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白鷺の乙女たち  作者: 21。
絵画の逢瀬
20/31

琴美と一葉 5

「学生コンクールの受賞作品?」


授業が終わり、ぞくぞくとクラスメイトが退出していく美術室で琴美は担当教師にあるお願い事をしていた。


「何かありませんか?そういうのが載っている何か」

「そうねぇ・・・」


そもそも琴美が一葉の作品を初めて見たのはある雑誌の特集ページだった。中等部で美術部に入っていた友人が賞を取り、入賞作品の1つとして掲載されたページ。そこに最優秀作品として載っていたのが一葉の絵だったのだ。

であれば、学校の美術担当教師なら他にも掲載されている雑誌などを知っているのではないか。そんな期待をぶつけてみた次第である。


「あなた、高堂さんの作品が見たいんでしょう?」

「え、どうして・・・」

「私は美術部の顧問よ?部活終わりに逢引してるらしいじゃない」

「逢引って・・・そんなんじゃありませんー」

「はいはい。でも、毎日のように部活が終わるまで待つくらいなら、いっそ入ればいいじゃないの」

「いえ、私は才能ないですから・・・」

「・・・まぁ、無理強いはしないわ」


実際、琴美は美術の成績はあまり芳しくない。教師は少し考えて準備室へ消え、次に出てきたその手には数冊の冊子が抱えられていた。


「これね、一年間の学生を中心としたコンクールの入賞作品ばかり載せた冊子なの」

「こんなのあるんですか・・・」

「市販されていないから、まぁ知らないでしょうね」


サッと目を通しただけでも絵画や彫刻、書道から写真など芸術に関するあらゆる物がページを捲るごとに現れた。一番新しい物は去年のもの。そこから遡って5冊。5年分の作品が詰まっているということだ。


「高堂さんは初等部の頃から描いているはずだから、何かしら載ってるでしょう」

「あの、これ全部借りてもいいでしょうか?」


教師としてはファン精神もここまでくるとストーカーの域ではないのか、と心配にはなったが、真剣そのものとしか言いようのない琴美の様子にグッと言葉を飲み込んでうなずいた。

そんな彼女の思いなど知らない琴美は嬉しそうに冊子を抱きしめる。そのあまりの喜びように、やはり一言言ったほうがよかっただろうかとため息をつくしかなかった。



「それでこの量?」

「うん。ごめんね、手伝わせちゃって」


放課後のカフェの一角。テーブルに積み上げられた5冊の冊子を見て綾子が目を丸くする。

嬉々として冊子を借りたのは良いものの、何せ内容量が多い。冊子と言ってもそこそこの厚み、そして1ページに掲載されている作品の多さに一人では無理だと悟った結果、友人を巻き込むこととなったのだ。


「いいよ。高堂様を探せばいいのでしょ?」

「ありがとう!綾子さんはやっぱり優しい!」


量は多いが、2人いればそんなに時間はかからないだろう。何せ2人揃って“高堂一葉”の記載を探せばいいのだから。実際、1つ目の記載を見つけるのに10分もかからなかった。

1枚目は去年の作品、これは琴美も見たことがあるものだった。とはいえ他にも確実に掲載されていると確信を持った彼女にとっては、あとの4冊は宝の山に見える。

1つ、2つ、綾子は目が良いのだろうか、彼女の方が多く見つけているように思える。


「あ、ここにもある」

「え?見せて!」


それは3冊目、一葉が中等部の頃の冊子だった。“ほら、ここ”と綾子が指差した作品を見て琴美は“えっ”と声を上げる。その反応に間違っていたかと綾子が問いかけてくるが、そうではない。

琴美はその絵に釘付けになった。それは今まで見てきた風景や植物の絵ではない。紛れもない白鷺学園中等部の制服を着た1人の少女がそこにいたのである。



それから数十分後のこと、1人美術室に残っていた一葉はある音に気が付いた。眉間に皺を寄せて廊下の方を見てみれば足音が近づいてくるのがわかる。それだけならなんら問題は無い。だがその足音は確実に走っているのだ。

バタバタとうるさいものではないが、そもそも走ってはいけないのだから一葉の顔も険しくなる。

扉が開いた瞬間にはっきりと声を出した。


「走らない!」

「すみません!」


飛び込むようにして入ってきた琴美がすかさず謝る。琴美であろうことはわかっていたのか、一葉は特に驚きもしない。

ただ、叱られたというのに笑顔で寄ってくる彼女が不気味ではあった。


「・・・何?ニヤニヤして」


心底気味が悪いといった様子の彼女に、琴美は“えへへ”と笑って冊子の1ページをつきつけた。

そこにはあの少女の絵が掲載されているのだが、それを見つけた瞬間、一葉の表情が凍りついた。


「これ、見つけちゃいました!」


しかし有頂天になっている琴美はそれに気づかない。自分の手から冊子を受け取った一葉の手が震えていたことすら気づけなかった。


「高堂様ったら、人物画もお上手じゃないですか!入賞していますし!」


にこにこと喋る琴美を一葉は見ない。とり憑かれたように少女の絵を見つめているかと思えば、凍りついた表情は徐々に険しくなっていく。

そこまできて、やっと琴美が気がついた。


「高堂様?」

「やめてちょうだい」

「そんな謙遜しなくても「やめて!!」」


パンッと風船が割れたような感覚が美術室に満ちた。

初めて、それも突然に一葉から突きつけられた拒絶の言葉は琴美を動揺させた。血の気が引くとはまさにこのことか、何も言葉が出ずにいると一葉が冊子を乱暴に両手で掴んだ。


「こんなもの!!」

「ぁ・・・っだめ!!」


その細い体の中にあるとは思えないような力で、彼女は冊子を真っ二つに裂こうとした。琴美が我に返ったのは冊子の上部に裂け目が走った瞬間で、慌てて手を出す。

その結果、奪い取るように取り返した冊子はそれ以上破かれこそしなかったものの、ぐしゃぐしゃに歪んでしまった。それをギュッと胸に抱いて、琴美は泣きそうな顔で一葉を見る。


「こ、これは・・・先生からお借りしたものなので、だめ、です」


一葉も我に返ったのか、呆然とした様子で琴美を見る。ほんの数秒、お互いに見つめあったかと思えば一葉がわずかに唇を噛んで後ろを向いた。


「帰って」


一言だけ発せられたその声は、打って変わって冷静のように聞こえた。

しかし先ほど見せた動揺ぶりは尋常ではない。帰れと言われても、琴美は心配だった。


「でも、あの・・・」

「帰りなさいと言っているの!出て行って!!」


普段、こんな大声を出すことなどないのだろう。その声は少し裏返っていて、その分心からの叫びに聞こえた。

琴美は一度大きく肩を震わせ、しばしその背中を見つめていた。泣いているのか、怒りからくるものか、美しい黒髪はかすかに震えている。その背中にわずかに伸ばした手をゆっくりと下げ、“はい”と小さく答えたその声は一葉に聞こえただろうか。



間近に迫った姉妹校との交流会。その準備のために校内を忙しく歩き回っていた千鶴は、一階の渡り廊下を歩いていた。校長の捺印がされた書類を大事に持ち、これを揚葉に渡せば今日の業務は終了である。

早く帰りたいな、と無意識のうちに正門の方へ目を向けるとそう遠くはない所を琴美が歩いているのを見つけた。

琴美がそうであるように、千鶴もまた新しい友人になれるかもしれないと期待していたため、ゆっくりと歩いていくその背中に向かって声をかけた。


「琴美さん!!」


ピタリと彼女の歩みが止まった。尊敬するお姉様の前ではこんな大声は出せないだろう。

そろそろと振り返る琴美に更に言葉を投げかける。


「今日は美術室行かなかっ・・・」


だが、途中で言葉に詰まった。振り返った琴美は茫然自失といった様子で、千鶴を振り返ったままボロボロと涙をこぼしていたのである。


「ちょ、琴美さん!どうしたの?!」


自分が履いているのは上履きだ。などということは、もはや何の壁にもならない。自分が一歩踏み出した瞬間、崩れるようにその場に座り込んでしまった琴美を見て、千鶴も泣きそうになった。

嗚咽をもらしながら泣く彼女の背中を、できるだけ優しくさすった。


「琴美さん、どうしたの?大丈夫?」

「千鶴?」


優しく、優しく、声をかけていると聞きなれた声が自分を呼んだ。その声だけでなんと安心することか。

“お姉様、”と振り返ると事態を飲み込めていない奏が不思議そうな顔で見ていた。


「どうしましょう、琴美さんが!」


そう言う千鶴も今にも泣き出しそうだ。尋常ではない様子に奏も上履きのまま飛び出してきた。

“あなたどうしたの?大丈夫?”、必死に声をかける2人に答えることも出来ず、琴美はただただ涙で地面を濡らし続けた。


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