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白鷺の乙女たち  作者: 21。
あなたを探して
15/31

鈴子・露子・菊乃 9

「あの、菊乃さんから連絡がありました!」


その知らせを2年生の教室まで持ってきた彼女は息を切らしていた。決して走ってはいけない廊下を一生懸命に急いできたのだろう。

“明日から登校するそうです”という言葉に、鈴子と露子の胸がざわついた。


「それで、つきましてはお2人にお願いがあるそうで・・・!」


----------


秋に差し掛かり、少し肌寒い中庭に双子はいた。

学園自慢の藤棚はすっかり花を落とし、眠っているように静かにそこに鎮座している。そしてその太い幹に守られるようにベンチが置かれているのだが、その脇で待つ菊乃がいた。

“放課後、もしよろしければ来てください。”その伝言に従ってやってきた2人に菊乃が深く頭を下げる。

久しぶりに見たその顔は少しこわばって見えた。


「「ごきげんよう」」

「ごきげんよう」


なんとなくぎこちない挨拶の後、少しの間が空いた。鈴子も露子も、なんと声をかけたら良いものかわからず落ち着かない様子で視線を泳がせている。

“あの、”と菊乃が切り出した。


「先日は、本当に申し訳ありませんでした」


そう言ってまた深く頭を下げる。


「そんな、謝ることではないわ」

「そうよ。それより、急にお休みするから驚いたわ」

「そうですね、自分でも思い切ったことをしたと思います」


お互いに苦笑いして、また黙る。かすかに風が吹いて3人の髪を揺らすと、乱れた髪を耳にかけて再び菊乃が“あの、”と口を開いた。


「その、少し長くなってしまうかもしれません。聞いて頂けますか?」


目を伏せたまま言う彼女に、双子は顔を見合わせて“えぇ”と返した。

“ありがとうございます”と少し微笑んで言葉を捜し、車椅子の肘掛を撫でる。やっと出てきた言葉は“事故にあった時、”という独り言のような呟きだった。


「病院で目が覚めた時、私は自分がどうなったのかわからなくて、ボーっとしたまま足を動かしてしまったのです。とんでもなく痛くて、死んでしまうかと思いました」


“お医者様が飛んでくるまで、泣き叫んでいたんですよ”と苦笑する。


「以前申し上げましたよね?もう怪我は治っているって」

「えぇ。でもリハビリが間に合わなかったのでしょう?」

「本当は、リハビリなんて怖くてできなかったんです」


ふぅっとため息をついて自分の膝をポンッと叩いた。


「お医者様は治っているとおっしゃいますが・・・目を覚ましたときのあの痛みが忘れられなかったんです」


何の構えもできていない状態で両足に感じた痛みというのはどれほどのものだっただろう。

双子は痛々しげに顔を歪め、無意識のうちに露子は鈴子の制服の端を掴んでいた。


「まずなかなか立てなくて、歩くのも絶対に手すりがないと無理。それもろくにできないまま、そのまま白鷺学園(こ こ)に入学いたしました」


そしてもう一度ため息をついて、顔を上げた。


「お姉様方から姉妹のお申し出をいただいた時、本当に嬉しかったんです!嘘ではありません!」


双子の脳裏に、菊乃があの時一瞬だけ見せた花のような笑顔が浮かぶ。


「でも、こんな私ではお姉様方に釣り合いません」

「そんなの・・・私達言ったじゃない。車椅子なんて関係ないわ。あなたはいい子だものって」


露子の言葉に、鈴子も頷く。しかし菊乃は首を振った。


「いいえ、歩けないだけならそうかもしれません。けれど私は、歩けるはずなのにそれから逃げているんですもの」


頑なな彼女に双子は困惑するしかない。

こちらが良いと言っているのにそれを許さない、こんなにも頑固だとは思ってもみなかったのだ。

自分達のことが嫌で断ったのではないというのが本心ならば、やはり菊乃を妹にしたい。しかし彼女はうんと言わない。どうすればいいのかわからなかった。


「それじゃあ・・・私達はどうしたらいいの?」


残酷なことをする子だと途方にくれ、露子が思わずそう漏らした。たしなめようと“露子、”と呼びかけた鈴子の声と菊乃が何か呟いた声が重なり、双子は思わず“え?”と聞き返す。


「そこから、動かないでください」


今度はしっかりとそう言い、菊乃は両腕にグッと力を入れた。そしてそのまま体を前へとずらしていく。

わけがわからなかったが、とにかく危ないと2人が手を差し出そうとした時、“動かないでください”と菊乃が強く言った。

行き場のない手をそのままに、2人は彼女を呆然と見ていた。しかしその目は、菊乃が体を動かしていくごとに大きく見開かれていく。


「やっぱり、3ヶ月ではこれが精一杯でした」


鈴子が自身の口を両手で覆った時、今にも倒れそうなか弱さで立つ菊乃がそこに居た。自嘲的な笑みを含んで言う彼女の顔と足元を、2人は口を半分開いたまま交互に見比べている。


「でも、もっと頑張ります。お姉様方の隣で歩けるように頑張ります」


そして深く頭を下げた。


「ですからどうか、私を妹にしてください!」


双子が顔を見合わせたと同時に、ザァッと風が吹いた。

2人ですらよろめく風だ、菊乃はバランスを崩して後ろに倒れこむ。“危ない!”と叫んだのは鈴子か露子か。

どちらにせよ、慌てて駆け寄ったのは2人同時だった。


「「大丈夫?!」」


地面に尻餅をついた菊乃が痛そうにしながらも“はい”と答える。怪我はないらしい。

ホッと胸をなでおろすと、双子の心に何か温かいものがジワジワと広がっていくような気がした。


「馬鹿な子ねぇ」


搾り出すような声に菊乃が顔を上げると、泣きそうな顔をする2人がいた。


「1人で無理して。あなた、賢いのにおばかさんだわ」

「本当。黙って休学するなんてひどいわ」


“すみません”としぼむ彼女の頭を2人がそっと撫でた。


「でも、よく頑張ったわね」

「自慢の妹だわ」


そう言って、にっこりと笑う。その顔を見比べて、“あ、”と声を出した菊乃の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「ありがとうございます・・・っ」

「あぁ、泣かないの」

「あら、露子だって泣いていたじゃない?」

「泣いてないわよ!」


からかう鈴子に顔を真っ赤にして怒る露子。菊乃に向かって“本当よ!泣いてないから!”“妹に嘘ついちゃだめよ、お姉様”と言い合う姿は菊乃の顔に花を咲かせた。


「あぁ、なんだか喉渇いちゃった!」

「あら、今日は水曜日じゃない?」

「ちょうどいいわ!カフェに行きましょう。タイの交換はそれから!」

「それがいいわね。・・・あっ」


菊乃をなんとか車椅子に乗せて、2人は上機嫌だ。しかし、“タイの交換”と聞いた鈴子が気づいた。


「ねぇ、どうやって交換するの?私達は2人。この子は1人よ」


なかなか2人の姉に対して1人の妹という関係は珍しいだろう。参考にできるような姉妹に心当たりはない。

一本しかないリボンタイを見つめながら唸る2人に、“はい”と菊乃が小さく挙手をした。


「それなのですが、こちらに私の予備があります」


そう言いながらもう一本リボンタイを取り出した。

入学時に与えられるタイは1人につき2本ある。万一の紛失や破損時用のものだ。綺麗に畳まれた菊乃のそれはあまり使われていないのかほぼ新品のようだ。


「これで私も2本です。こちらをお2人にしていただいて、私はいただいたタイを日替わりでしてくるのでいかがでしょう?」


自分の物であると証明するように予備のタイを広げると、そこには確かに彼女の名前が刺繍されている。

それを見た双子は一瞬顔を見合わせ、見る見る笑顔になった。


「あなた最高だわ」

「やっぱり賢いわね!」

「お褒めいただき、光栄です」


いつかのように笑うと、鈴子が車椅子の後ろに回り、露子が菊乃の隣に並んだ。

そして彼女に向けた笑顔は、入学したての頃に上級生に見せていた渾身の笑顔ではない。


「「行くわよ、菊乃!」」

「はいっお姉様!!」


まるでそれは大輪の花のような。




桜舞う4月。

正門から一歩学園の敷地に踏み込んだ新入生達は仲睦まじい姉妹の姿を見る。

まるで人形のような愛らしい顔をした双子と、それに挟まれるようにして歩くもう1人の少女。

明るく言葉を交わしながら歩いていくその姿に、新入生達はひとめぼれするのだった。

ありがとうございました。次の主人公に引き継ぎます。

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