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白鷺の乙女たち  作者: 21。
大和撫子
6/31

綾子と香澄 5

『わからないことはちゃんと聞いて距離をつめないと、姉妹どころかお友達だって難しいと思わない?』


----------



『聞く・・・』


翌日の放課後になっても、琴美の言葉がぐるぐると頭の中を回る。

廊下を一人、とぼとぼと歩く綾子の表情は暗い。


『國永様に?なんて聞くの?』


何度も同じことを考えてはため息をついた。


「柏木さん!」


その声で、自分の足元しか見えていなかった綾子に周囲の景色が戻った。

振り返ると笹川が胸の前で手を振りながら歩いてくるところだった。表情から察するに、なにやらすこぶる機嫌が良いらしい。

“ごきげんよう”の言葉を遮るように、笹川が綾子に耳打ちする。


「ね、教えていただきたいことがあるのだけれど」


“え?”と綾子が身を引けば、なおも興味津々といった様子で首をかしげる。


「香澄さんからお申し出があったって、ほんと?」

「え?!」


思わず出てしまった大声に慌てて口を塞ぐ。だが、笹川はそんなことなどまったく気にしていないようで、一層目を輝かせた。


「あらあら、本当なのね?」

「どうして笹川お姉様がご存知なんですか?!」

「あら、ご存じない?2年生の間じゃ、噂になってるわよ」

「え・・・」

「“あの香澄さんが、申し込んだ相手に保留にされてるらしい”って」


綾子の背筋がスッと寒くなった。

昨日のカフェでのことがやっと納得できた。


「誰が、そんな・・・」

「さぁ・・・。でも、誰かに見られたか、聞かれたか・・・」


“それより!”と笹川が一歩踏み込み、綾子が一歩下がる。


「それで、どうするの?」

「え・・・っ」

「まさか断ったりしないわよね?私の大事な幼馴染よ?」


困り果て、うつむいてしまったその時、救世主が現れた。



「由紀さん、やめてあげて」


振り返れば、いつの間に来たのか困り顔の香澄が少し離れた所に立っていた。


「國永様・・・」

「あ、見つかっちゃった」


ばつが悪そうに笑う笹川と綾子の間に割りこむようにして香澄は綾子を背中に隠した。


「困っているでしょう?」

「ごめんなさい、やっぱり気になっちゃって」


ほんの少し怒っているような香澄の雰囲気さえ、綾子にとっては新鮮味のある新たな一面のように感じられ、得をしたような気分だった。


「柏木さん、ごめんなさいね」


香澄の向こうから顔を出して苦笑いする笹川に、ゆるやかに首を振る。

そのまま逃げるようにして笹川は去っていった。


「・・・ごめんなさい、私のせいね」


綾子の方へ向き直った香澄は眉尻を下げる。


「この間のこと・・・誰が見ていたのかわからないの。私も今日、噂になっているって聞いて・・・」


“ごめんなさい”とまた謝る。頭まで下げようとするのを綾子は必死で止めた。


「お姉様は悪くないです!私、別に困っていませんし・・・」

「本当に?何か言われたりしていない?」

「全然です!」


カフェでのことは言わない方が良いだろうと判断した。そしてそれは正解だったようで、香澄は悲しそうな表情を少し和らげた。


「何か嫌なことがあったら、言ってちょうだい」


その言葉で、このまま立ち去るつもりだと察した綾子は言葉に詰まった。案の定、“それじゃあ”という言葉を残して香澄が背を向ける。

こんなにも核心に迫る出来事があったというのに何も聞かないし、言わないのかと半ば絶望のようなものすら感じた。


「どうして、何も聞かないのですか?」


5歩目にして振り返った香澄を見て、綾子は自分が聞いてしまったのだと気づいた。

少し驚いたような表情の彼女から目を逸らし、自分の右腕をぎゅっと掴む。 そうしないと震えて、しゃべる事もできなくなるような気がした。


「その・・・私、あれからまだお返事もしていませんし・・・」


ここまで言ってしまったら戻れない、と覚悟を決めるしかなかった。


「でも、お姉様からは何も聞かれませんし・・・どうしたらいいのか、わからなくて・・・」


“これは言わない方がいい。”頭の中の自分の声と実際に自分の口から出た言葉は同時だった。


「やっぱり、気が変わられたのかな、なんて・・・」

「柏木さん!」


自嘲的に笑ったその顔は一瞬にして驚きに変わった。一言にこめられた怒りがしっかりと感じられ、自分の手を掴んだ相手の手には、行き場のない憤りのようなものがこめられているようだった。


「・・・私、そんな軽い気持ちで言ったのではないのよ?」


悲しそうな声に胸が痛んだ。“すみません”と俯くと、しばらく沈黙といたたまれない空気が流れた。

だがやがて、次の一言に迷っていた綾子の手が軽く引っ張られ、“来て”と囁くような声が聞こえた。




導かれたのは茶道部の部室だった。まず綾子を先に入れ、後から入った香澄が鍵をかけた。二の舞を踏まないための予防策だろう。

上がり口に並んで座る。綾子が左、香澄が右、と狭いその場所は2人座ってしまうとわずかな隙間しか残らなかった。


「・・・ごめんなさい。私、柏木さんに嫌な思いをさせてしまっていたのね」


ため息をつく香澄に何と返していいのかわからなかった。


「本当に、ただ柏木さんがお返事をくれるのを待っていただけなの」


“でも、待っているだけじゃダメだったのね。”独り言のように呟いて、綾子の方へ顔を向ける。少し困っているような微笑を浮かべる彼女に、綾子は申し訳さを感じた。

と同時に、今日は少しお喋りだな、とも。


「あの時、すぐにお返事を貰わなかったのはね、よく考えて欲しかったからなの」


そう言いながら左耳に髪をかけ、目を伏せる。ゆっくりと言葉を選んでいるようだった。


「柏木さんの、私に対するイメージってどういうのかしら?」


突然の質問に面食らう。“えっ?”と目を丸くした綾子だったが、すぐに指折り数え始めた。


「えぇと・・・美人で、頭がよくて、お茶もお花もできるし・・・大和撫子って感じです」

「ありがとう。そうね・・・そんな風に言ってくださる方が多いわ」


香澄がくすりと笑う。下手に謙遜しない所に好感を持つ者も多い。


「でもね・・・そんな、絵に描いたような人間じゃないのよ」


そう言って、また目を伏せてしまった。

祈るように指を組み、ぽつりぽつりと言葉をつむぐ。


「女々しくて、ウジウジしていて・・・、しっかりしていないせいで柏木さんまで困らせてる」


そう言われて、綾子は“そんなことないです。”と言いかけてやめた。事実、この数週間は不安でどうしようもなかったのだから。ただ視線を落として口ごもるしかなかった。


「あの日・・・水上部長と由紀さんが姉妹になった日ね。あの日、柏木さんも呼んだのは“一人では辛かったから”というのと、もう一つ、そんな私をちゃんと知ってほしかったからなの」

「え・・・」

「知った上で、私と一緒にいてもいいかどうか考えて欲しかった。でも、もしその場で良いお返事を貰っていたとしても、私は柏木さんの気持ちをずっと疑うことになると思って・・・」

「私が、お姉様に同情して・・・ということですか?」

「もし柏木さんが“違う”と言ってくれたとしても、すぐダメになっていたと思うわ」


そう言って、香澄は深くため息をついた。どうして良いかわからず、“お姉様・・・”と呟いた綾子を見て困ったように笑う。


「ね?情けない人間でしょう?」

「そんな・・・」


そして、また沈黙が訪れた。遠くで生徒達の談笑が聞こえる。

その談笑も聞こえなくなるほど遠くなった頃、綾子が意を決したように“あの、”と声をもらした。


「どうして、私、なのでしょうか・・・?」


たどたどしく紡いだ言葉。俯いたままでいると、自分の手に細い指が重なったのがわかった。

動揺しながら横目で見た香澄は、心地よさそうに目を閉じていた。


「あなたといると安心するわ。明るくて温かくて・・・」

「そんなこと・・・」

「あるわ。あの日、ね・・・」


ゆっくりと目を開ける。

まだ少し伏せられたままの睫が影を作っていた。


「正門で泣きたくなった時、柏木さんの顔が浮かんだの」

「私の?」

「どうしてかしら・・・。それで、振り返ったら本当にいるんだもの」


“驚いちゃった”とクスクスと笑う。なんとなく気恥ずかしくて綾子も少し笑った。


「不思議ね、あまりお話したこともなかったのに。あなたがいたらって思ってしまうの」

「お姉様・・・」

「・・・でも、私は頼りな「そんなことありません!!」」


思わず大声で遮っていた。香澄の手に自分の右手をしっかりと重ねて捲くし立てる。


「お姉様のおっしゃる、お姉様の“弱いところ”、確かに見ました!でも、やっぱり私は、お姉様は素敵な方だと思っています!」


目を丸くして圧倒される香澄にも気づかないほど必死になっていた。

ただただ、香澄を悲しませたくなかった。


「女々しくたっていいじゃないですか!女の子なんですから!!」

「柏木さん・・・」

「私、お姉様のこと大好きですよ!!」


そう叫ぶように言って我に返った。

唖然としている、みんなの憧れの人。いつの間にか、綾子にとっても憧れの人。

その手を押さえつけるように握っている自分の手。わめき散らした故の喉の痛み。その全てに顔が熱くなった。

“あの、その、”とうろたえた様子で何度も呟きながら俯く。熱い顔とは裏腹に全身が冷え切って震えているような気がした。


「柏木さん」

「えっと、ですから・・・あの・・・」

「柏木さん、」

「その、もっと自信を持って、ですね・・・」

「・・・綾子、」


その声に、大げさなほど肩が跳ねた。そして床と自分の身体しか見えなかった視界に白い手が差し込まれ、綾子のリボンタイに触れる。

“綾子、”もう一度呼ばれてゆっくりと顔を上げる。夕日の中、聖母が微笑んでいた。


「これ、私にくださる?」


胸が高鳴り、唇は震えて、たった一言を発するのにどれほど時間がかかっただろうか。


「・・・はい」



自分のタイを解き、目を閉じてほんの少しお辞儀をするように上半身を前へ傾ける。

タイと自分の制服が擦れる音を聞きながら体を起こす。

上級生から行うのが暗黙の了解。

きちんと美しく結べたら、下級生がそれに倣う。



自分の物よりほんの少し新しいリボンタイに指先で触れながら、香澄が微笑む。


「よろしくね、綾子」

「あ、えっと・・・こちらこそ、よろしくお願いいたします」


オドオドと頭を下げて、上目遣いに香澄を見る。優しい笑顔は何かを待っているようで、そして何を期待しているのか察した綾子は顔を真っ赤にした。


「・・・・・・香澄、お姉様」


今日もまた学園のどこかで、美しい花が咲き誇る。


ありがとうございました。次の主人公に引き継ぎます。

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