何を、彼は言おうとしてるんだろうか。
あの時の話をこんなに風にするなんて変だ。
あれから、からかい半分であの時の話を持ち出すことはあったけれど、今み
たいに落ち着いて話をするのは初めてだった。
「なんか、いろいろ思い出して。もう駄目かもしれないって思ったときに、
自分と同じくらいの手に引っ張られた感触とか。離したら終わりだと思って結構
強く掴んだはずなのに浜辺に来たらそれが外れて焦ったこととか。それを埋める
ために握り締めたタオルとか。…………聞こえてきた小さくしゃくりあげる声とか」
(しまった。顔を見てたわけじゃないのか)
そうだった。荻原は、人から聞くまで“誰に”助けられたのかを知らなかった
のだ。あの時に泣いていたあたしの顔なんか見れるはずない。
「…………」
「あれ、渡部の声だった」
おかしいなぁと思ったんだ。と、荻原が顔を俯かせながら話を続ける。
「溺れながら、泳ぎがめちゃくちゃ得意な渡部が知ったら、馬鹿にされるって。大笑いされて、指さされんのかなって」
「…………ちょっと、あたしそこまでひどくないわよ?」
あまりの言い様に抗議の声を上げると、あっさりと頷かれる。
「うん。それか、思いっきり怒鳴られるかもしれないとかも思った。『海を甘くみるんじゃない』とかって」
そしたら、そのどっちもないからさ。
「え?」
「美波ちゃんがタオルをかけて『大丈夫』って言ってくれたときに、あれ? って。近くで泳いでで、こういうときに真っ先に駆けつけてくれそうなおまえの声がしないなって」
「…………そりゃ、あたしも倒れこんでましたから」
「ん。で、何が起きたのかわかんなくて、とりあえず休憩所に運ばれてから、渡部が助けてくれたって聞かされたんだ」
言葉を続けながら、荻原が空へと視線を上げる。
「ショックだった。自分の不注意で渡部に危ないことさせたってことにも腹が立ったし、泣かせたことも悔しかった」
「……荻原……?」
「でも、思わずおまえの顔を見て出てきた言葉が『余計なことしてくれたな』なんて、本当に馬鹿だよな、俺」
何を。
何を、彼は言おうとしてるんだろうか。
じっと横顔を見つめたままでいると、荻原は呆然としているあたしに気付いて苦笑すると、くしゃっと自分の髪を掴み俯く。
「いつもさ、『姫なんてガラじゃない』っておまえのこと言うじゃん? 俺」
「うん。この前なんか、亀で充分とか言ってくれたよね?」
妙な空気をいつもの空気に戻したくて軽口を叩いてみても、荻原の顔は一向に上がらない。
(……なんなの、これ)
おかしい。なんだか、変だ。
そう思うのに、何がおかしいのかわからない。
どうしたらいいのか迷っていると、荻原が小さく息を吐いてこちらに視線を向けてきた。