あたしが助けた王子様
海でおぼれているのを助けてくれたのは人魚姫だったのに、どうして王子様が恋に落ちたのは、目が覚めたときに傍にいたお姫様なんだろう。
「優海! すごい綺麗な泳ぎだったよ!!」
プールから上がったあたしに、女子部のマネージャー兼親友の真琴がタオルを差し出す。
「ありがとう! あーっ久しぶりに外で泳ぐと気持ち良い!」
肌触り抜群のそのタオルをそのまま頭に被って、思いっきり息を吐く。
夏になって、一番嬉しいのは青空の下で泳げることだと思う。
室内のプールもいいけれど、こうやって風を感じながら泳ぐのはやっぱり格別。
「さすが『日生高校の人魚姫』なんて呼ばれるだけあるわよねー。顔もスタイルも十人並みなのに、泳いでるときは見惚れちゃうくらい綺麗なフォームしてるんだもの」
うっとりしたように呟く真琴の言葉に、ちょっとだけ苦笑する。
(……人魚姫、かぁ)
昔、好きな男の子が、海で溺れたことがあった。
泳ぎが得意だったあたしは、気付くとすぐに助けに海へ飛び込んだ。
けど、泳ぎが得意だからといって、誰かを支えながら泳ぐことまで得意なわけじゃない。
ましてや波のある海。手を離さないように掴んだまま、必死に泳いで浜辺まで辿り着くと、ようやく事態に気付いた大人たちが駆け寄ってきた。
大丈夫? そんな言葉すらかけることが出来ず、あたしも彼も肺に空気を取り込むのが精一杯だったときに、真っ先に彼に声をかけたのが「彼女」だった。
乾いたバスタオルで彼を包み込んで、もう大丈夫よ、と。
「運命」なんてものを、彼はそのとき感じてしまったのかもしれない。
「人魚、ってのはいいけどさ。渡部が『姫』なんてガラかよ?」
水から上がる音と共に聞こえた声に、プールサイドへ振り返る。
「あ、そういうこと言う? 荻原、昔誰に助けてもらったか忘れたわけ?」
「誰だったかなぁ。竜宮城に住む亀だったかな?」
「あーっ! ムカつく。あたしは亀か?!」
「泳ぎはともかく、おまえこの前の50メートル走10秒後半って、運動部所属にしちゃ遅すぎだろ。亀で充分だ亀で」
「ひどい! 荻原のくせに!」
あたしが助けた王子様は、今じゃ水泳部のエースで部長を任されるくらい泳ぎの上手い青年に成長してしまった。
そんな王子様にとって、あたしの存在は浜辺でいじめる亀扱いにまで成り下がったらしい。
といっても、人魚姫だろうと、亀だろうと、大して立場は変わらないんだけど。
荻原を助けてからさほど時間が経たない頃、美術で「物語の挿絵を描く」なんて授業があった。
題材に選ばれたのは、「人魚姫」。
好きな場面を絵で描きなさいと言われて、画用紙を青で塗っただけや丸い泡を書いただけで「人魚姫が見てる海です」とか「泡になった人魚姫です」とか言って、先生に怒られている男子が大勢いた中、荻原が描いたのは、王子様がお姫様に助けられる場面だった。
『王子が好きになるのも、無理ないよなー。人魚姫も助けてはくれたんだろうけど、浜辺に置き去りって、助けるだけ助けてフォローなしかよ! って思わん?』
珍しく真面目に描いてるんだなぁと注意を向ければ、他の男子とのそんな会話をしているところに出くわして、かなりショックを受けた。
わざわざその場面を選んだ理由。
それを想像すると、パズルのピースを組み合わせるように、ひとつの結論が浮かんできた。
彼は、自分を“浜辺”で助けてくれた女の子に、恋をしたのだ、と。