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白鷺の乙女たち  作者: 21。
百合の花
26/31

奏と千鶴 2

やがて、放課後になった。

慣れたもので、その頃になると俯くのをやめ、前を向いて歩くことができるようになっていた。

不審な動きをしなければ同じ制服を着たそう歳の変わらない自分を、誰も“部外者ではないか”などと疑わないとわかったからだ。


『わぁ・・・カフェもあるんだ・・・』


生徒で賑わうカフェを覗きながら歩く。何人かとすれ違ったが特に気にもしなかった。ところが、


「そこの方、ちょっとよろしい?」


それは何人目かの生徒とすれ違った直後だった。思わず足が止まるが、振り返ることはできなかった。

今の言葉は自分にかけられたものだ、と振り返らなくても確信できた。と同時に鼓動がどんどん速くなっていく。

“バレた”。その言葉が脳裏を駆け巡り、血の気が引くのを感じながら一歩も動けなかった。


「ちょっと、こちらを向いていただけない?」


少し低めの耳障りの良い声が一歩ずつ近づいてくる。


『どうしよう、どうしよう・・・』


部外者であるとバレて、晒し者にされ、親や学校にも連絡されるだろう。

どうしてこんなにも堂々と歩いてしまったのかと後悔だけが胸を締め付ける。


「ねぇ、聞こえないの?」


どこか不審そうな声と、肩に指先が触れたその瞬間、千鶴は弾かれたように走りだした。


「あっちょっと!!」


後ろからの声にも振り返らず全力で廊下を走る。すれ違う生徒達が目を丸くして見ているが、止まれば捕まるという恐怖から後ろを見ることも出来なかった。

何人かの生徒とすれ違い、何人目かの生徒を追い抜いたその時、何かの部屋に入ろうとしていた生徒が千鶴を振り返った。

目が合い、千鶴はハッとした。今朝出会ったあの少女だった。

彼女もまた驚いたような顔で千鶴を見送る。走りながら思わず一瞬振り返り、無意識のうちに角を曲がる。前を向き直れば、行く先に3人の生徒が立っていた。

突然目の前に飛び出してきた生徒に目を丸くする3人に驚いて、千鶴の足が止まった。

扇形に並んだ3人のうち、一歩先に出ていた生徒が眉間に皺を寄せたのと、千鶴が止まったのはほぼ同時だった。


「・・・廊下を全力疾走だなんて・・・」


息を切らす千鶴をキッと睨み付ける。声が怒りで震えていた。


「なんてはしたない!」

「ご、ごめんなさい!」


頭を下げる瞬間、その生徒の右腕に“風紀”と書かれた腕章が見えた。

制服の乱れや学園にふさわしくない行動を窘めるために巡回していた風紀委員に見つかってしまったのである。

“ごめんなさい”。学園内ではあまり聞かれない言い方に委員の眉がピクリと動く。


「あなた、何年生?」


そう聞く彼女の威厳はどう見ても1年生ではない。学年が違えば大丈夫かと恐る恐る答えた。


「い、一年、です・・・」


すると彼女は怪訝な目を千鶴に向けたまま右後ろに控えていた生徒に顔を向けた。


「あなた、同じクラス?」

「いいえ、私のクラスにはいません」


聞かれた生徒が1年生だと知った瞬間、千鶴の顔から血の気が引いた。

ジッと千鶴を見て首を振った後輩に“そう”と頷き、品定めするように視線を走らせながら問う。


「あなた、何組なの?」

「えっ」

「1年何組なのかと聞いているの。何組?」


その声は静かで落ち着いているが、不信感がにじみ出ている。

そもそも何組まであるのかさえ知らない千鶴は、蛇に睨まれた蛙のように萎縮したまま固まってしまった。


「どうしたの?自分のクラスが言えないの?」


今朝の少女、國永香澄は“5組”だと言った。ということは1組から4組もあるのだろう。適当に答えてしまおうか、しかしもし目の前の1年生がそのクラスだったら・・・。

胃の痛みが最高潮になった時、決定打が打たれた。


「・・・ちょっと、先生を呼んできてちょうだい」

「はい」


その言葉に千鶴はビクッと肩を震わせ、一瞬呼吸が止まった。

しかし“終わった”と思ったその時、後ろからふわりと良い香りがした。


「その必要はありませんわ、風紀委員長」


聞き覚えのある声と同時に千鶴の両肩に手が置かれる。キョトンとする千鶴のやや後ろをみて風紀委員が少し驚いたような顔をした。


「宇都宮さん?」


そこでやっと千鶴も振り返ると、自分の頭より少し高い位置に整った顔があった。

栗色の長い髪を1つに編みこみ、細い銀縁のメガネをかけたその生徒は、明らかに頭がよさそうで大人びていた。


「この子、私の友人ですの」


そう言って千鶴を見た。さきほど自分を呼び止めた声は間違いなくこの生徒のもののようだが、何がどうなっているのか千鶴にはわからない。


「ほら、タイが裏返ってる。人の話はきちんとお聞きなさい」


そう言いながら千鶴のリボンタイを結びなおす。その様はまるで、“世話のやける友人へのいつもの行動とお小言”のように自然だった。

初対面のはずの彼女が何を考えているのかわかるはずもなく、千鶴はおもちゃのように何度も小刻みに頷くだけだった。


「廊下も走っちゃいけないでしょう?」

「あ、は、はい」

「ちょ、ちょっと!」


置いてきぼりをくらった風紀委員長が再び食って掛かる。だが相手は千鶴ではなく、“宇都宮”と呼ばれた少女だった。


「あなたのお友達って・・・じゃあ、この子は何組なの?自分で言えないようだけれど?」

「あら、それは仕方ありませんわね。この子、自分のクラスを知りませんから」


“は?”と面食らう委員長に彼女は微笑む。


「この子、病弱で・・・入学式にも出ていませんの。“このまま退学”なんて話もでていたくらいですから、先生方にもあまり公にしないようにお願いしていて・・・」


涼しい顔で、スラスラと言葉を並べていくさまを千鶴は目をパチパチとさせて見ているしかなかった。


「ですから、今からクラスを聞きに行くところです」


“それにしても、”と優しい微笑みを千鶴に向ける。だがその笑顔と裏腹に、両手は千鶴の両肩をしっかりとつかんだままだった。


「廊下を走れるくらい元気になってよかった」


その力が、千鶴には“余計なことは言うな”と言っているように感じた。 “この人に逆らってはいけない”と本能が告げているような気さえする。

優しい微笑からにじみ出る威圧感に千鶴が引きつった笑みを浮かべていると、風紀委員長が浅くため息をついた。


「まぁ、あなたの友人だというなら問題ないでしょうけれど」


そして視線を千鶴に戻した。


「あなた、それくらい自分でおっしゃい」

「申し訳ありません。人見知りもあるもので・・・」


すかさず少女が答えると、“まぁ、いいわ”とため息をついてジッと千鶴の顔を見つめる。


「・・・よりよい学園生活を」

「は、はい!」

「ごきげんよう、宇都宮さん」

「ごきげんよう」


“行きましょう”と控えていた2人に声をかけて、風紀委員一行は2人の脇をすり抜けた。

風紀委員達の足音が遠ざかっていく。だが、両肩に置かれた手は依然力が入ったままで、千鶴は自分のすぐ横から漂ってくる威圧感に萎縮していた。

それでも、“助けてもらった”という気持ちはあったらしく恐る恐る口を開いた。


「あ、あのぅ・・・」

「はい、かいいえ、で答えなさい」


その声は極めて小さなものだったが、千鶴の声を抑えこむほどの力は持っていた。


「あなた、本当にここの生徒?」


その問いかけにぐっと息を呑む。俯いたままでも“答えるまで許さない”という気配はしっかりと伝わっていた。


「嘘をついてもすぐにわかるから・・・よく考えて答えなさい」

「・・・い、“いいえ”・・・」


正直に声を振り絞るしかなかった。答えた途端、スッと両肩が軽くなった。と感じた次の瞬間には右手首をしっかりと掴まれていた。

“来なさい”と呟くように言うと、少女は千鶴の手を掴んだままどこかへと歩き出した。


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