはあんまり変わらないがな。
情報を集めて、金を貯めて、勇者候補を見つけて、俺自身が強くなるために修行する。
ただ、そろそろ、ウノ以外の他の邪神どもの動向や、現在の状況はかなり気になるし、それ以外にも、純粋に奴らの力に頼りたい事案も幾つかある。
その為にも、頭の中には何人か急いで合流したい奴リストが存在するしな。
取りあえず、アリスモスとは急いで合流したいな。
百八人の部下たちのまとめ役であり、魔術と武術に長け、戦闘と実務の両面において優れた俺の側近中の側近であり、腹心中の腹心。
あいつの能力は、あらゆる状況、あらゆる戦況において役に立つ。
会議の場では世辞しか言わんところが腹が立つが、実際に働けばできる男なんだよな。
まずは、こいつとの合流が計画の一番の分岐点になるだろう。
と、俺がそう思っていると、
「そうですねー。ていうか、もうアリスモス様が百八人全員、居所見つけているんで、
後はもう、破壊神様が命じるだけで、何時でも完全体になりますよ?」
おーーーーーい!マジかよ!衝撃の事実!
ウノがあっさりと俺の予想を遥かに超えた事を言いやがった。
あまりの衝撃に今まで長椅子に寝転がっていた俺は勢いよく起き上がると、そのまま隣に座るウノの顔を見上げてしまう。
「はあ!?そりゃ一体どういう冗談だ!
それだと、俺の冒険が始まる前に終わってんじゃん!
一万年ぶりのレジャー旅行だぜ?!俺結構、楽しみしてたのに台無しだよ!
もー、何してくれてんだよ!」
知ってたけど!確かにあいつ有能な奴だって知ってたけど!!
いくら何でも有能すぎるだろ!一万年ぶりの地上世界だぜ?少しは仕事忘れて楽しもうよ!邪神の力が有れば、死の迷宮も単なるアトラクションだろ?海底の暗黒神殿もただのリゾートじゃねえか!
何でアイツ海外出張行って、わざわざ仕事頑張ってんの?バカじゃねーの!これじゃ俺も禄に仕事休めねえじゃん!全然遊ぶことが出来ねえじゃん!
「…………世界の命運がかかった計画をレジャー旅行と呼ぶよりはましな事だと思いますよ?」
俺の心からの叫び声を聞いて、ウノは葉巻の煙とともに呆れた声を出したが、そんな正論は俺の耳には聞こえない。
「つーか、俺が今までやって来たこと何だったんだよ、もー。そんな風に全部解決
してるんだったら、俺、わざわざ冒険者ギルドに登録する必要なかったじゃーん。
カッコつけて、情報収集だの、コネづくりだのしてたのが馬鹿みたいじゃーん」
「まあ、いいじゃないですか。お金を貯めるのは必要な事ですよ?
労働というのは生きていくうえで大切な物です。賃金を得るだけでなく、
社会に連なり、奉仕しあうことは、
人としての大切な尊厳を守ることにもなるのですから」
「やる気もねえ癖に、何を突然聖職者ぶってんだよ!
はあ、何かもうヤル気が無くなっちまうなあ…………」
葉巻の煙の吐き出しながら、説法じみた事を言うウノに、俺は嘆息混じりにそう言うと、俺は一度両頬を叩いて改めてウノを見上げ、気を取り直してウノに指令を下す。
「あー。まあ、いいや。アリスモスには十歳になったら会おう。
取りあえず、それまでは全員現状維持を保つ様に言っといて。
それまでに『魔王』が死にそうだったら、殺してアンデッドにしてでも
無理矢理生きながらえさせろ。
新たに『勇者』が選定されそうだったら、ドーピングしてでも成長させろ。
それが無理なら、誰よりも早く新たな『勇者』を見つけ出して拉致しろ。
俺が許可を出すまでは、『勇者』と『魔王』の戦いを何としてでも阻止しろ」
「何か急に凄い悪いことを言い出し始めましたね。
しかも、勇者はおろか魔王ですらもが対象だとか、
何だか破壊神みたいなことを言いますねええ」
「そりゃあ俺は破壊神だからな。破壊神じみたことを言うさ」
「ああ、そうでした忘れてましたよ」
そうして俺は下らないギャグを言ってウノと一緒に笑い合うと、重い足取りになって教会を出た。
あーあ、ヤル気なんて出すもんじゃねえな。仕事ばっかり溜まって行くよ。