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白鷺の乙女たち  作者: 21。
あなたを探して
7/31

鈴子・露子・菊乃 1


「どうも、ご無沙汰しております。こちら、娘で・・・」

「まぁ大きくなって!白鷺の高等部よね?」


8歳のお正月。我が家に集まった親戚の中にあの人はいた。

大勢の親戚を出迎える母の足元にいた私たちにその人はにっこりと笑顔をくれた。


「ごきげんよう」


優しい笑顔。上品な振る舞い。美人で、華奢で髪はさらさら。

理想のお姉様だった。


----------


桜舞う4月。真新しい制服に身を包んだ乙女達が、見送りの保護者と別れて門をくぐっていく。

正門から校舎までの長い桜並木を歩くその姿は、まるで絵画のようであった。

そんな中、一際人目を引く2人の少女がいた。


「いよいよね、鈴子」

「そうね、露子」


まったく同じ背丈に同じ顔。アップにまとめられた栗色の長い髪。違うところと言えば、前髪の分かれ目が左右どちらか、というところだけである。

猫のように大きく丸い目で正門を見上げる2人は、今日から高等部に通う新一年生。

前髪を右に流しているのが一ノ宮 鈴子(いちのみやすずこ)

左に流しているのが一ノ宮 露子(いちのみやつゆこ)。一卵性双生児である。

見分けがつかない顔。しかもそれが人形のように愛らしい容姿となれば、2人を追い越していった同級生や上級生、果ては見送りの保護者達までもが振り返りこそこそと嬌声を上げるのは仕方のないことだった。


どちらからともなく一歩踏み出せば、桜の花びらがひらりと舞う。


「ねぇ鈴子」

「なぁに、露子」


前を向いたままで真顔のまま言葉を交わす。

これが彼女たちの平静なのだが、その人形のような容姿と相まって少し怖い。と2人に苦手意識を持つ同級生も少なくは無い。

初等部・中等部と順当に持ち上がってきた2人だが、遠巻きに視線を送ってくる同級生は余りあるものの、友人はあまり多くなかった。


「私たちのお姉様、見つかるかしら」

「あら露子、“見つかる”ではないわ。“見つける”のよ」

「鈴子は前向きね」


2人にはこの高等部に入学するにあたり大きな目標があった。

“理想のお姉様を捕まえること”。特別な誰かに出会えたら、という淡い期待を持つ乙女たちとは違い、2人のそれはまさしく“目標”なのである。


「私ね、考えたのだけれど・・・まず、美人でしょう?」


露子が一つ一つ指折り数えながら“理想のお姉様”の条件を挙げていく。


「優しくて、頭がよくて、上品で・・・。そんな人、いるかしら?」

「あら、でも運動はできなくてもいいのよ?私たちだって苦手だし」

「まぁ、それはそうだけど」


その時、背後に気配を感じた鈴子が僅かに後ろを振り返る。

後ろからやってきた1人の生徒が2人を追い抜きざまに微笑んだ。


「ごきげんよう」


こげ茶色の髪を一つに編みこんだ少女。細い銀縁のメガネをかけた涼やかな表情。一見して、優秀な生徒とわかった。一瞬、彼女の襟元で光った百合のピンズは2人にはない。


「「ごきげんよう」」


揃った返事に微笑みを深め、颯爽と歩いていく。その姿を見送りながら鈴子が露子の耳元に顔を寄せた。


「今の方、美人だったけどどうかしら」

「鈴子ったら、よく見なさいよ」


露子に肘で突かれ、改めてその背中を見れば従者のように付き従う生徒が一人。

それを見て“なんだ・・・”と肩を落とす。


「焦りすぎよ。見極めないと」

「そうね、時間はたっぷりあるんだものね」


百合のピンズは生徒会役員の証であり、彼女が生徒会副会長であることを2人が知るのは、数時間後の入学式の時になる。


----------


数ヶ月が経った。浮き足立っていた1年生達は学園生活に慣れ始め、早い者はもう姉妹の契りを結び始めていた。


「なかなかいないものね・・・」


学園内にあるカフェに双子の姿があった。

中庭に出っ張るようにして造られたこのカフェは、昼休みと放課後のみ営業されている生徒及び学校関係者のための憩いの場である。

入学式・卒業式、文化祭や体育祭など、学校行事の際のみ保護者も立ち入ることができる。

陶器のカップに注がれたミルクティーをかき混ぜながら鈴子がため息をつく。アイスティーをストローでかき混ぜる露子もつまらなさそうだ。


「優しくて、頭がよくて、上品で・・・」

「もういっそ、特別頭が良くなくてもいいわ」

「そうね、妥協って大切よね」


その時、突然露子の頭上に影ができた。


「あの、ちょっとよろしいかしら?」


それとほぼ同時に降ってきた声は、なんとも控えめで静かなものだった。

顔を上げた2人に微笑んだのは一人の少女。

黒く、艶やかな髪。白い肌に長い睫。白雪姫のようだと鈴子は思った。


「少し、じっとしていてね」


口を半開きにしたまま見惚れる2人も意に介さず、白雪姫がポケットから取り出したのはハンカチだった。


「黒板にもたれかかったりしたの?」


そう言いながら露子の背中、肩甲骨のすぐ上辺りを撫でるように払う。そして2人に見せたハンカチは、くすんだ赤で少し汚れていた。

2人が“あっ”と声を上げると、彼女は微笑んでそれをスカートのポケットにしまった。


「もしかして、一ノ宮さん?」

「「あ、はい」」

「やっぱり。とても可愛らしい双子の一年生がいると聞いていて・・・本当に可愛いのね、お人形のよう」


そう言って笑みを深める。その様子はまるで花が咲いたようで、2人はただただあっけにとられたままそれを見ているだけだった。


「それでは、ごきげんよう」


ほんの少しお辞儀をして立ち去ろうとする彼女を見て、我に返った鈴子が立ち上がった。


「あ、の!ハンカチ、洗ってお返しいたします!」


カチャン、と鳴った茶器の音に振り返った白雪姫がふふっと笑う。


「私が勝手にしたことだから。お気になさらないで」

「じゃ、じゃあ!じゃあせめてお名前を!」


あわてて立ち上がった露子に少し驚いた様子を見せながらも、彼女は改めて2人へ向き直った。

少し顔にかかった髪を耳にかけながら、また花のような笑顔を浮かべる。


「國永香澄です」


そしてまたお辞儀をして、今度こそ立ち去ってしまった。


「完璧ね・・・」

「・・・そうね」


その余韻を惚けた様子で見送った2人だったが、お互いに呟いた次の瞬間には椅子に座り、額をつき合わせていた。


「國永様、國永様って何年生?!」

「私聞いたことあるわ、2年生よたしか!」


鬼気迫る様子に周りの生徒たちもチラチラと見ているのだが、それにも気づく様子はない。


「2年生で、たしか茶道部!」

「あんな方いるなんて言わなかったじゃない!」

「だってお名前を聞いたことしかなかったから!」

「まぁいいわ、茶道部・・・たしか同じクラスの柏木さんも茶道部よ!」

「親しい方いらっしゃるか、聞いてみましょう!」


後日、クラスメイトの柏木綾子に詰め寄ったが、返事は“わからない”だった。


----------


「ダメね」


それから更に二ヶ月が経った、ある放課後のことだった。

この日もカフェで向かい合う。この日は鈴子がアイスティー、露子がミルクティーだった。


「もう無理かしらね」


ふぅ、と同時にため息をつく。

茶道部の國永は、クラスメイトの柏木と親しくなったと噂で聞いた。実際、同級生たちが彼女に“リボンタイに刺繍されている名前を見せてほしい。”とせがんでいるのも何度か目にした。


「まだ諦めちゃダメよ」

「でも、上級生のお姉様方はほとんど見たじゃない」

「まだよ!静かに隠れているのかも。あ、いけない」


腕時計を見た露子が立ち上がった。


「委員会、行かなくちゃ」

「あら、もうそんな時間?」


のんびりと、鈴子もお揃いの腕時計を見る。2人は本当に仲が良い。


「鈴子、あなたどうする?」

「図書館で待ってるわ。返さなければいけない本もあるから」

「そう?それじゃ、後でね」


急ぎ足でカフェから出て行く片割れを見送った後、鈴子も静かに立ち上がった。




白鷺学園は広大な土地で知られるが、図書館の大きさも並みのものではない。中庭を突っ切った先にたたずむ白い図書館は、窓にはめ込まれたステンドグラスも相まって、まるで協会のように見える。

中に入れば、一般書から専門書。果ては好意で寄贈された古書や博物館級の貴重な本まで保管されている。

だが、貴重な本が保管されているのは図書館の最奥であり、閲覧には教員や司書など複数人の許可書が必要となる。そしてその手前は分厚い専門書となっているため、一般生徒が足を踏み入れるのはせいぜい入り口から近いエリアだけであった。

目の前には童話の棚、しかし振り返れば専門書の棚、というまさに境目で鈴子は次に借りる本を物色していた。


「一ノ宮鈴子さん?」


本に夢中になっていた意識の中、急に飛び込んできた声に振り返った。



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