鈴子・露子・菊乃 7
それからの2人には目を見張るものがあった。
図書館でついて回る1年生には優しく指導し、本の解釈を問われれば丁寧に答えた。
薦め通りに本を借りた生徒には後日、感想を聞いたりもした。
手作りのプレゼントはすべて笑顔で受け取り、後日その生徒を見つければ揃って礼を言うことも忘れない。
そのサービス精神は1年生のみならず、2,3年生の間でも話題になるほどだった。
幼い頃憧れた“理想のお姉様”。今の自分達がまさにそれであるという事実は2人にとって素晴らしいものであった。
しかし、ふと冷静になる瞬間もある。
「ねぇ鈴子、あなた、誰を妹にするの?」
露子の問いに鈴子が唸る。読書家の少女もいた。プロのようなお菓子を作る少女もいた。
見目麗しい生徒も、優秀な生徒もいた。だがその中に、“妹にしたい生徒”はいなかった。
「じゃあ、妹にするならどんな子がいいかしら?」
「そうね・・・素直で、可愛くて・・・」
1年生の頃、理想のお姉様の条件を挙げていたときのように指折り数える。
“可愛いって、性格のことよ?”と鈴子が言うと、露子も頷いた。
「成績とかそういうのは、普通でいいわよね」
「そうね。私達より優秀だったら格好悪いもの」
「あと、ミーハーな子は嫌だわ。疲れてしまうもの」
「それはそうだけれど・・・それじゃあ全滅じゃない?」
露子の言う通り、鈴子の挙げた最後の条件で言えば全滅だ。だが、露子としてもこれは外せない。
「素直で、可愛くて、疲れない、楽しく過ごせる子・・・」
そして揃って、“あっ”と声を上げた。脳裏に浮かんだ顔は同じだった。
「「小早川さん!!」」
なぜ気づかなかったのかと2人は顔を見合わせて笑った。
1度思いついてみれば、彼女以外に適任は考えられない。2人の目がキラキラと輝いた。
「そうよあの子がいいわ!」
「でも、受けてくれるかしら?」
「それはわからないけれど、でも仲が良いことは確かでしょう?」
「そうよね!大丈夫よね!」
きゃあきゃあと声を上げる2人を通りすがりの1年生がソワソワした様子で見つめている。
2人が妹を決めてしまったと知ったら、その表情は一瞬で曇るだろう。
「いつ言う?」
「早いほうがいいわ!明日の放課後!」
「ドキドキするわね!」
「本当!楽しみね!」
2人の頭には真ん中に菊乃を挟んで、楽しくお茶を飲んでいる様しか浮かんでいない。
それは水曜日のお茶会と同じ光景ではあるが、そこにいる3人には特別な関係があるのだ。
存分にはしゃぎながら2人は家路に着き、翌日の放課後を待つのだった。
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「「ごきげんよう!」」
待ちに待った放課後、菊乃の教室に乗り込んだ2人を出迎えたのは入学式の日に叱りつけたあの3人だった。
「「「ご、ごきげんよう!」」」
「あらあなた方、入学式の日に・・・」
「あっはい!」
何度も頷く3人の前に居るのは、もう怖い顔をする2人ではない。
すっかり制服が馴染んだ3人に、はやる気持ちを抑えつつにっこりと微笑んで見せた。
「小早川菊乃さん、いらっしゃるかしら?」
「あ・・・すみません、もう帰ってしまったんです」
「今日は病院に行く、とかで・・・」
終業のチャイムとほぼ同時に出たつもりだったが、それでも間に合わないとは思っていなかった。
とたんに2人は顔色を変え、正門へと早足で向かう。
今日と決めたのだから、もう明日に延期は出来ない。しかし絶対に校舎の中を走ってはいけない。
ただ事ではない様子の2人を他の生徒が遠巻きに見ていたが、そんなものは眼中に入らないらしく、目指すのは正門一点である。
靴箱で革靴に履き替えた途端、2人は全力で走り出した。
「「小早川さん!!」」
正門にて迎えの車を待っていた菊乃はその声に振り返った。
慌てた様子で走ってくる双子を見て、今日は水曜日だったかと焦ったがすぐに違うと気がついて胸をなでおろす。
「よかった・・・っ間に合って・・・!」
「ど、どうなさったんですか?」
苦しそうに息を切らしながら2人が菊乃の元へたどり着いた。
しかし元々運動が得意ではない2人。なかなか息は整わず、困惑する菊乃になかなか声がかけられない。
それでもやがて、なんとか微笑むことができるまでに回復すると菊乃もつられるように笑った。
「あのね、お話があって・・・」
「はい、何でしょうか?」
最後に大きく深呼吸をして、双子が顔を見合わせ頷きあった。
その表情は希望と期待に満ち溢れ、キラキラと輝いている。
「「あなた、私達の妹にならない?」」
「え・・・っ」
目を見開き、言葉を失う菊乃を見て、双子は“うふふ”と笑う。
その表情はサプライズが成功した子供のようだ。
「私達ね、考えたの。妹にするならどんな子がいいかって」
「2人とも、あなたがいいって思ったのよ!だから、どうかしら?」
そう双子が喋っている間、菊乃の表情は花のようだった。つぼみが大きく花開くようにだんだんと輝いて、キラキラと。だが何か答えようとしたその時、急にしぼむように表情が曇って、それどころか枯れ果てたように俯いてしまったのだ。
菊乃の様子に双子もはしゃぐのをやめ、不安げな表情を浮かべる。
「・・・すみません、お受けできません」
搾り出すようなその声は、しっかりと2人に届いてしまった。
思いもしない返答に2人は動揺した。
「もう、どなたかと姉妹になったの?」
震える声を必死で隠すように、妙に明るい声で鈴子が問う。
いっそ、この問いに菊乃が頷いてくれたらどんなに明るく済ませられるだろう。しかし、彼女は俯いたまま首を振った。
姉はいない。けれど2人の妹にはなれない。鈴子も露子もわけがわからなかった。
「私達、ね・・・あなたと仲良くなれたと思っていたの。間違いだった?」
「そんな!!私だって、仲良くなれたと思っています!お茶会だって楽しかったです!」
露子の問いに泣きそうな顔でそう言って、また俯く。
「でも、すみません・・・。せっかくのお申し出なのですが・・・」
「どうして・・・っ!」
仲良くなったことに間違いは無い。別に姉ができたわけでもない。しかし妹にはなれない。
はっきりとした理由も言わない菊乃に、露子は動揺を通り越して憤りをぶつけようとした。しかしそれを鈴子が手で制する。
「あなたがそう言うなら、仕方がないわね」
少し震える声で、できるだけ穏やかに言う。鈴子の言葉に顔を上げた菊乃が見たのは、悲しそうな微笑で自分を見る彼女と、怒っているような悲しんでいるような、難しい表情で俯く露子の姿だった。
痛々しい様子に“すみません”と小さく呟いて菊乃も俯く。
とその時、一台の車が3人の脇に止まった。車体には病院の名前が書いてある。
“あら、お迎えがきたみたいね”と、つとめて明るく鈴子が言う。
「リハビリ?頑張っていらっしゃいね」
「・・・ありがとうございます」
「ごきげんよう」
いつもの菊乃なら“ごきげんよう”と明るく笑って帰っていく。しかし今日は、わずかに頭を下げて車に乗り、行ってしまった。
その車が去っていくのを見送りながら、2人も黙って帰路についた。




