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白鷺の乙女たち  作者: 21。
白鷺の乙女達
30/31

乙女達

放課後の体育館はいつも運動部の掛け声で活気づいている。

バスケットボール部、バレー部、雨の日は陸上部が集まってそれは賑やかなものだ。

だが今日はそんな声は聞こえてこない。中を覗いてみれば制服姿のままの乙女達が忙しそうに動き回っている。

壁にかけられた紅白の幕に、ずらりと並べられたパイプ椅子。


明日は卒業式だ。



「お姉様」


壇上で花を生けていた香澄はその声に振り返った。

演台を挟むようにして置かれた2つの大きな壇上花を完成させるには、まだまだ時間がかかるだろう。


「お花、届きましたよ!」


新聞紙で花束にされた胡蝶蘭を腕に抱き、綾子がにっこりと笑う。

“ありがとう”と香澄が微笑み返す様だけで2人の関係が良好であることが伺える。


パチン、体育館内は静かにざわついているというのに壇上には2人だけ。鋏の音もよく聞こえる。


「・・・いよいよ明日なんですね、卒業式」


香澄に一輪ずつ花を渡しながら、しんみりと綾子が呟く。“そうね”と返して香澄が次の花を指示する。

彼女の妹になってから綾子は花の種類に詳しくなった。


「早いものね。綾子が入学したのはつい最近のようなのに」


花を整えながらふふっと笑って右手を綾子に差し出す。だが、その手に次の花が置かれることはなかった。

不思議に思い振り返ってみれば、胡蝶蘭を手に俯いていた。表情がどこか暗い。


「・・・綾子?」

「・・・お姉様も、いつか卒業してしまうのですよね」


そう言って胡蝶蘭を香澄の手に乗せる。その一輪から綾子が感じている寂しさが移ってしまったようで、香澄の胸がチクリと痛んだ。


「・・・そうね。けれど、まだ先のお話」

「一年なんてあっという間ですよ」

「そうかもしれないわね。けれど、思い出はたくさん作れるわ」


“それにね、”と不安そうな顔をする妹に姉は優しく微笑みかける。


「卒業したからといってお別れになるわけではないでしょう?」


白鷺での縁は一生の縁。この学園で仲を深めた者同士は死ぬまで縁が続くという。

誰がそんな噂を語り始めたのかは定かではないが、きっとそこには自身の縁が切れないことを願う乙女心が隠れているのだろう。


この制服を脱ぐ日が来ても2人の縁は変わらない。香澄の言葉に綾子は少し安心したように笑みを浮かべた。

“そうですね”と独り言のように小さく返事をして次の花を手に取った。


----------


「いよいよ明日ですねー。卒業式」

「・・・そうね」


最後の練習をしている吹奏楽部の音色を聞きながら琴美と一葉は正門への道を歩いていた。

はぁーっと白い息を吐きながら感慨深い様子の琴美に対し、一葉は平然としている。


「生徒会長が卒業・・・。なんだか寂しいですよね」

「そう?私は別に」

「だって、いなくなってしまうんですよ?」


“寂しいですよね?”と食い下がる琴美に一葉は困ったようにため息をつく。


「家に帰ればそこにいるもの。私は寂しくないわ」


そう言われて琴美は“あっ”と言葉をあげた。2人が血の繋がっている姉妹であることをすっかり忘れていたのだ。えへへと誤魔化すように笑うのを見て一葉がまたため息をつく。


「えっと、生徒会長は卒業したら白鷺女子大ですか?」

「そうみたいね」

「一葉お姉様はどうするのですか?」

「私も、今のところは同じね。・・・あなたはどうなの?」


“へ?”とすっとんきょうな声を上げた琴美を一葉は呆れたような目で見ている。


「人のことより、あなたの進路はどうなのかと聞いているの。考えていて?」

「わ、私はまだ1年生ですよ?」

「何を言っているの。すぐ2年生でしょう?きちんと考えなさい」


うぅ、と嫌そうな顔をする。

だが高等部の3年間などあっという間なのだ。進級すればすぐに進路相談の面談がやってくる。

そんなことは琴美もわかっていた。


「・・・相談くらいなら、乗ってあげるから」


淡々とした優しい言葉に琴美は一葉を見る。こうして並んで帰るとき、一葉はあまり琴美の方に顔を向けない。

琴美がどんなにはしゃいでいても、落ち込んでいても顔は向けずに視線を投げるだけ。必ず、視線は投げてくれるのだ。


「本当です?」

「当たり前でしょう。お姉様なのだから」


一葉のことを“怖いお姉様”だと思っている友人は大勢いる。

だが、琴美が道を見失っていれば足を止め、どんな時も手を差し伸べてくれる、こんな優しいお姉様を琴美は他に知らない。

それを知らずにいる友人達がもったいないと思う反面、できればこのまま誰にも知られずにいて欲しいとも願わずにはいられなかった。


----------


ステンドグラスが赤く染まる図書館に何度目かの露子のため息が溶けた。

チラホラと残っていた生徒達はいつの間にかいなくなり、まるでこの世には双子しかいないのではないかと思わせるような静寂が広がっていた。


「今日はため息が多いのね、露子」


読みかけていた本をそっと閉じながら鈴子が言う。露子が選び、持って来たはずの本はいっこうに開かれる気配がないままだ。

“だって、”とため息の中で力なく鈴子が言う。


「明日は卒業式なんだもの」

「あら、私たちには関係のないことだわ」

「関係あるわ。だって卒業式が終わったら、私達2年生よ?お姉様なんて、きっとこのまま見つからないのよ」

「そうかしら」


鈴子はほんの少し、首を傾げる。


「今の3年生が卒業して、新しい1年生が入ってくれば新しい風が吹くかも」

「新しい風?」

「環境が変われば人だって変わるわ。今はまだ素敵に見えなくても、花開くお姉様だっているかもしれないじゃない」


そう言った片割れを、露子は心からの羨望の眼差しで見つめる。


「あなた、賢いのね」

「ありがとう。あなただって同じくらい賢いと思うわ」

「その考え方って素敵」

「でしょう?」


“新しい風”と呟いて、露子が少し笑う。


「吹くかしら。楽しみだわ」

「えぇ、楽しみね」


環境が変われば人も変わる。

その中に自分達も含まれていることも、思いもしない風が吹くことも、2人はまだ知らない。


----------


「千鶴、終わった?」

「あとこれだけです」


生徒会室では奏と千鶴が卒業式最後の準備を終わらせるべく、頑張っていた。

奏の傍らには紅白の短冊状の紙。丸めては繋ぎ、床に置かれたダンボールの中へ少しずつ入っていく。

千鶴の傍らには紅白のペーパーフラワー。こちらもまた大量に作られてダンボールの中へ。

このような準備など一週間も前に終わらせたはずだった。ところが、いざ飾り付けてみれば数や華やかさが足りない。

こんな土壇場で各部活動に手伝いを頼むこともできず、結局は2人でこなすことにしたのである。


「いよいよ、卒業式ですね」

「・・・そうね」

「会長がいなくなってしまうって・・・なんだか実感がわかないです」

「・・・そう?」


いつにも増して口数が少ない姉をチラリと見る。いつものように無の表情で、しかし仕事は丁寧だ。

やがて先に終わった奏が千鶴の向かいにやってきた。

"手伝うわ"と言い終わらぬうちに作業に入る。


「寂しい、ですよね」

「あなたはそうかもしれないわね」

「お姉様は違うのですか?」

「幼馴染で、家も近いの。一葉とも同級生でお宅にお邪魔することもよくあるし、これで寂しがる方が難しいのではなくて?」


違う、と千鶴は直感的に思った。奏の言っていることは最もだ。だが、今まで当たり前のものとして過ごしてきた学園生活から1人欠けるのだ。それもただの上級生ではなく、たった1人の人が。

なんでもないことのように振舞う奏がもどかしく、"でも、"と思わず言い返しそうになったその時、生徒会室のドアが開いた。


「あら、まだ残っているのねぇ」


高堂揚葉その人が笑顔で入ってきた。


「あ、ごきげんよう会長!」

「はい、ごきげんよう。私も手伝おうかしら」


言うや否や近くから椅子を引いてきて座った。


「いえ、そんな!卒業生なんですから!」

「どうぞ、お姉様」


固辞しようとする千鶴をよそに奏がペーパーフラワーを渡してしまった。

嬉々として花を作り始めた彼女をどうして止めることが出来ようか。結局3人三角形に座って作業が続行された。


「明日卒業するなんて、なんだか実感がわかないわ」


出来上がった花の出来を確認しながら揚葉がくすりと笑った。


「あ、私もです。さっき2人で寂しいとお話していたんですよ?」

「あら、奏も寂しがってくれているの?」

「・・・そんなわけがないでしょう。家も近いのですから」


そのそっけない言い方に揚葉が傷つくのではないかと千鶴はヒヤヒヤする。

こうして話せるのも最後だと思うと、余計にもどかしく感じた。


「聞いた?冷たいわよね」


だが、奏に引けを取らないほど美しく聡明で、奏のそっけなさを容易くかわし、時にはこうして茶化してみせる。

そんな人材は学園広しといえど、きっと揚葉しかいないのだ。

この2人は一緒にいて当たり前のもの。見ていてハラハラとするこの光景がもうどこか懐かしく、千鶴は少し鼻が痛くなった。


「それにしても、こういう飾りは毎年作っているのですか?」

「そうよ。去年も作ったし」

「一回使ったら捨ててしまうのですか?」


入学式や卒業式、千鶴が通っていた小中学校ではある程度使いまわしていた。もちろん痛んだ物は作り直し、足りない物は新しく用意してはいたが、まったく初めから用意などしたことがない。

"そういうわけではないのよ"と揚葉が微笑む。


「持って帰ってしまうのよ。卒業生が、ね」

「えっ?」

「こんなもの、持って帰ってどうするのかしらと思っていたけれど・・・」


目を丸くする千鶴に揚葉はいっそう微笑みを深めて、次の花を作り始める。

その手つきは1つ1つの花を慈しんでいるように見えた。


「今ならわかる気がするの」


過ぎ去りし日々に思いを馳せ、共に過ごした仲間達への手向けの花を咲かせる乙女。

自分がいつかこの学園を去る時、この人に少しでも近づけているだろうかと密かな憧れを胸に抱きながら、千鶴もまた1つ咲かせた花を箱の中に落とした。


「お姉様は持って帰らないでくださいね」


ところがそこへ水を差す、もう1人の乙女。


「あら、いいじゃない」

「迷惑するのは次の学年です。皆様が持って帰ってしまうにしても、生徒会長お1人くらいは自重なさってください」

「奏、私は明日卒業するのよ?最後くらい優しくしてくれてもいいのではなくて?」

「立つ鳥跡を濁さずと申します」


ピシャリと言い切る奏と、それを受けても"冷たいわね"と笑う揚葉。

2人にとってはこれが当たり前であり、この関係で上手くやってきたのだとわかっていても、卒業式を目の前にしてもそっけない奏の姿は千鶴の心をざわつかせた。


歯がゆさともどかしさを感じながらも、それを声に出せるほどのおせっかいは千鶴にはまだできなかった。

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