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白鷺の乙女たち  作者: 21。
百合の花
29/31

奏と千鶴 5

“そろそろ良い頃ね。”奏の言葉を生徒会室に残して、2人は外へ出た。

恐れていた風紀委員達との遭遇もなく、校舎からの脱出に成功した千鶴は安堵の息を吐き、それを見て奏がくすりと笑う。


「そういえば、言い忘れていたわ」


2人並んで歩く正門までの並木道の途中、奏が口を開いた。

周囲はすっかり夕暮れ色に染まり、運動部の気配もない。聞こえるのは2人が歩く音と、お互いの声だけだった。


「これ、生徒会役員の証明なのよ。私は今、書記会計」


襟元に鎮座する百合のピンズを千鶴に見せると、“あぁ、なるほど”とスッキリとした気持ちで頷く。


「このまま何事もなければ、来年度は副会長。私の妹ということは、あなたが次の書記会計になるの」

「入学を嫌がっていた人間に、生徒会役員ですか・・・」


とんでもないことを言う、と千鶴が苦笑いする。

そんな彼女に“嫌?”と問う奏の微笑みは、頑固で意地っ張りな千鶴を煽っているように見えた。


「どうしても嫌なら、回避もできるわよ?」

「・・・もう、こうなったら、とことんやってやりますよ」

「それでこそ、私の妹よ」


それはあまりにもサラリとした一言だったのだが、千鶴は本気で自分を妹にするつもりなのだと実感し、その美しい横顔に口元が緩むのを必死で耐えた。




「さぁ、ひとまずはしばらくお別れね」


正門をくぐれば、そこには2人別々の日常が待っている。

逆方向へと帰るため、ここでお別れというわけだ。迎えを呼んで送ろうかと言う奏の申し出を、千鶴は丁重に断った。宇都宮奏という人を知り、また尻込みしてしまう気がしたのだ。


「色々と、ありがとうございました」

「えぇ本当に。色々と、ね」


顔を見合わせて少し笑う。

後ろ向きな気持ちでやってきた少女が前向きな気持ちになって帰っていくのだから、どこで何が起こるかわからない。


「いいこと?必ずここへ来なさい。入学式の日、私はここで待っているわ」


ザァッと風が吹いて、わずかに乱れた髪が奏の眼鏡にかかる。それを耳にかける姿も美しく、千鶴の頬に赤みが差す。


「はい!絶対、約束です!」

「次に会う時、私のことは“奏お姉様”とお呼びなさい。この学園の規則だから」


“はい!”と元気よく答えた千鶴に奏は目を細める。


「それじゃあ、ごきげんよう。気をつけてお帰りなさいね」

「あ、ご、ごきげんよう!」

「それも、練習しておきなさい」


ぎこちない挨拶にふふっと優しく笑みを残して、奏は千鶴に背を向けた。

1度も振り返る様子もなく風の吹く道を去っていく背中を見つめていると、この1日が全て夢か妄想であったのではないかとすら思う。

しかしこの日、千鶴は白鷺学園を冒険したのだ。時間をかけ、ピンチを切り抜け、そして手に入れたのは一歳しか違わないとは到底思えないお姫様。

みるみる小さくなっていく彼女に背を向け、千鶴もいつもの日常へと歩を進めた。


「ごきげんよう。ごきげ、ん・・・ごきげんよう」


イントネーションを変えてみたり、言葉に緩急をつけてみたり、自宅へと向かいながら練習をしてみる。

その言葉にはやはり違和感があり、奏のそれとは違うように思えたが、最初に口にした瞬間よりはマシになっているような気もした。


「ごきげんよう・・・」


何度目か、一人きりの挨拶の後でふと奏の顔が脳裏をよぎる。


「・・・ごきげんよう・・・奏お姉様」


その瞬間、ハッとして思わず唇に指先で触れた。

嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えないむずがゆい気持ちがジワリジワリと広がっていく。

ふふっと笑いが漏れて、決して走ってはいけない制服のままアスファルトの道を駆け抜けた。



桜舞う4月。今年はやけに風が吹く。常に吹いているわけではないが、突発的に吹く強い風が桜並木を揺らして、花びらが全て散ってしまうのではないかと心配になる。

新品の制服に身を包み、正門前で保護者と分かれる新入生達の塊から少し離れて、奏は一人待っていた。

時折かけられる“ごきげんよう”の声に顔を上げては、見知らぬ顔に取り繕った笑顔で“ごきげんよう”と返す。

正門の柱に背を預け、少し俯いていれば何人もの足が視界を通り過ぎていく。そうして何人の革靴を見送っただろうか、1人分のまっさらな革靴が奏の前で止まった。


「・・・あの、」


自分に向けて綺麗に揃えられた足とその声に、奏は確信を持って顔を上げた。

待ち焦がれた気持ちなどおくびにも見せず、そこに彼女がいることがさも当然のことのように、ゆっくりと顔を上げ微笑む。


よく似合う紺色の制服。まっさらな革靴、通学用鞄。あの時より少し髪が長い気がする。

肩に桜の花びらがついていることには気づいていないようだ。


「ごきげんよう、・・・奏お姉様」


少し恥ずかしそうに微笑む下級生には、余裕ある微笑みで応えてこそ。


「ごきげんよう、千鶴。入学おめでとう」


鎮座する花びらを指でつまみ、風に返す。変わりに、白い襟元にキラリと光る百合の花を咲かせてやった。

奏と同じ百合のピンズ、生徒会役員の証。奏の物よりもツヤツヤと輝いて見える。


「さぁ、行きましょう」


優しい姉の言葉に“はい!”と大きく返事をすると、千鶴は一歩、白鷺学園の敷地へ足を踏み入れた。


ひらりひらり、風に踊る桜と青空、校舎の白。

何をとっても美しいこの世界の中でこれから始まる千鶴の学園生活は、明るいものでしかありえない。


ありがとうございました。


次が【白鷺の乙女たち】最終話になります。

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