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白鷺の乙女たち  作者: 21。
大和撫子
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綾子と香澄 4

どんなタイミングで、どのようなやり取りの後に家に帰ったのか、綾子はあまり覚えていなかった。

混乱して失礼なことを言ってはいないだろうか。と不安に思ったのはほんの一瞬で、あとはただただ漠然と悩んでいた。


『私だけの妹になってくださらない?』


あの放課後から二週間経った今も、香澄は返事を要求して来ないのである。


----------


「お相手って、國永様だったのね・・・」


放課後、校舎の一角にあるカフェに綾子と琴美の姿があった。

休み時間と放課後のみ営業するこの場所は生徒達のお気に入りの場所であり、特に放課後は多くの生徒・職員で賑わっている。

だが中庭に突き出たガラス張りのスペースは外の視線が気になるのと、時折ぶつかってくる虫や雨の日のカエルの恐怖があるため、生徒達からは敬遠されがちだ。 オープンなスペースでありながら、内緒話をするには最適の場所なのである。

2人はそこにいた。


事の次第を聞かされた琴美は、ミルクレープをつつきながら上目遣いに友人を盗み見る。

この二週間ほど、日に日に元気を無くしていく友人は、もはややつれて見える。


「それで・・・何がお悩みなの?」

「お姉様が何をお考えなのか、全然わからなくて・・・」


綾子の浅いため息で、彼女の前に置かれたままの紅茶がわずかに波打った。


「何も聞かれないの」

「何もって?」

「お返事とか、何も。部活で会っても普通だし、お話もするし・・・」


“ん~・・・”と首を傾げながらふと、通り過ぎていく気配に向けた琴美の目が上級生らしき2人を捉えた。

2人はこちら、というより綾子を見ながら何かコソコソと話しているようだったが、琴美と目が合うと急ぎ足で近くのテーブルへ向かっていった。

見覚えのない2人の行動に眉を顰める琴美に、綾子が気づく。


「琴美さん?」

「ん?大丈夫、ちゃんと聞いてるわ。そうねぇ・・・」


ミルフィーユを一口食べる。その顔は恋をした友人から相談を受けているような、どこか楽しそうに見えた。


「それはまず置いておいて。もしお返事を聞かせて欲しいと言われたらどうするの?お受けするの?」

「・・・それもわからないの。どうしたらいいのか・・・」

「“断る”って即答もしないのね」


琴美の言葉に綾子が萎れてしまったように見える。しばらく黙って、やがて深くため息をついた。


「嬉しいの。嬉しいんだけど・・・私じゃ釣り合わないと思う」


友人の弱音を聞きながらチラリと他のテーブルを見る。また先ほどの上級生と目が合い、逸らされた。

しかもいつの間に増えたのかテーブルをくっつけて総勢5人、その全員が綾子を見ていたようだ。


「私なんて、本当に普通で・・・何も秀でた所なんてないし・・・。お姉様が何も言わないのは、もしかして気が変わったのかな・・・」


“なんてね”と言いながら泣きそうな顔で綾子が笑う。

釣られて眉をハの字にしながらカフェラテを一口飲み、琴美が苦笑を浮かべた。


「まぁ、確かにお姉様が有名人っていうのはちょっとプレッシャーかも」

「あ、そっか。琴美さんのお姉様って生徒会長の妹さんだよね?」

「えぇ。まぁ、それはそれとして・・・個人差はあるだろうけれど、妹よりお姉様に当たる上級生の方が優れているのって普通だと思うな」


そう言って、ミルフィーユの最後の一口を片付けた。


「それに、即答で受け入れちゃうミーハーな子達より、そうやって悩んでいる綾子さんの方が何倍も“ふさわしい”と思うよ」


それを聞いた綾子が複雑そうな微笑で、やっと自分の紅茶を一口飲んだ。


「あと、わからないなら聞いてみたらいいと思う」

「え?」

「わからないことはちゃんと聞いて距離をつめないと、姉妹どころかお友達だって難しいと思わない?」


にっこり笑い、また視線を横へずらす。例の上級生達が一斉に俯いた。不快感が顔に出ているのを琴美自身わかってはいたが、抑えられそうになかった。


「琴美さん?」


恐る恐る、といった様子で声をかける友人にも答えず、冷めたカフェラテを一気飲みすると乱暴にカップを置いた。

“ガチャン!”という音と共に思い切り立ち上がると、綾子が肩を大きく揺らしたのがわかった。


「ちょっと失礼するわね」

「え、琴美さん?!」


笑顔でそう言い残すと、まっすぐに上級生達のテーブルへ向かう。

突然のことについていけない綾子は、呆然と見送るしかなかった。

鬼気迫る顔で向かってくる彼女に上級生の一人が気づいた。途端に慌てだした5人のテーブルにたどり着いた琴美は全員を見渡し、姿勢を正す。


「お邪魔して申し訳ありません、お姉様方」


そして深く頭を下げる。身構えていた5人はあっけにとられ顔を見合わせていたが、次の瞬間、琴美が素早く顔を上げるとまた一斉に肩に力が入ったようだ。


「先ほどから、失礼ではありませんか?」

「え・・・っ」

「ずっとこちらを見て、何か話されているのはとても不快です。おやめください」


毅然と言い放つ彼女にやっと一人が言い返した。


「別に、あなたを見ていたわけじゃ・・・」


“えぇそうですね、”と一回り大きな声で威嚇する。


「私、わけもわからないままに友人が見世物になっているなんて、許せないんです」


ピシャリと切り捨てる。ただごとではない雰囲気に周囲の生徒達の視線も集まりだした。居心地が悪そうにしている5人と、じっと見下ろしている琴美。双方見合っているのは、動かないからか、動けないからか。

よくわからないが、どうやら原因は自分だと悟った綾子はオロオロと周囲を見渡す。その時、足早に近づいてくる人影を見て“あっ”と小さく声をげた。


「公衆の面前で、はしたなくてよ」


そう言って、琴美の肩に手を置いた人物を見て5人の顔が青くなったのがわかった。


「お姉様・・・っ」


琴美の顔にも焦りが浮かぶ。長身で黒髪の彼女、高堂一葉は、香澄と並んで2年生内の有名人であり、生徒会長と血の繋がった妹であり、琴美の“お姉様”であった。

5人と彼女は面識があるのだろう。一葉は口元だけでにこりと笑った。


「ごめんなさい、こんな所で」

「いえ、別に・・・」

「けれど、意味もなくこんなことをする子じゃないの。理由を教えてくださらないかしら」


元々より少し低い声色のせいもあって5人は萎縮したように声を発さない。

じっと自分達を見る琴美と一葉の眼力、そして周囲からの様子を探るような気配にいたたまれなくなったのか、意を決したように一人が立ち上がった。


「別に、たいしたことではないから」


少し頬を赤くしてそう言うと、まだ呆然と座っている友人達に“行きましょう”と声をかけ一足先にその場に背を向ける。

まだ何か言いたそうな琴美を抑えるように、彼女の肩に置かれたままの手に力が入ったのが綾子からも見えた。

結局その手から琴美が解放されたのは、5人がすっかりカフェから見えなくなり周囲の雰囲気が落ち着いた頃だった。


「・・・申し訳ありません、ありがとうございました」


頭を垂れる妹に一葉が浅くため息をつく。


「外まで野次馬ができていてよ。何事かと思えば・・・。場所を考えなさい」

「はい」

「けれど、よく頑張ったわ」


その言葉に上目遣いで姉を見る。その表情は未だ呆れているようにも見えたが、口元はわずかに笑っていた。

それを見て、心の底から嬉しそうに笑う友人を綾子は羨ましく見ていた。


『いいなぁ・・・』


何が原因で騒ぎになったのかも明確にはわからないままであったが、今はただ、大好きな姉に信頼してもらっている彼女が羨ましかった。


『私も、あんな風になれるのかな・・・』


2人に自分と香澄を重ねてみる。鮮明には想像できなかったが、何週間か前にはありえなかったその可能性を思い描いていると、一葉と目が合った。

途端に現実に引き戻された。挨拶もしていないことに気づくと一気に血の気が引く。

真っ白になる頭の中でようやく“身だしなみは、”と己を省み始めた頃にはすぐ目の前に彼女がいた。


「ご、ごきげんよう!」

「ごきげんよう。あなたが柏木綾子さんね?」


深く頭を下げる。声が裏返ったがやり直しなどきかない。

しかし、そんな失敗など気づいていないような声色が返ってきたことに内心ホッとしながら顔を上げる。


「はい」

「琴美が色々と話してくれるから、覚えたわ」

「あ、私もいつも色々と、お話は伺っています」

「あら、私達はいつも何を言われているのかしらね」


チラリと横目で見られた琴美が誤魔化すように笑う。


「柏木さん」

「あ、はい!」


改めて姿勢を正す。


「・・・今は色々と居心地が悪いかもしれないけれど、すぐ治まるわ」

「え?」


戸惑う綾子を尻目に一葉は2人に背を向けた。


「それじゃ、ごきげんよう」

「ごきげんよう」


機嫌よく見送る琴美の隣で、綾子は困惑するしかなかった。


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