もしかして、思い出させた?
バシンッ。
(?!)
「痛っ!」
「何してんだよ、おまえは!」
叩かれた頭に手をやると、今度は罵声が飛んできた。
「お前の馬鹿でかい声だったら、岩場の向こうまで届くだろうが! 俺らが向
こう側に居たことぐらいわかってただろ?!」
(えーっと……なんで、あたし怒られてんの?)
少なくとも、少年が溺れていた場所までは女のあたしでも充分泳げる距離で、
でもって帰りはロープをつたってきたから、そんなに危ないことをしたつもりは
なかった。いくらあたしだって、自分でどうにかなるものかどうかの判断くらい
は出来る。
その証拠に、思わず足元はふらついたけど、息も切れてないし、顔もそんなに
濡れてない。今から、25mくらいなら普通と同じくらいのタイムが出せる自信
があるほど。
「わかってたから、真琴向かわせたんじゃん」
「おまえが叫べば、飛び込む前に着いた」
怖い顔で睨まれる。
苦渋に満ちたその顔に見覚えがあって、一瞬泣きたくなる。
『余計なことしてくれたな』
だってその表情は、そう言った、昔の荻原の顔、そのままで。
(もしかして、思い出させた?)
そういえば、今日、荻原は美波ちゃんに告白するんだった。彼の性格からして、そんな日に、昔の自分の失態を思い出させるような出来事が起こるのは困るんだろう。
(……確かに、荻原たちが来るのを待つ手がなかったわけじゃないけど)
どうせだったら、荻原にあの子を助けさせて、美波ちゃんに名誉挽回、という
方法が取れれば、一番良かったのはわかる。
「確かに、あたしが飛び込む前には着いたかもしれないけど」
(けど、そんなの待ってたら、あたしが止めても、あの子が先に飛び込んでた)
浜辺に居たのはあの子だけだったから、あたしと同じ状況にはならなかったかもしれない。
けれど、あたしも思い出してしまったのだ。
どんなに必死で助けても、自分も救助される側に回ったら意味がない。
「先に、あの女の子が飛び込もうとしてたのよ」
どうしようかと困っていると、思いつかなかった方向から怒りの声が聞こえてきた。
「ま、真琴?」
「優海が着いたときには、もう半分海に入ってたわ。それに状況からして、小学生にはきついかもしれないけれど、女子水泳部エースの優海だったら泳げない距離じゃないでしょ? ちゃんと判断してあの子が一緒に溺れないように助けに行ったんじゃない? 荻原君たちのこと待てる状況じゃなかったってことでしょ?」
思わぬ場所からの反撃に、荻原がひるむ。
「優海、戻って休もう?」
その隙に、あたしの腕を取ると、そのまま引っ張る。
「ちょ、ちょっと?」
「いいから。頭きたの。付き合え」
小声だけど有無を言わせない真琴に、これは何を言っても無駄だと悟る。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた他の部員に、休んでくると告げると、そのまま海辺を後にした。
「あーもー、荻原のヤツー!!」
「真琴、もういいってば。落ち着きなよ」
合宿先に戻るまでの間、怒りに身体を震わせる真琴と対照的に、あたしはかなりスッキリした気分で海風を受けていた。
「ムカつかないの?! あんな理不尽に怒られて!」
「だって、しょうがないじゃん。荻原も美波ちゃんにカッコイイところ見せたかったのはわかるけどさ、あたしも、あの子があたしの二の舞になるのを防ぐので精一杯だったんだもの」
「それがわかるから余計に悔しいんじゃないの! 溺れてる子を助けに優海が飛び込んだって聞いたときには血相変えたくせに!」
「え?」
「結局、最終的には自分の名誉挽回? ふざけんじゃないっつーの、あの馬鹿!」
「真琴ー」
「何よ?!」
「それって、ちょっとはあたしのこと心配してくれたってことかな?」
「はぁ?! いい? ここ、怒るところよ? 乙女モードになるところじゃないからね?!」
「でも、血相変えて急いでくれたってことは、あたしも危ない状況になってたら、きっと助けてくれたと思わない?」
だったら、その必要がなくなって、ぶつけどころがない怒りと不甲斐なさをあたしにぶつけただけだ。
(優しい人だから。心配してくれたことだけは本当だと思うし)
「…………優海…………あんたってばどこまで」
呆れる親友に、あたしは苦笑してみせる。
「仕方ないよ。だって、人魚姫は海で助けた王子様に恋する運命なんだもの」
そして、その恋が叶わないのも、きっと運命なのだ。




