忘れてやるんだと何度も思ったのに。
出来上がった絵の中に、人魚姫の姿がないかと探しながら、絵の中の王子様とお姫様を見ている自分自身が人魚姫だと苦笑してしまったあの日を思い出す。
(「人魚姫」の挿絵だってのに、主人公を全く無視した絵を描いたヤツなのに)
もう、荻原のことなんか忘れてやるんだと何度も思ったのに。
「まぁ、なんだかんだ言っても優しいからねぇ、荻原」
「…………とことん嫌なヤツだと思った次の日に、手のひら返すからね」
そうだ。あの時も、熱を出したのは自分を助けるために無理をしたせいじゃないかと気に病んで、結局お見舞いに来てくれたのだ。
昨日は言い過ぎた。悪かったという言葉と共に。
傷つけるなら、傷つけたままにして欲しいのに。そしたら、他の誰かに癒してもらうことだって考えるのに。
(結局、癒されちゃうんだもんなぁ。あたしも単純だから)
「でも、そんなんで明日からの合宿大丈夫なの?」
合宿で荻原が好きな子に告白するらしいという話を聞いてしまったことを、あたしは真琴にだけ話していた。というか、さすがに親友の目はごまかせなかったのか、無理やり聞き出されてしまったのだけど。
「ん、大丈夫。むしろ、早く決着してくれた方が嬉しいかも。そしたら、美波ちゃんの前でかっこつけるヤツを堂々とからかえるし」
「だーかーら! なんで優海はそう自虐的なのよ」
「いや、だってあたし、荻原から美波ちゃんが好きって話聞いたことないんだもん」
「……は?」
「だからね、直に聞いたわけじゃないから、からかっちゃった方が楽な場面でもそういう話だせなくてさ」
それとなく、知ってるよ、という空気を漂わせることが出来なかった。
聞くなら、ちゃんと荻原から聞きたかった。
「だって、美波ちゃんのこと好きなんでしょ? って聞く方が、よっぽど自虐的じゃない?」
苦笑すると、真琴は「……本当にあんたってば」とため息をついた。
合宿は滞りなく進んで、最終日になった。
毎年最終日は1日フリーで、合宿先にある海に遊びにいったり、バーべキューをしたり、わいわい過ごすのがここ数年の定番になっている。
夜には大量の花火を振り回しながら、夏の思い出作りをするのだ。
……たぶん、荻原も花火のときに美波ちゃんに告白するんだろう。そう思うと、
朝から気分が冴えなかった。
「優海ー、大丈夫? 海行ける? それとも別行動で買い物行く?」
そんなあたしを気遣って、真琴が海岸沿いのショッピングモールに誘ってくれたけれど、大丈夫、と答えて海に行く準備をする。
太陽は真夏らしくカンカンと照り付けて、アスファルトから漂う陽炎に、足取りを重くしながら真琴を2人で堤防沿いを歩いていたときだった。
ダッと、後ろからひとりの女の子が駆けていく。それも必死の形相で。
何事だろうと視線を先に向けると、誰かが溺れているのが見えた。
(あ、あれって……!)
浜辺まで辿りついた女の子は、慌てて辺りに顔を動かしているけれど、近くには誰もいない。もう少し先には、うちの水泳部の精鋭揃いの男子部員がいるけれど、ちょうど岩場の向こう側にいるのだろう、姿までは見えない。
なんとなく、見たことがある風景と重なる。
「……真琴、向こう側にいるヤツら呼んできてくれる?」
「え? ちょ、ちょっと! 優海?!」
岩場の向こうにまで応援を呼びに行っていたら、きっと間に合わない。
溺れている子が助けられないという意味じゃなく、きっとあの女の子が飛び込む。
咄嗟の判断で真琴にそう言うと、あたしは浜辺の方へと駆け出した。