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白鷺の乙女たち  作者: 21。
大和撫子
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綾子と香澄 1


白鷺学園高等部は1学年5クラス制である。1クラス平均30名、1学年約150名程度となっている。家柄・容姿・成績などにより、学年に1人ないし2人は“目立つ生徒”が発生する。逆に言えば、残りの149名ないし148名はごくごく平均的な、“目立つ生徒”を引き立たせる存在となるわけである。

一年生の柏木綾子(かしわぎ あやこ)もその一人だった。



「ごきげんよう、柏木さん」


白鷺学園では、部活動か委員会活動のいずれかに所属しなければならない。

綾子が声をかけられたのも、茶道部の部室へと向かう道中だった。

前髪のない、前下がりのワンレンボブに整えられた茶髪をふわり、揺らして振り返る。


「あ・・・、お姉様。ごきげんよう」


高等部に入学して3ヶ月。上級生を“お姉様”と呼ぶことにも慣れた。


「今日も良いお天気ね」


同じ茶道部の2年生、笹川由紀(ささがわゆき)だった。

2人は自然と並び、他愛無い話をしながら廊下を進む。この学園では廊下を駆ける音などなかなか聞こえない。


「そういえば、もう聞いた?次の部長は香澄さんで決まりですって」

「え?もうですか?早すぎません?」

「部長から任命があったそうよ。まぁ正直、他に適任の方がいないわよね」


そう言って、彼女はくすくすと笑った。

“香澄”と言われて、綾子の脳裏には一人の女子生徒が思い浮かんでいた。

肩のやや下まで伸びた美しい黒髪。背は自分と同じくらいだっただろうか。2年生の國永香澄(くにながかすみ)と言えば品行方正、生粋のお嬢様として入学の頃から有名であった。2年生内の“目立つ生徒”の一人である。

一方の綾子といえば、成績は悪くないが、“悪くない”だけで・・・飛びぬけて目立ったところは無に等しい。


『大和撫子って、あんな人を言うのよね・・・』


ぼんやりと考えていた綾子が、笹川の“あっ”という小さな声ではじかれたように顔を上げた。


『あ・・・』


前方の茶道室の扉の前で、現茶道部部長である水上美里(みずかみみさと)と香澄が談笑していた。

香澄より少しだけ背の高い水上を、彼女はわずかに見上げながら微笑んでいる。

その笑顔に一瞬胸が高鳴ったような気がした。


「お姉様、香澄さん!」


笹川の声に、2人が振り返った。綾子に向けられた香澄の微笑みは、先程のものとはどこか違い、美しく整って見えた。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


誰からともなく口にする。


「ちょうど良かった。笹川さん、ちょっといい?」

「なんでしょうか?」


水上に声をかけられた笹川が彼女に歩み寄り、自然と2人ずつに分かれる形になった。

綾子がちらりと香澄を見る。彼女は話し合いを始めた2人をじっと見ていた。


「・・・あ、の」


自分が何か言わなければ。そう思うのは綾子の性格ゆえだった。

同級生たちが憧れる彼女が、自分の方に向き直っただけで顔が熱くなった気がした。


「部長任命、おめでとうございます」

「ありがとう。もう伝わっているのね・・・」

「女子とは概ね、噂話を好むものです」


香澄がくすくすと笑う。同じ茶道部であっても、2人がしっかりと言葉を交わしたのはこれが初めてだった。


「先に入っていましょうか」


話が終わりそうにない2人を見て香澄が部室の扉に手をかける。

見えない手に引っ張られるようにつんのめりながら、綾子もそれに続いた。



張り替えたばかりの畳の匂いがほのかに漂う無人の茶室はシンと静まり返り、遠くで運動部の掛け声が聞こえるだけであった。

水屋の前に2人並び、茶器や道具を取り出していく。

“外は賑やかね”と独り言のように呟いて、綾子に横顔を向けたまま香澄が言った。


「柏木さんは、今度のお休みはどこか行かれるの?」

「えっ?!」


綾子の体が驚きで跳ねた。それにつられたように香澄は綾子を振り返り、戸惑ったように目を丸くする。


「え、私・・・何か変なことを言ったかしら?」

「あ、い、いえ!そうではなくて・・・!」


ひとしきり目を泳がせ慌てると、綾子は恥ずかしそうに目を伏せた。


「そうではなくて、お姉様が私の名前をご存知で・・・驚いて・・・」

「あら・・・どうして?同じ部活動じゃない」

「いえ、あの・・・それはそうですが、でも・・・」


運動部に比べれば劣るとはいえ、決して人数の少ない部ではない。

しかし香澄の人柄と優秀さを考えれば部員全ての名前を覚えていてもおかしくはなかった。

そうは思っても、同級生たちの“高嶺の花”。彼女の口から自分の名前が零れ落ちたのはなんとも言いがたい高揚感と違和感に近い驚きがあった。


「・・・では、柏木さんは私の名前をご存知ではないの?」


再び水屋に向き直って香澄が問う。その口調はどこか楽しそうな、からかっているような様子だった。

そしてその問いに、綾子は素直に動揺する。


「いえ!く、國永お姉様です!」

「ほうら、ね?なら、私が柏木さんのお名前を知っているのも当たり前でしょう?」


くすくすと笑う香澄に、“次元が違う”と言い返せるわけもなく苦笑するしかない。


「でも・・・、下のお名前はわからないのよね」


香澄の瞳が再び綾子を見た。


「教えてくださる?」

「あ、綾子です。柏木綾子です」


次に香澄の口から零れた声を、穏やかな声色を、綾子は一生忘れられないのではないかと思った。


「綾子さん、綾子さんね」



白鷺学園では、上級生が下級生を呼ぶ時は名字が基本と決まっている。

親しい間柄なら名前で呼ぶことはあるが、これはタイを交換した相手など、いわゆる“身内”にのみ適応されるのが暗黙の了解である。

他意はないとはいえ、初めて上級生から、しかもこの美しい人から呼ばれたのかと思うと心がきつく締め付けられるようだった。

しかし夢のような瞬間は、遅れて入ってきた水上や笹川達の存在により、あっけなく終わってしまったのだった。


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