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白鷺の乙女たち  作者: 21。
あなたを探して
14/31

鈴子・露子・菊乃 8

自宅にある双子の部屋は隣同士になっている。壁一枚を挟んでそれぞれベッドを置いてあるため、眠れない夜は寝転んだままで話をしながら成長してきた。


「ねぇ鈴子、起きてる?」

「えぇ」


しかしいつからかそれもなくなって、こうして話をするのは中等部の入学式前夜以来のことだ。

壁にぴったりと背中を預けてお互いの声を聞く。お互いに同じ体勢をとっていることを2人は知らない。


「あのね私、1年生の時に“妹にならないか”って言われたことがあるの」

「私もよ。2人一緒じゃなかったから、すぐに断ったけれど」


鈴子が動く布擦れの音も、深夜の静けさの中では妙に大きい。


「断られるのって、こんなに辛いのね・・・」

「・・・そうね」

「知らなかったわね」

「・・・そうね」


あの時の上級生達は傷ついていないだろうか、怒っていたのではないだろうか。考えることはたくさんあったが、隣の部屋でお互いが泣いていないか、今はそれだけが心配だった。

ただ1つ幸運なことは、今日が金曜日であり明日から三連休であるということだけだった。


----------


連休中はどこへ出かけたかで話に花を咲かせる生徒達の中、鈴子は1人で廊下を歩いていた。

向かう先は1年生の教室。もっと言えば菊乃がいる教室だ。

ごきげんよう、と顔を覗かせると先日の3人がすぐに飛んできた。ごきげんよう、と返した後に不思議そうに鈴子の背後を見ている。


「あの、お1人ですか?」

「えぇ。あの子、熱を出してしまって」


よほどショックだったのだろうか。露子は熱を出し、寝込んでいるのだ。

1年生達は一様に表情を曇らせ、“大丈夫ですか?”“どうか、お大事に”と声をかける。ありがとう、と返し本題へ入った。


「小早川さん、いらっしゃる?」

「え、菊乃さんですか?」

「えぇ。お約束していた本を持ってきたの」


それよりも菊乃の様子を見に来たのだが、約束があったのも嘘ではない。すぐに呼んでくれると思ったのだが、3人は顔を見合わせて何やら戸惑っているようだ。

とても嫌な予感がする、と鈴子が表情を曇らせたその時、3人がおずおずと鈴子を見た。


「あの、菊乃さんから聞いていらっしゃらないんですか?」


続いて告げられた事実に鈴子は言葉を失った。



露子は鈴子が帰宅した音で目を覚ました。ト、ト、トと静かに廊下を歩いてくる音がする。

一日ぐっすり眠ったおかげか、ずいぶん具合はよくなったようだ。

数回ノックしてドアを開けた片割れに微笑んで、“おかえり”と声をかけた。


「どうだった?あの子、大丈夫だった?」


菊乃が気にしてしまっていないかどうか、見てきてくれと露子が頼んだのだ。もちろん、露子が何も言わなくても鈴子は訪ねていくつもりだったのだが。

しかし鈴子はその問いに答えず、露子のベッドの脇に腰を下ろした。


「あのね、露子」


その切り出し方に、露子は嫌な予感しかしなかった。思わず鈴子の手を取り、ぎゅっと握る。

その様子に鈴子は少し微笑んでみせたが、その微笑みもまたどこか暗い。


「小早川さん、いなかったのよ」

「あら、あの子もお休み?」

「あの子、突然休学届けを出したんですって」

「え?」

「本当に急で、どうしてなのかもわからないって」


3人は鈴子にその事実を告げ、“お2人にも何も言わずにだなんて・・・”と困惑していたのだ。

一瞬、目を見開いた露子が勢いよく体を起こした。


「そんな、どうして?!」

「落ち着いて、露子」


“落ち着いて”とは言ってみたものの、鈴子も家に着くまで震えていたのだ。露子が動揺する気持ちは痛いほどわかった。

露子の顔色はどんどん悪くなっていく。鈴子は焦り、寝かせようとするが彼女は聞かない。


「だってあの子、どうしても白鷺に通いたかったって!それなのに、どうして?!」

「わからないわ。でも帰って来る日がわかったら教えてくれるって」

「そんなに私達のこと、嫌だったの?!」


そう吐き捨てるように言って言葉につまり、代わりに大粒の涙があふれてきた。“どうしよう”と嗚咽を漏らしながら露子が泣き続ける。鈴子でさえ、こんなにも泣く彼女を見るのは初めてだった。


「露子、露子落ち着いて。そんなわけないでしょう?」


つられて潤む目をなんとか耐えて、鈴子は露子の背中をさする。

明るい声で言うと、少し落ち着いたようだ。“きっと特別な理由があるのよ”と言うと小さく頷いた。


「待ちましょう。あの子が帰ってくるまで待つの」


また小さく頷く。嗚咽が小さくなった。


「勉強も自分磨きももっと頑張って、あの子が帰ってきたらもう一度申し込んでみましょ?」

「・・・また断られたら?」

「あら、妹じゃなくてもいいじゃない。下級生とお友達になっちゃいけないなんて決まりはないのだから」


“ね?”と畳み掛けると、やや間を置いてもう一度頷いた。

小さな“ありがとう”の声は、何か気恥ずかしくて聞こえないふりをした。


----------


翌日、いつもどおりの日常が戻ってきた。

体調を気遣うクラスメイトに露子は笑顔で答える。その明るさが空元気だと知っている鈴子は、少し複雑な笑顔を浮かべていた。


一週間が経った。2人は誰彼かまわず愛想よくするのをやめていた。

妹にしたいのは菊乃だと決めた以上、他の1年生に構う意味がなくなったのだ。図書館に長居せず、手作りのお菓子も断り続けると1年生達の熱も沈静化したようだ。


一ヶ月が経った。菊乃を待つと決めたあの日から、2人は彼女の名前を口にしていない。

そうしようと決めたわけではなかったが、それが当たり前のように話題に出そうとしなかった。

だが鈴子は知っていた。露子が登下校中の生徒の中に菊乃を探していることを。

また、露子も知っていた。鈴子は1年生の教室を、いつも気にしているのだ。


1年生3人組のうちの1人が“明日から登校するそうです”という知らせを持ってきたのは、菊乃がいなくなって三ヶ月目に入ろうとする頃だった。

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