男子水泳部のマドンナ
その後、王子様は溺れたという無様な姿を挽回するかのように泳ぎを始めて、中学、高校と水泳部のエースとして活躍し、そして全国大会優勝も夢じゃない選手にまで成長した。
今週末にある合宿でとうとう告白するらしいなんて話を、これまた間の悪いことに盗み聞きしてしまったこともあって、最近のあたしは何かと彼に毒を吐いてしまう。
「ちょっと言い過ぎよ、荻原君」
プールサイドの諍う声が聞こえたのか、荻原に注意する声とホイッスルが響く。
「わぁ! 天の助け! でしょでしょ? 美波ちゃん、もっと言ってやって!」
声の主である美波ちゃんは、男子水泳部のマドンナにしてマネージャーで、そして、あの時荻原を優しく包んだお姫様だった。
いくら荻原のお姫様だとしても、小・中・高と普通に友人関係を築いているあたしは、喜んで美波ちゃんの乱入を許可する。
「美波ちゃん、優しいのはいいけど、人を騙して竜宮城に案内するような極悪な亀とは、付き合い考えた方がいいよ? 可愛さ妬まれて玉手箱に見立てた老け薬盛られるぞ」
「ちょ、亀って言われるのだって百歩譲っても許せないのに、極悪な亀ってなんなのよ? 美波ちゃんが優しくって可愛いのは事実だけど、そこまでわたしを落とすことないじゃない」
(……げ、言い過ぎた)
あんまりの言いように言い返した声が、思った以上に堅く沈んで聞こえて自分でも驚く。
瞬間、荻原もはっとしたようにまずい顔になった。
(しまったなぁ……。言葉を間違ったかなぁ)
言った言葉に嘘はない。いくら荻原が本心からそう言ったんじゃないとわかっていても、傷ついたのは事実なので、あたしの主張は間違ってはいない。
けれど今は美波ちゃんが傍にいたのだ。
好きな子の前で他の女の子に向かって暴言を吐いたこと、それによってその子が多少なりとも傷ついたという反応したことで、自分の価値が下がることを恐れた顔。
(あー。面倒くさいなぁ)
いつもだったら出来る気遣いも、荻原が告白する、なんて話を聞いてから難しくなった。
(あたしだって、結構落ち込んでるんだけどなぁ)
そう思いながらため息をつく。
「あたしが亀ならあの時あんたこそ竜宮城に連れて行くわよ。乙姫様にあいつにいじめられていたんですーって嘆いて、玉手箱もらうんだ。で、『竜宮城の宝』って言って渡すの。欲深い荻原のことだから、絶対に開けるでしょ?」
面倒くさいと思いながら、わざとひどいことを言って、イーブンにする。美波ちゃんが、どっちもどっちじゃない、と思えるように。
(ひどいことを言われても、フォローしちゃうのは、結局好きな人を悪く思われたくないあたしのエゴなんだよねぇ)
「不毛だなぁ……」
「不毛にしてるのはあんた自身でしょ。馬鹿じゃないの?」
帰り道、真琴があたしのため息にため息を重ねる。
「だって」
「だってじゃなーい。本当に人魚姫みたいな状況になってんじゃないわよ。あんたは声があるでしょ? 儚く消える泡になるくらいなら、当たって砕けろっつーの。砕けたら拾ってあげられるけど、泡じゃ救いようないじゃない」
真琴の言うことはもっともだと思う。
けれど、そんな勇気を持つことすら怖い。
(だって、あたしのことを全然覚えてなかったんだよ?)
自分が溺れて、生きるか死ぬかの瀬戸際のときに、大袈裟かもしれないけれど、救い上げた「手」の主を、彼は周りから聞かされるまで知らなかった。
しかも、あたしだとわかった後初めて会った彼が口にしたのは「余計なことをしてくれたな」という一言だったのだ。
その言葉を聞いたときは、まだ美波ちゃんのことを好きだなんて知らなかったから、理不尽に怒られた気がして、なんでこんなヤツを好きなんだろうって思った。
あまりに悔しくて、次の日には熱を出したことを覚えてる。
だけど結局、美波ちゃんに無様な姿を見られたことを怒っていたんだ、という、これまた理不尽な理由が納得出来てしまったのだから、もう理屈じゃないのだ。
時期を逃したら、来年までアップできないなーと思ったので。
王道っぽく、さくさく、進みます。