with 赤ずきん
あ、夢だな。私、姫川志帆はそう思った。だってこんな絢爛豪華な洋風の城なんて、私の家でないのはもちろん、日本を探したってありやしないだろう。赤い高そうな絨毯の上をとりあえず歩いて行けば、しばらくすると玉座に座っている美しい金髪を持った女の人が現れた。私は女の人に問いかける。
「あなたは?」
「私はシンデレラ」
夢だからって出てくるのはシンデレラなのか。私ってこんな夢見るタイプだったっけ?
「ふぅん……」
「あら、信じてない、って顔ね。……まあ、いいでしょう。志帆、これから地球には危機が迫ってくる。そのためにはあなたと――仲間の力が必要なの」
へえ、ストーリー性があるのか。随分壮大な夢だ。
「これをつけて」
渡されたのは青い石がアクセントになっているブレスレット。私は腕につけた。と、そのブレスレットから光が溢れて――。
「……ん?」
「志帆、アンタいつまで寝てるん!?はよ起きっ!」
気づいたら、ベッドの上でした。
「ったく、何やってん……」
まず起きて1番ビックリしたのは遅刻確定なことではなく、あの夢でつけたブレスレットが腕にはまっていることだった。慌てて外したら……何と戦隊物よろしく変身してしまったのだ。しかもこの服、お腹空いてる。あと胸の大きさがバレそう。やみくもに試した結果、履いていたガラスの靴を脱げば変身が解けて元のイケていないパジャマ姿になり、ブレスレットはまた腕にはまっていた。ブレスレットを外すのは諦めてさっさと学校に来た次第である。当然、1限には間に合わず、次の授業では『姫川、また遅刻か』と言われ、クラスメイトにクスクス笑われてしまったのだが。とりあえず隣から蔑んだような目で見てくる委員長サマには1発蹴りをお見舞いした。まったく、どこまでも癪に触るヤツだ。
「そう言えば仲間おるとか言っとったっけ……」
「姫ちゃんどうしたん?」
「あ、いや何でも!」
思わず口に出てたらしく、慌てて話をそらそうとする。そうだ、そもそも仲間なんてどこにいるんだ。外国とかにいたら絶対会えないんですけど。
だが。
「すいませ~ん、2組の方……誰か漢文の文法のヤツを……」
そう言っておそるおそる入ってきた黒髪ショートに赤い眼鏡の子は見たことがない顔だ。おそらく借りれる友達がいなかったからやむを得ずここに来た、という感じだろう。だが、私はその子の腕を見て驚いた。と、向こうもこちらを見てぎょっとしている。
何組かは定かではない同学年の少女の左腕には水色のベルトの腕時計ともう1つ、私のブレスレットの赤バージョンのものがつけられていたのである。
「ちょ、待ってそこの」
「しっ、失礼しましたあぁぁぁ!」
「あっ、えっ?!」
少女はいきなり頭を勢いよく下げたかと思えば、全速力で教室から飛び出して行った。
「何やったん?」
「変な子やなぁ~……って、姫ちゃん!?」
「ごめん、先に食べといて!」
勢いよく箸を置き、廊下に飛び出していく。少女は運動神経があまりよろしくないのか、見失うほど先には進んでいなかった。そのことに感謝しつつ私はぐんぐんと距離を詰めていく。よっぽど必死に走ってるのか、気づいてないみたいだ。何だか少しおかしくなって、
「ちょっとそこのあなた~、何で逃げるんですか~?」
なんて言ってみれば、慌てた顔がこちらを向いて吹き出しそうになるのを何とかこらえた。と、瞬間、少女は細いところにするりと入ってしまった。くそっ、追い付きそうだからって油断してた。でも、少女が入っていったのは校舎にくっつく様に配置された倉庫の隙間。少し空間はあるものの、要するにもはや袋の中の鼠なのである。
「そろそろ諦……めっ!?」
いきなり強い光が溢れ、私は思わず目を閉じた。てか、これって……。
「あ、あなた何なんいきなり追いかけてきて!?赤崎さんの体力はもう0なんですけど?!」
目を開ければ赤ずきんの格好になっていた少女は赤崎さんというらしい。
「アンタが逃げるからやろ」
「いや、それは……」
赤崎さんはばつの悪そうに目を逸らす。が、バッとこちらを向くと、
「と、とにかく!赤崎は悪のなんたらと戦う根性なんて持ち合わせてないんで!『2つの狩人』……『狼さん』!」
「え、ちょ?!」
いきなり赤崎さんがそう叫んだかと思ったら、毛並みのきれいな大きな狼が現れた。赤崎さんはそれの上に股がり走り出す。
「え、何あれ?!反則やん!」
『『エフェクト』ね』
突如脳内で響いた声は昨夜の夢で聞いたシンデレラのものと同じだった。
『エフェクトは言葉通り変身することで得られる効果。私たちもエフェクトを使って追いかけましょう』
「どうやって?」
『まず『12時の夢』って言って。その後は慣れよ』
慣れってなんとアバウトな……でも渋ってる暇はない。
「ぬ、『12時の夢』!」
すると……。
「……あれ?」
何も、起こらない。おかしいなぁ、赤崎さんは『狼さん』とか言ってたから童話に出てくるものじゃないとダメなのかと思ってちゃんと『魔法使い』を想像したのに。
「何にも起きないんですけど?」
『私の童話に出てくるものを想像した?』
「そりゃ、バッチリ『魔法使い』を……」
『……だからね、とりあえず馬車を出しなさい』
何がだからなのかまったくわからないが、とりあえずもう1回やり直せば今度は立派なカボチャの馬車が現れた。ちゃんと馬を操縦する従者っぽいのもいる。私は一気に馬車に乗り込むと、乱暴にドアを閉めた。
「姫様、目的地はどこにいたしましょう?」
「赤ずきんの子わかる?その子のとこまでなるべく急いで!」
「かしこまりました」
かなりアバウトな説明なのに従者は文句1つ言わず馬車を走らせ始めた。向かってる先は――て、え?浮いてる?
「ちょっ、馬車浮いてるやん?!」
「姫様のいうお方がこの建物の屋上にいるものですから」
従者の言う通り、校舎の屋上に人影が見えた。『狼さん』は今のところ見当たらない。
「あの子にバレないようにこっそり降りてな?」
「わかっております」
給水タンクの影でこっそり馬車から降りると、従者共々馬車は消えてしまった。便利だな、遅刻しかけた時に……って、そんなこと考えてる場合じゃないか。私は赤崎さんの後ろに回るように移動する。そして、
「わっ」
「うおぉわっ?!」
思ったよりいい反応。赤崎さんはこちらを見るとまた逃げ出そうとしたので、とりあえず手首をつかんでみる。
「逃げやんといてや。見たところお仲間さんやろ?」
「まあ、間違ってないですけどぉ……」
渋々だが、赤崎さんはうなずいた。……とりあえず自己紹介をするべきか?
「私は2年2組の姫川志帆。志帆でええよ。アンタは?」
「にっ、2年9組赤崎千歳、です……呼び方はご自由に」
「じゃあ、千歳な。……何で逃げたん?」
「だ、だって!あな……志帆と手を組むってそんなん今から私戦いに身を投じますぅ言っとるようなもんやろ!?悪いけど私、そんなん無理やから!」
それでさっき根性がどうたらこうたら言ってたのか。納得したような、してないような。
「いや、別に千歳とはその、同士として友達になろうかと思って話しかけただけやからさぁ……別に戦えって意味じゃあ」
『あら、それは人間を見捨てることにしたってことでいいのかしら?』
「!?誰?!」
バッと振り向くと、西洋のドレスを着た、床についてまだあるくらいの金髪のロングヘアの女の人がいた。髪には所々ナイフが絡められている。私たちの仲間なのだろうが……直感だが、彼女は私と千歳とは違う気がした。
「アンタは……?」
『私はラプンツェル。あなたも知ってるでしょう?』
聞いたことがある。確か長い間どこかに閉じ込められていて、長い髪を垂らして王子を中に案内したんだっけ。ラプンツェルなら髪が長いことも納得できる。
『まあ、私はあなたたちみたいな契約者がいないから思念体のようなものだけど。……忌々しい!人間に力を借りなければこの世界じゃ半分の力も出せないなんて!』
表情を見て、それが本当だと判断する。ちなみに千歳はさっきから私の背中に隠れている。お前はどんだけビビってんだ。
「あなたの目的は?」
『率直に言えば、あなたたち人間に飽々しちゃったからこっちの世界を私たちのものにしちゃおうってことね。……あなたたちに協力するような腰抜けもいるけど!』
瞬間、ナイフが私たちに向かって飛んできた。私は剣を取り出して、慌てて防ぐ、カキン、と金属音がしてナイフが地に落ちた。見ればラプンツェルの髪はうねうねと動いている。メデューサのように自由に髪を動かせるのか。
『ふっ、さすがシンデレラが見込んだ少女。幼くても只者ではないわね』
「私は普通の人間、よっ!」
私は両手に細身の剣を持ち、ラプンツェルではなく、髪を斬った。どうすればいいかわからない以上、攻撃手段を断つべきだと思ったのだ。しかし、如何せん髪が多い。ラプンツェルが不敵に笑う。
『中々頭が回るようね。でも……』
「とりゃあっ!」
『っ?!』
「千歳!?」
突然、千歳が間に割り入って来たと思ったら、ラプンツェルの真上から大きな斧を引き落とした。予想外の攻撃だからか、避けたにせよラプンツェルは右腕に深い傷を負った。
『アンタ、さっきまで……!』
ラプンツェルの口調がさっきより乱暴になる。おそらくこっちが素なのだろう。千歳は私の方を見てきた。最初から何となく思ってた、千歳はとても真っ直ぐな目をしている、と。
「……考えてん、もらった力を使うか使えへんか、どっちが後悔するか。私はここのみんなと違ってバカやし運動もできへんけど――――でも、戦う!」
そう言って千歳はまた勢いよく斧を降り下ろした。難なくそれをラプンツェルは避け、斧は校舎に食い込んだ。
『バカね、そんなモーションの大きい攻撃が通用すると……』
「……バカなんはどっちやろうね?」
『あら、負け惜しみ?』
いや、負け惜しみじゃない。私は気づいた。……食い込んだ斧にラプンツェルの大半の髪の毛が絡まっているのを!
「志帆今や!」
「わかってる!」
私はラプンツェルに向かって飛び込む。
『もう、ワンパターンは卒業しなさい……って、え?何これ斧が……!』
「もう遅いわあぁぁぁぁ!」
私はラプンツェルを一閃した。ラプンツェルは声にならないような叫びをあげ、幽霊のように消えてしまった。
「消え……た?」
『あれは思念体だからね。幽霊だと思ってくれていいよ』
変身を解いて私に話しかけてきたのは、シンデレラよりは幼く明るい声だった。
「もしかして……赤ずきんちゃん?」
『正解!この力を持ってる人とは誰ともお喋りできるの。千歳が迷惑かけてごめんね?』
「ええよ。私やって戦うのはごめんやしなぁ……こうなった限りはしゃあないけど」
『ふふ。……千歳はあんな子だけど誰よりも真っ直ぐで優しいから……よろしくね?私があの子にしたのもそれが決め手だし!』
「そうなんや~」
シンデレラが私を選んだのにも決め手はあるのだろうか?それならぜひ聞いてみたい。
「あ、あの……」
「何?」
「さっきは逃げたりしてごめんな……。これから、よろしく!」
「う、うん!」
友達になる人と握手を交わすなんて初めてかもしれない、とぼんやり思った。
――翌日――。
「姫ちゃん、何か友達来てんで?」
「友達ぃー?」
「こんなコミュショーにクラス外の友達がなぁ……」
「ぼっち委員長は黙っときぃ!」
「2人共喧嘩せんと~。ほら、友達連れてきたで?」
「あ、千歳かぁ」
「志帆さん、私は友達やなかったん……?」
「友達のこと忘れるとか……最悪やな」
「だからお前は黙っとけ言ってんねん!」
「あ、あの屋上行かへん?」
屋上……他の人には聞かせられない話か。私はこくんとうなずく。
「それにしてもほんまに何事もなかったようやねぇ」
「ほんまにな」
あの後、私たちはあんなに奇想天外なことをしていたのに怪奇現象とも言われず皆に忘れ去られ、斧でできた校舎のヒビも変身を解くときれいさっぱり無くなっていたのだ。
「で、これからの方針やけどとりあえず仲間探すでええんかな?」
「うん」
相手もバカではないからこれからは複数で攻めてくるかもしれない。頭数が多いことにこしたことはないだろう。
「でな、私もあの後色々考えて、まあ、ちょっと調査して……目星はついたで!」
「マジか?!」
「マジや!とりあえずこの子たちやな~」
千歳が見せてきたメモ用紙には生徒のクラスと名前が書いてあった。
「2年3組月波晶奈と青木梨香、2年6組有栖野ひかり、2年8組白雪舞瑚……なんや、全員同学年やん」
「だって名前表持ってんのが2年のヤツだけやもん。あとな、こんなんも用意したで!」
千歳がまたもや見せてきたのは同好会の登録票だ。名前には『童話研究同好会』とあり、顧問は気さくだと有名な新人国語教師の名前と判子が、部員にはすでに私と千歳の名前が書かれてあった。
「同好会なんか作ってどうすんの?」
「これから仲間とか増えてきたら集まる場所考えなあかんし、夏場に屋上とか死ぬやろ。先生が講義室部室にしてええって言ってるし、もしかしたら童話ってキーワードで誰か食いついてくるかもしれんし。ちょうどいいやろ?」
「千歳……アンタ天才や!」
「いやいや、私はアホやから。ただな、あと1人部員おらな自治会から認めてもらわれへんねんけど……」
「その心配は無い」
「へ?」
ビックリして振り返ると、そこにはやはり……。
「アンタ確か……志帆と喧嘩してた委員長さん?」
「お前までそんな呼び方すんな。俺は眞野兼慈」
「い、委員長な、何で……?」
「お前らには色々聞きたいことがあるんや」
私たちに詰め寄って、委員長……眞野はこう言った。
『俺が昨日変な格好なったの、あれお前らのせいやろ』
「眞野くんが……?」
「変な格好?」
〈続〉