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白鷺の乙女たち  作者: 21。
あなたを探して
10/31

鈴子・露子・菊乃 4

入学式が終わり、数日たった。双子はまたしても同じクラスである。

新学期初日、一年生の時には別のクラスだった同級生たちが興味津々といった様子で2人に話しかけてきていたが、それもようやく落ち着いた。

新たな友達を作ろうとするわけでも、率先してクラスに馴染もうとするわけでもなく、マイペースを崩さないのが2人らしさだろう。


「一ノ宮さん、お客様のようだけれど・・・」

「「どちらにかしら??」」

「たぶん・・・お二人とも?」


ある日の休み時間。2人に話しかけたクラスメイトは困ったように笑う。

互いに首をかしげてクラスメイト越しに教室の入り口を見た2人は、揃って“あっ”と声を上げた。

ドアの影で遠慮がちに待っていたのは車椅子の少女だった。


「ごきげんよう」

「「ごきげんよう」」


少女は緊張しているようだが、愛想の良い笑顔を見せ、用意していたのであろう言葉を並べた。


「あの、突然申し訳ありません。入学式の日のお礼を申し上げたくて・・・」

「あら、いいわよそんなの」


“ねぇ”と双子が顔を見合わせる。なんでもないような口ぶりだが、上級生という立場を実感できたのか、揃って誇らしげに見える。

少女はホッとした様子で、深く頭を下げた。


小早川菊乃(こばやかわきくの)と申します。先日はありがとうございました」

「一ノ宮鈴子です」

「露子です。よく教室がわかったわね」

「“双子のお姉様”と言ったら、他のお姉様方がすぐ教えてくださいました」


“有名なんですね”と菊乃が笑う。

真新しい制服はまだ着ている本人には馴染みきっていないようで、新一年生達の存在は学園内の雰囲気からも少し浮いているようにも見える。

鈴子と露子にとってはそれが少し懐かしく感じた。


「学園生活にはもう慣れた?」

「はい!友人達が色々と助けてくれますし・・・車椅子でも動きやすくて、嬉しいです」


白鷺学園はバリアフリー強化に力を注いでいる最中だった。

どこのトイレに行っても、要介助の生徒のために幅の広い個室が用意され、階段横にはスロープ。また、許可が必要にはなるがエレベーターも設置されている。

しかしそれでもまだ足りないらしく、視察に訪れた大人たちを生徒会役員が案内している様もよく見られた。


「・・・それでは、そろそろ戻ります」

「1人で大丈夫?」

「一緒に行きましょうか?」


二言三言言葉を交わして、菊乃が言った。もうすぐ予鈴がなる頃だ。


「大丈夫です!ありがとうございます」

「そう?・・・よかったら今度、カフェでもご一緒しましょう」

「それがいいわ。ね?」


上級生からの社交辞令。きっと叶うことはないだろうと思ってもおかしくはない。

だがそんな言葉にも、菊乃は素直に嬉しそうに、“はい!”と笑うのだ。


「・・・いい子ね」

「そうね」


去り行く背中を見送りながら、2人はくすくすと笑った。


----------


翌日の放課後のことだった。下駄箱への廊下を歩いていると、露子が窓の外を見上げ“あら”と足を止めた。


「鈴子、雨が降ってきたわ」

「あら、本当ね」


午前中は晴れていた。天気予報でも雨が降るなどと言っていなかったため、2人は傘を持っていない。

職員室へいけば貸し出し用の傘もあるが、またわざわざ返さなければいけないのが億劫だった。


「きっと通り雨よ。カフェにでも行って止むのを待ちましょ」

「そうね。すぐ止むわよね」


“ケーキの種類が増えたらしい”“茶葉の種類が”などと話しながらたどり着いたカフェは、2人と同じように雨が過ぎ去るのを待つ生徒達で混雑していた。

それぞれカップとケーキの乗ったトレイを持ち、右往左往する。ほとんどの席が埋まっており、相席すれば座れそうだが、あいにく面識のある生徒は見当たらない。

奥の方に目を凝らしていた鈴子は、露子に呼ばれて振り返った。彼女の視線の先には菊乃がいた。


窓際の3人がけの丸テーブルに1人座り、静かに降る雨をぼんやりと見つめている。周囲の生徒達が楽しそうに話している中で、そのテーブルだけが静寂を保っていた。


「ごきげんよう」


鈴子の声に、菊乃がはじかれたように振り返った。そして目の前にいる双子に驚いた様子で“えっあっ”となにやら言葉を発しようとしている。


「ここ、よろしい?」

「他に空いてないのよ」

「あ、ど、どうぞ!!」


2人が言うと、あわてて空いている椅子を手のひらで指した。

双子が座ると火をともしたように、その席が周囲の雰囲気に溶け込んだような気がした。


「・・・ねぇ、遠まわしなのは苦手なの。だから、単刀直入に伺ってもいいかしら?」

「ちょっと露子」


菊乃の車椅子をチラリと見て露子が言うと、鈴子がすかさずそれを咎めた。

だが菊乃は嫌な顔一つ見せず、露子が聞きたいこともわかりきった様子で“大丈夫ですよ”と笑ったのだ。


「これのことですよね?事故なんです」


そう言って、車椅子のタイヤをぽんぽんと叩いた。


「私、ずっと外国にいたのですが・・・白鷺学園に合格した!ってところで事故にあいまして」

「あらあなた、外部入学なの?賢いのね」

「いえ、もう必死で勉強しました」


そう言って恥ずかしそうに笑う。


「怪我そのものはもう治っているんです。でも・・・リハビリが間に合わなくて」

「よくそのまま入学しようと思ったわね」

「ずっと憧れだったんです。リハビリは日本でもできますから、無理やり来ちゃいました」


双子が“ふふっ”と笑った。気取らない菊乃の受け答えはとても好印象のようだ。

とその時、『1年3組、小早川菊乃さん・・・』と菊乃を呼び出すアナウンスが流れた。それを聞いた菊乃が“あっ”と声を上げ腕時計を見た。


「迎えが来たようです」

「あらそう。玄関まで一緒に行きましょうか」


言うや否や立ち上がろうとする2人を菊乃が手で制する。

“お気持ちだけで”と笑顔で頭を下げると車椅子を動かした。


「それではお姉様方、ごきげんよう」

「ごきげんよう。楽しかったわ」

「ごきげんよう。またね」

「私も、とても楽しかったです!ぜひまた」


最後にもう一度頭を下げて、菊乃はカフェから出て行った。

その背中を見送りながら、2人はくすくすと笑う。


「ほんっと、いい子ね」

「ね。話しやすくていいわ」

「また誘う?」

「いいわね。そうしましょ」


翌日、菊乃は双子から“毎週水曜日はお茶の日”という半ば強制のような約束をさせられたのだった。





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